第2話 転生

 ───かつて、この世界には神々が居た。

 原初の神を含めた強大な力を持つ二十の大神『遥かなる大神』を筆頭に、それに連なる神性達によって栄えたとされる時代、"神代"。

 輝かしく彩られ、今も尚語られるその時代は、突如として終わりを迎え、そしてそれから約二万年。

 幾度も盛衰を繰り返し、その数と規模を変動させ、ついには繁栄を手にしていた人類の前に、"奴ら"は現れた。


鍵王けんおう


 鍵の王。

 自らをそう名乗った男と、それに仕える四人の守護者達。突如として現れた奴らは、一騎当千、一人一国、そんな次元を遥かに超えた圧倒的な武力で以て、必死で抵抗を試みる人類....否、世界をほんの僅かな人数で数年の間に滅亡へと導いた。


 死んで行く人々。消されて行く国々。

 数多の英雄達が死に絶え、最早人類に勝ち目が無い事は分かっていた。

 それでも俺は、一方的な暴力を積み重ねて行く奴らに一矢を報いる為、大神と契約を果たし力を手に入れた。そして奴らに挑み、しかし何も成せず俺は死んだ。





 ....そのはずだった。


「ごちそうさま!外で遊んでくる!」


「あっおい!怪我をしないよう気を付けるんだぞ!!」


「はーい!」


 パンと具沢山のスープによる朝食を足早に済ませ、父に返事を返した俺は家から飛び出した。

 行く先は、村から離れた森の中。

 道中、すれ違う村の人と挨拶を交わしながら、俺は目的地へと走って向かった。


 ───何故守護者に敗れ、死んだ筈の俺......アレン・ラクアレムがこうして生きているのか。それは生まれ変わり───つまりは転生したからだ。

 しかし転生と言っても、この転生には幾つかの不可思議な点があった。

 一つは記憶を保持している事。もう一つは転生した先が過去の自分自身である事。そして最後になぜ転生したかだ。


 転生した理由も意味も原理も、俺には分からなかった。だから様々な可能性を考えた。

『守護者に殺されたから』『遥かなる大神と契約していたから』或いはそれ以外の可能性も。

 だが、守護者に殺される事で俺の様に転生するなら、今頃世界中はその話と鍵王達への対策で慌てふためいているだろうし、俺の契約した大神にもその様な権能は無かった。

 要するに全て可能性としては低い物であり、仮説の域を出なかったのだ。


 だから俺は転生した理由について考える事をやめた。

 それに何より、転生した理由について悩むよりも俺にはやるべき事があった。それは、"鍵王と守護者達の殺害"だ。


 鍵王と守護者が現れたのは俺が二十五歳の時。そして今世では既に七年が経過していて、残りの猶予は十八年。


 十八年....それだけの時間を対鍵王、対守護者に費やせる。


 前世では突如現れた奴らにあまり対策など練る暇も無かった事を考えると、今世は千載一遇のチャンスであり、そして今日、俺は鍵王と守護者に対する計画の第一歩を踏み出さんとしていた。


(見えた...!)


 森の中、走る足を止めて木の影に隠れる。

 ちょっとした崖の様になっているその下を覗くと、洞穴の前に今回の目的である、ある魔物が居た。

 緑色の皮膚に子供の様な体躯.....ある魔物とはゴブリンの事だ。


「運が良かった...」


 安堵の声を漏らし、ホッと胸を撫で下ろす。


 ゴブリンは基本的に少数または多数の集団を作り、一定の住処を拠点として生活を営む物だ。

 しかしゴブリンの中にはその集団から外れ、新たなコミュニティを建設しようとする個体が存在する。


 恐らくこのゴブリンもそういった個体なのだろう。村の警備隊は周辺の森林などに魔物が住み着かないか一月に一度見回りを行うし、何よりほぼ毎日この森に来ていたが、あのゴブリンは昨日初めて見た。

