第四四話

 渼浜みはまを出発した俺たちはキャンピングカーを借りるために小槙こまき市へと向かった。


 小槙こまき市まではナビの計算上、約一時間で行ける。実際には年末年始という事で上り線は交通量が多く、到着予定時刻よりも二◯分ほどオーバーしてしまった。


 キャンピングカーのレンタカー屋さんに到着した俺たちは、店舗にて書類手続きと支払いを行なった後、キャンピングカーについての説明を受けた。


 キャンピングカーというものは男のロマンなのか、車に詳しくない俺も興奮し、ドキドキが抑えられなかった。


 一方のさくらもキャンピングカーを目にして興奮し、俺以上にはしゃいでいた。


 キャンピングカーの説明を受け終えた俺たちは荷物を載せ、店舗を後にした。


「この車凄い! 目線も高くて遠くまで見えるよ! 桜輝の車よりも少しだけうるさいけど!」


 さくらはそう言ってはしゃいでいた。


 それもそのはずだ。今回借りたキャンピングカーのベース車となっているのはハイエースで、キャブオーバーという構造上運転席の下にエンジンなどが搭載されている。その分目線も高くなるし、エンジンの位置が近い分エンジン音がダイレクトに伝わってくる。


 だがさくらにこれらの事を説明しても、きっと理解はできないだろう。


 俺たちは車を西へ、ひたすら西へと走らせる。


 朝が早かったという事もあり、さくらは三重県を抜け滋賀県に入るくらいのタイミングで寝てしまった。


 幸い借りた車には最新のディスプレイオーディオが装着されており、スマホと繋げる事で普段から使い慣れているスマホのナビアプリを使う事ができた。


 吹田周辺に突入するとさくらは目を覚まし、俺の運転をサポートしてくれる。


 その後も何度も運転と休憩を繰り返し、俺の運転する車は宝塚北サービスエリアに停まった。


「さくらお腹空いてない?」


「ん〜、若干空いてるかも! 桜輝は?」


「俺はかなり空いてるかな」


「じゃあここでお昼ご飯にしようよ!」


 俺たちは車を降りて用を足し終えると、フードコートへと向かった。


 お昼時という事もあり、フードコートは空いている席を見つけるのが困難なほど人で溢れ返っていた。


「うわ〜、凄い人だね……」


「時間も時間だしね。 仕方ないよ」


 俺たちはまず席の確保へと動く。そして運良く、すぐに席は確保できた。


「さくら、先にご飯買ってこや」


「桜輝はどうするの?」


「俺はここで席確保してるから」


「でもそれだと一緒に食べれないよ」


「そればかりはしゃーないだら。 俺は後で良いからさくらは先に選んでこや」


「……分かった」


 さくらは一人、人混みの中へと消えていった。


 待つ事約一五分後、お盆を持ったさくらが戻ってきた。お盆の上にはラーメンが湯気を漂わせながら載っている。


「桜輝お待たせ〜! ごめんね、遅くなっちゃった!」


「全然ええよ。 じゃあ俺行ってくるから、さくらは先に食べりんね。 麺が伸びるから」


「うん、ありがとう!」


 俺もさくらを席に残し、人混みの中へと進んでいった。


 フードコートにはさくらが持っていたラーメン以外にも、カツやパスタ、海鮮丼など様々なラインナップがある。


 それぞれに長蛇の列ができており、時間を短縮しようにもできそうにない。


 加えてお腹が空いているせいか、どれも美味しそうに見えてくる。


 しかしさっき目の前で見たさくらのラーメンを思い出すと、俺の中のラーメン欲にスイッチが入った。


 気付けば俺はお盆にラーメンを載せ、さくらの待つ席へと歩いていた。


「ただいま〜」


「お帰り! 桜輝もラーメンにしたんだ!」


「まあね。 どれも美味しそうだったけど、さくらの見てたら俺も食べたくなっちゃってさ……」


「桜輝も可愛いところあるじゃん〜!」


 さくらはクスクスと笑っていた。


「てか、さくら食べるの早くね? もう殆ど無いじゃん」


「桜輝何言ってんの? もうあれから一◯分以上経ってるんだよ! そりゃ減ってるに決まってるでしょ!」


 俺は全く気付かなかったが、あれからかなりの時間が経過したらしい。ここのフードコートは時空が歪んでいるのだろうか。


「そんな事より早く桜輝も食べなよ! 麺が伸びちゃうよ!」


「俺と同じ事言ってんな」


「ふふっ、言ってみたかっただけー!」


