二度目の世界は救ってみせる

早見泉

第1話 プロローグ

 かつて魔王が君臨し、世界に抗わんとしたその根城"魔王城"。

 その玉座を飾る大広間では、今現在、四対一の熾烈な戦闘が繰り広げられていた。


 魔術によって作り出された炎と氷の弾が広々とした空間を飛び交い、多種多様な深紅の武器達が巨木の如き柱の間を抜け飛翔する玉座の間。


 紅蓮の鎧を纏い、紅き竜の翼と尾を生やした竜騎士が相対しているのは一人の男。

 右腕左脚を義腕義脚に。身に纏うのは、機能性に優れた黒色の極地用服と、ボロ布のような薄手のローブだ。


 深くかぶられたローブのフードによって、男の目線やそれに宿る意志は遮られ、その顔もフードの影に隠れている。

 だがそれでも視野の確保はできているのか、竜騎士が繰り出す二対の紅剣による剣戟と、四方八方から自身に向かってくる魔術弾と深紅の武器達をけながら、男は戦闘用に調整された義腕で竜騎士の攻撃を受け流し反撃を加えていた。


 そして、そのさなか。

 二対の紅剣───その片方を弾いた瞬間に生じた、僅かな隙を男は見逃さなかった。


 直後、男は竜騎士のふところへ半円を描く様に体を滑り込ませると、義腕を振り被りその肘からジェットエンジンさながら魔力を噴出。

 義腕のてのひらに魔力を凝縮させ、紫色のプラズマを纏いながら音速を超える速さで放たれた義腕による掌底は、竜騎士の鳩尾へと直撃する瞬間、掌の魔力を衝撃波へと変換し極大の威力となって竜騎士を穿った。


 二メートルはあろうかと言う紅蓮の竜騎士が、その衝撃ゆえ、遥か先へと吹っ飛び、まるで一つの弾丸の様に巨大な柱を幾本も貫いて、煙が舞う。


 ────そして、


「『開闢を示す 終刻の円環ヴァズバナ・ズターレアヴィーシュ』」


 背後から聴こえたその声に、男の注意と身体が向いた。


 発せられた声───いや、その呪文は攻撃用の魔法であるはず。

 この空間では使う筈もないと、脳の選択肢から除外していた行動に思わず男の身が強ばる。


 ───それがいけなかった。


「『紅輪斬閃』」


 常人ならばいざ知らず、いくらこの世界の猛者と言えども負傷は免れない一撃を受けたはず。

 遥か先へと吹き飛ばしたはずの竜騎士は、飛び掛る様に再び男の後方へと接近していた。


 そしてその手には、いつの間に持ち替えたのか、大鎌の刀身が三つ縦に並んだ様な...歪かつ巨大な武器。

 それを空中で振り下ろすと、刀身を纏っていた朱色のオーラが、三つの巨大な紅輪となって男に迫る。


 さらに、男の前方からは詠唱された魔法をブラフとし、それ程の規模ではないものの黄金の光を内包した神々しい無数の光針が、さながら豪雨の様に男に向かって放たれていた。


 前方は魔術師、後方からは竜騎士。

 それぞれの攻撃が襲う。


 隙を見せたが為の状況。

 義腕は先程の攻撃でオーバーヒートし、切り札達はなるべく隠しておきたい。

 であればどうするべきか。



 ────答えは明白だった。


「....チッ」


 嫌が応でもそうしなければいけない状況に、男がした僅かな舌打ち。

 紅輪と無数の光針による攻撃は、一撃でも当たれば連鎖的にヒットし結果的に死は免れないだろう。


 故に、男は義脚に魔力を込めながら、先ほど竜騎士に放った一連の動作攻撃を地面へと見舞い、上空へと跳躍した。


 だが、


「〈閃雷跋扈・宵繋ぎ〉」


"空中に身を放る"


 それはつまり、攻撃のチャンスを与えると言う事。

 それを証明するかの様に、男が跳躍のピークに達し僅かな浮遊感を得た瞬間。

 離れた距離から、闇夜を繋ぐ一陣の閃光が男に向かって放たれた。


 戦闘に参加しながら未だ傍観を貫いていた、白に近いブロンドの長髪とどこか儚さを纏った雰囲気の青年。

 彼の持つ刀によって放たれた閃光の居合。

 その威力を男は知っていた。


 それは例え、鋼鉄を両断する程の斬撃をキズ一つなく防ぎ切るこの義腕を、紙切れの如く裂く物であると。

 だから男は、全ての切り札を使わなければ行けなかった。


 一つは、光速で迫る閃光を見切る為に。

 もう一つは、その攻撃を防ぐ為に。


 しかし、青年の放った攻撃は文字通り閃光。

 一秒で地球という星を七周する速さで炸裂する攻撃。それにとってもはや距離に意味は無く、一瞬の間も無く閃光は男に直撃した。

 そう───、


「....なるほど」


 ───男の、黒々と硬質な化け物の腕に。


 そんな男の左腕───ひいてはその姿を見て、完全な虚を突いて攻撃を放ったと思っていた青年は、驚くように納得の声を漏らした。


「終末してゆく神代を生き抜いた大神の一体、悪神ベルズァーク......流石に、その化身だけの事はあるか」


 明らかに人間という生物のソレでは無いと知覚できる悍ましい眼球と、這い寄るかの様な恐怖を感じさせる左腕を備え、浮遊しながら自分に注意を向ける男を見上げる青年。


 神────それも、かつては『遥かなる大神』の一人として数えられた者の身体と、恐らくは同質の物。

 たかだか人一人に与えるにしては過ぎた物に、彼は一体何を犠牲にしたのか、いや、寧ろ彼は何者なのかと、青年は思考する。


 だが、


「でも───僕を警戒し過ぎかな」


 青年がそう言った瞬間、男の左腕と肩の間に一本の線が入り、化物の腕と体が完全に別たれる。


 それを行ったのは敵四人のうちの残る一人。

 男が最も警戒を薄くしていた人物だった。


 こちらもまた青年同様、背後からの攻撃。

 しかし青年の攻撃とは違い、今度はその気配を感じる事も出来なかった。

 それゆえに、防御も回避もままならず、これまで戦いのペースを保っていた男の調子が崩れ、隙が生じる。


 そしてその隙を逃さんと跳躍し迫る、紅蓮の騎士と青年。

 先程と同じ無数の光針を一直線に絞り、複数の魔術と共に放ってくる魔術師と、凄まじい殺気を伴って再度攻撃を行おうとする背後の人物。


 絶体絶命の状況。

 男に死ぬ以外に道はなく、有無を言わさぬこの場に於いて男は瞼を閉じ、そして再び開くと"ある人物"に視線をやった。


 それは、四人の配下に戦いを任せ、自分は悠々と玉座に腰を降ろしている白髪の男。

 こちらに興味も無いのか、どこか虚空を見つめているそいつは、しかしほんの一瞬、僅かにこちらに目を見遣り、男と目が合った。


 そして──────、


 ─────振り下ろされる刀が、男の生に幕を降ろした。

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