 下手をしたら近くにある村を発見して離れてしまわないか心配だったが、杞憂だったようだ。


「... よし。始めるか」


 ゴブリンが洞穴の中へと入って行くのを見届け、俺はそこら辺に落ちていた枝を使って地面にある物を描き始めた。


 対鍵王・対守護者と言っても、その内容は要するに奴らに対抗出来る実力を身に付ける事だ。奴らに弱点らしい弱点はなく、その為真っ向からの勝負で勝つ以外に方法はない。


 故に、これはその為の一歩。

 才の少ない俺に許された、純粋かつ僅かな才能である。


「──出来た」


 地面に描かれたそれは魔法陣。


 本来であれば、ちゃんとした魔術用の塗料等を使って魔法陣を描くべきなのだが、生憎と今は子供である俺の手に入る品物ではなかったので、ただ魔法陣を描くだけになってしまった。

 歪な形であり、お世辞にも良く出来た物では無いが、今回はそれで十分。やる事は出来る。


「『臨界』『顕現』『夢想』───生を死とし 死を生とす 『明滅』『具現』『造物』───輪廻の糧 魔の源 理は歪み生命は象られる 来たれ 来たれ 来たれ 来たれ.....我が眷属よ」


 腕を伸ばし、手の平を魔法陣に翳して一通りの詠唱を終える。

 すると魔法陣が白く発光し、水の様な黒い物体が湧き上がった。そして、黒い物体が魔法陣の中心に集まり、何らかの形を形成しようとする。

 光が強まり、少しして光が収まった中心。魔法陣の真ん中には、狼の様な黒い犬が立っていた。


 今行ったのは召喚魔術。

 適性がなければ魔術を扱えないこの世界で、俺が唯一扱える魔術であり、適性の観点から使い手の限られる魔術だ。


 召喚魔術はその名の通り、契約した魔物や魔獣───"契約生物"を、魔力を消費する事で召喚し使役する魔術。

 この『契約』には主に二種類の方法がある。

一つは、現存する魔物等と何らかの方法で契約を結ぶ方法。

 そしてもう一つは、今の様に魔法陣を使うか、何らかの儀式を通じて魔力を消費し、魔物等を生み出す"生成"と呼ばれる方法。


 前者は任意の対象と契約を行えると言うメリットが有るが、そもそもその対象と契約を行う状態にまで持って行く手間がかかる上、契約に応じないという可能性がある。

 後者はその逆で、生み出した時点で契約は完了しているものの、狙った魔物や魔獣等は生み出す事が難しい。魔法陣や儀式に使う素材、術者のイメージ、詠唱内容等で、多少そう言った要素を左右出来るが、ほとんどの場合誤差でしかない。


 魔物と魔獣の等級はF-級〜SSS+級まで。

 俺が今回狙ったのはD級、もしくはD-級だったが───、


「──F+か...」


 契約が完了した事でこの黒い犬についての情報が自然と頭に流れ込んで来た。

 結果は願っていたよりも芳しくない召喚魔術らしい物だったが、しかしそう単純に落ち込む程悪くはない。


 この黒い犬は『黒夜の猟犬ナイトハウンド』の幼体。

 今はまだ一般的な中型犬程度の大きさだが、成長すれば体躯は三倍以上になり、成体の等級はC級程度だった筈だ。


 決して良い結果では無いが、成長に掛かる年月はそこまで多くは無いし、ある意味では上々の結果だろう。

 それに、今回やる事に関しては一種の当たりとも言える。


「着いてこい」


 小声で黒夜の猟犬に向かって指示を出し、音を出さない様に崖を降り始める。すると俺が降りて行く道筋を寸分違わず、黒夜の猟犬も着いて来た。


(...静かだな)


 俺が指示した以上に、俺の意思を汲み取っているかのような動きをする黒夜の猟犬。

 崖を降りる際も物音は最小限で、普通こう言った指示に魔獣は返事をする物だが、それも無かった。


 俺がやろうとしている事を理解しているのだろうか?それとも偶然?