 そんなくだらない会話をしながらも、俺は手を合わせ、ラーメンをいただく事にした。


 そして約一五分後、俺はラーメンを食べ終えた。


 もうすぐで一三時三◯分になろうというのにも関わらず、フードコートは相変わらず混雑している。


 俺たちは次の人のために速やかに席を空けて、お盆一式を戻し、フードコートを後にした。


 そして再度用を足して車に乗り込み、車を発進させた。


 走れども走れども道は続いていく。当たり前といえば当たり前だが、この時間は永遠のように感じてしまう。


 それから約二時間車を走らせ、俺たちの車はようやく岡山県に入った。時刻は一五時四◯分を過ぎている。


 陽もかなりの早さで沈もうとしていた。俺は車のライトをつける。


 車内では途中までさくらがそれなりに喋っていたが、喋り疲れたのか真っ直ぐ前方を見ながらボーッとしている。


 俺は昨日、あらかじめマップアプリで渼浜みはまから出雲までのルートを確認していた。それによると岡山の東端から出雲までは約二時間三◯分掛かるらしい。


 今まで岡山については『吉備団子』というイメージしか持っていなかったが、こうしてよく地図を見てみると、そこそこ広い面積を有しているのが分かる。


 岡山の東端から出雲まで二時間三◯分ほど時間が掛かるのも納得できる。


 そんな事を考えていると、さくらに話し掛けられた。


「桜輝、疲れてない? 大丈夫?」


「どうした急に? さくららしくないけど……」


「だって流石に運転時間長過ぎだもん。 宝塚を出発してからもう二時間半経ってるのに休憩しないから心配になっちゃって……」


 確かに俺は宝塚を出発してから今に至るまで一度も休憩していない。運転に集中し、考え事をしているうちにそんな事など忘れていた。


「なんだそういう事か。 確かに全然休憩してなかったな……。 じゃあ次のパーキングで休憩しようか」


「うん!」


 それから数分後、俺はこじんまりとしたパーキングエリアに車を停めた。


 車から降り、空に向かって大きく背伸びをする。全身の筋肉がほぐれていくような気持ち良さがある。


 一方さくらは、車から降りると小走りでトイレへと向かっていった。そんなさくらを見て、俺も自分の尿意に気付きトイレへと歩く。


 用を足し終えた俺はトイレから出たが、さくらの姿は見当たらない。俺はポケットからタバコを取り出すと、それを咥えたまま喫煙所へと向かい、火をつけた。


 何だかんだで今日初めてのタバコである。ニコチンが身体中に染み渡っていく感覚が心地良く、煙により一瞬目の前がフワッとする感覚も気持ち良い。


 俺がそのまま広大な山々を眺めながらタバコに興じていると、さくらから電話が掛かってきた。


「もしもし?」


「あっ、桜輝? 今どこにいるの?」


「まだトイレ」


「まだトイレ? 長くない?」


「大きいほうだもんでさ。 もうすぐで終わるから待っとって」


「はーい。 分かったー」


 俺はそうさくらに嘘をつき、ゆっくりとタバコを吸い続けた。


 タバコを吸い終えた俺は自販機でコーンスープ缶を二本買い、車に戻る。


「もー、桜輝遅くなるなら遅くなるって言ってよ! そうしたら私が鍵預かってたのにー!」


「何言ってんだよ。 さくらがさっさとトイレ行っちゃったんだろ」


「そうだった……」


 さくらは忘れていたと言わんばかりに苦笑いをしていた。


「ほら、寒いし小腹空いただろ? コーンスープ買ってきたから、これで後少し我慢して」


 俺はさくらにコーンスープ缶を渡す。


「うわ〜あったかい! 桜輝ありがと!」


 俺たちは車に乗り込み、再度走らせた。


 それにしても渼浜みはまからここまでは長過ぎる。流石の俺も少し腰が痛くなってきた。


 一方のさくらはまだまだ元気で、足をバタバタさせながら、何か嬉しそうにコーンスープを飲んでいる。


 それから数十分が経過し、俺たちの車は岡山を抜け、ようやく島根に入った。


「あっ、桜輝島根に入ったよ!」


「みたいだな……。 それにしても岡山、横に長過ぎだったな」


「だね〜。 私だったら早々にギブアップしてたよ〜! じゃあ出雲までもう少し頑張ってね!」


「おう」


 こうして俺は出雲までのあと少しの道のりを走らせた。

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