 ともかく、ちゃんと言う事を聞いている事からも賢そうな個体だ。


 と、そんな事を考えているうちに洞穴の前に着いた。

 岩の影に身を潜め、洞穴の中を覗くと、暗い奥の方にゴブリンが居るのが辛うじて見えた。

しかし、


「一、二...三体か...」


 一体だけではなかった。


 寝ているのが一体。何かしらの肉を食べているのが一体。棍棒を持ったのが一体。

 計三体のゴブリンだが.....しかし予想済みだ。


「良し。行ってこい」


 俺の指示に従って黒夜の猟犬が洞穴、引いてはゴブリン達に向かって駆け出す。


 元々新たなコミュニティを作る場合、ゴブリンは仲の良い個体を引き連れて、一〜三体の極少数で集団を外れる。

 故に三体までは見えないだけで居るだろうと予想していた。


 ...まぁ予想していただけで、本当に三体も居るとなると黒夜の猟犬一体で勝てるか不安だが、だからこその隠密・急襲。心配は要らない筈だ。


 そう思った直後、黒夜の猟犬とゴブリン達の戦闘が始まった。

 状況は───、


「....そりゃそうだ」


 黒夜の猟犬の優勢だった。

 圧倒的と言う程でも無いが、しかしその種族的な瞬発力と機動力から、二体のゴブリンの間をすり抜け、寝ていたゴブリンの喉を噛みちぎった動きに、残りのゴブリンは臨戦態勢を取るも気圧されていた。


 黒夜の猟犬は夜になると身体能力が高まる特性が有る。

 だからこそ"黒夜の猟犬"と言う名前なのだが、しかし夜では無くとも、その特性が発動するタイミングがある。それは暗所の中に居る時だ。

 案の定、洞穴の中は日の入る入口から、奥に進む程暗くなっており、ゴブリン達は奥の方に居た。


 暗所での身体能力の上昇は、夜間の時と比較にならないが、しかしそもそもゴブリンの等級はF級。対して黒夜の猟犬の幼体はF+級。

 僅かな差ではあるが、等級の時点で黒夜の猟犬の方が上なのだ。それに身体能力の補正が掛かれば、二対一とは言え結果は見えていた。


「良くやった」


「ワンッ!」


 残る二体のゴブリンを片付け、こちらに走って来た黒夜の猟犬。

 その頭を撫でてやると、凛々しくも愛らしい声が響いた。


 ....流石に名前くらいは付けてやるべきか。


「....まぁ取り敢えず、さっさと済ませるか」


 そう言って洞穴に向かい、その奥へと入って行くと、ゴブリンの死体が無惨にも転がっていた。


 今回ゴブリンを襲ったのは召喚魔術の素材として使う為だ。

 三体も使えばD級は堅いだろうし、早く召喚魔術を行いたいが、残念ながら今の俺の魔力量では出来そうもない。先程の召喚魔術による"生成"によって、既に魔力は枯渇しかけていた。

 その為、ゴブリンの死体を何処かで保管する必要があるのだが───、


「....埋めるか」


 "死体を埋める"と言う、なんとも物騒な発想になってしまったが、今の状況では仕方ない。

 このまま放置してしまえば野生動物に食われる可能性がある上、村に持ち帰ったりも出来ないのだ。

手っ取り早く保存というか保管するにはひとまず埋めておくのが良いだろう。


 そう思ってゴブリンの死体に手を掛けると、黒夜の猟犬が横から軽い頭突きをして来た。

 何だと思って黒夜の猟犬を見ると、その口にはゴブリンが狩ったと思われるうさぎが咥えらられていた。


 .....要するに仕事したから食ってもいいか?と?


「良いぞ」


 別に断る理由も無いので許可をすると、目を輝かせて、先程ゴブリンが食べていた食い掛けの肉などゴブリンの死体以外の全ての肉を掻き集めて食べていた。

 強かだな、こいつ。


 生肉を貪り食う黒夜の猟犬を横目に、俺はゴブリンの死体を外に運び出す。

 六歳の体には少しばかりキツい労働ではあったが、穴を掘る作業は黒夜の猟犬が率先して行ってくれた為、思いの外辛くは無かった。


 転生してから七年目。

 "奴ら"へ対抗する為の計画が、ついに動き出した。

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