第四五話
出雲に入った頃には既に陽は沈み、月が昇っていた。
年末だからか、人の数が凄く多く俺は人がいつ飛び出てきても止まれるよう、ゆっくりと車を走らせた。
ひとまず俺は近くにあったコンビニに車を停めた。
「いや〜、めっちゃ疲れたわ〜!」
「桜輝お疲れ様! 運転ありがとうね!」
「それは別にええよ」
俺たちは車を降り、コンビニで買い物とトイレを済ませ、再度車を走らせた。
「さくら、こっからどうする?」
「私出雲大社について色々調べたんだけど、出雲大社に参拝する前には稲佐の浜って場所に行くのが参拝の手順なんだって!」
「へ〜。 でも何で?」
「ん〜何かね、どうやら稲佐の浜の砂が必要だからみたいだよ!」
俺はさくらに言われたように、車を稲佐の浜まで走らせた。
そして稲佐の浜の駐車場に車を停め、俺たちは車から降りる。
「うわ〜、寒い〜!」
さくらは大きく声を上げた。
外は冷たい浜風が吹き付け、俺たちの身体を一気に冷やす。凍えるような寒さと同時に砂が俺の目に入った。
俺は下を向いてゆっくりと瞬きをし、目を傷つけないよう慎重に砂を取り除いた。
稲佐の浜は、もう陽が沈み真っ暗だというのにたくさんの人がいる。
「さくら、稲佐の浜の砂が必要なのは分かるけど、入れ物はどうするの?」
俺の問いを聞き、さくらはニヤリと笑みを浮かべた。
「私ね、こういう時は用意周到なんだ! じゃん!」
そう言って見せてくれたのは、何かの薬の瓶だった。
「これなら割れない限り砂が溢れる事は無いし、外は水洗いできるからね!」
さくらは親指を立てる。
「なんかさくらが言うと腹が立つな……」
「何でそう言う事言うの!」
さくらは一発、重いのを俺の肩に入れた。
「いって……。 さくらすぐに手を出すのはやめろって……」
さくらは何も言わず、俺に舌を向けるとそのまま砂浜へと歩いていった。
俺はさくらを追う。
砂浜に着くと、そこには大きな岩があった。その岩は一◯メートル近くあるだろうか、その上には鳥居と祠が確認できた。
「凄いよね……。 岩に鳥居と祠があるなんて……」
「伊勢の夫婦岩も凄いけど、これはこれで間近で見れる分凄いな……」
「桜輝、夫婦岩行った事あるの?」
「ああ、小学生の時家族で行った事があるな」
「良いな〜。 私の親、二人とも神社とか興味無いから神宮にすら行った事無いんだよ〜」
さくらは羨ましがるように呟いた。
俺たちはその岩に向かって手を合わせ、お参りをする。お互いに目を開けると、さくらは口を開く。
「じゃあ砂取ろうか!」
「そうだな」
さくらは二つの瓶をカバンから取り出し、俺たちはその中に砂を入れた。
「そういえばさくらって、何でそんなに神社とか城とかが好きなの?」
暗くてさくらの表情はよく見えなかったが、驚いている雰囲気は感じ取る事ができた。
「……気になる?」
「うん、気になる」
さくらは話し始めた。
「中学生の時にね、父方のお婆ちゃんが死んじゃってね、その時にお爺ちゃんとゆっくりと話す機会があったんだけど、その時に昔話を聞かせてくれたの」
さくらの手は砂から瓶、砂から瓶へと一定のリズムで繰り返している。
「小さい時の戦争の話とか、お爺ちゃんのお爺ちゃんの話とかが凄く面白くて、それから自分のルーツとかが知りたくなって市役所とかで調べてたら戦国時代の資料が見つかってね、それでも飽き足らず今度は日本のルーツが知りたくなって、気付いたら記紀を読むようになってた」
「キキ? 何それ?」
「古事記と日本書紀だよ! これがまた読めば読む程面白いんだよ! 例えばこの稲佐の浜も大国主命の国譲り神話に出てくるんだけど、葦原中国を高天原の
古事記や日本書紀の話はよく分からなかったが、さくらは楽しそうに熱く語っていた。
「血まみれで済めば良いけど、絶対中まで食い込んでくるって……」
「ヤダヤダ! 想像しただけでお尻の辺りが痛くなってきた!」
「それただの拭き残しじゃない?」
「もう! そんなわけないでしょ! 汚い事言わないで!」
さくらは瓶の蓋を閉め、立ち上がった。
「桜輝、早く行くよ! ほら立って!」
俺たちは稲佐の浜を後にした。
その後、俺たちは近くの銭湯で入浴を済ませ、夕食のために近くの居酒屋へと向かった。
さくらはお酒を飲んでいたが、俺は車の運転があるためノンアルコールで我慢をする。そもそも俺は特別お酒が好きなわけではない。だから別に目の前でお酒を飲まれたとしても、そこまで苦しくはなかった。
食事を終え、店を出ると空からはハラハラと雪が降っていた。当然吐く息は白く、凍える程の寒さである。
さくらは適度にアルコールが回り、全く寒くなさそうである。
俺たちが車に乗り込むと、車の時計には二二時三八分と表示されていた。俺はエンジンを掛け、車を走らせた。
さくらはアルコールのせいか、やたらテンションが高い。運転に集中する俺の横で、一人盛り上がっている。
途中何度もウザ絡みを受けていたが、それをテキトーに受け流す。
運転すること十数分、俺たちの車は出雲大社の駐車場に到着した。
しかし大晦日という事で人の量も車の量も多く、俺は中々駐車スペースを見つける事ができなかったが、運良く目の前で車が出て行ったので、俺はそこに車を停めた。
「車停めれて良かったね! もしかしたら私たち、大国主命に呼ばれてるのかもね!」
さくらはそう言ってキャピキャピとはしゃいでいた。
何とか車を停める事ができた俺たちは車から降りた。そこには巨大な日本国国旗、日の丸が風にたなびいている。
雪も少しずつ大きくなり、うっすらとだがアスファルトに積もり始めている。
俺たちは『出雲大社』と大きく書かれた石碑の横にある大きな鳥居を潜り、そのまま歩いていく。
人混み故、思うように前に進む事ができない事にイライラしていたものの、数分経つとそんな気持ちはどこかに消えていった。
「桜輝あそこ行こっ!」
俺は突然さくらに右手を掴まれると、そのまま手を引かれた。さくらはこんな人混みをスイスイとすり抜けていく。
そしてさくらは足を止めた。
「見て、兎ちゃん! めっちゃ可愛い!」
俺はさくらの指差す方を見る。そこには可愛い兎の像があった。
「私ね、出雲大社に行きたかった理由の一つに、この兎もあったの! 桜輝、何で出
雲大社に兎の像があるか知ってる?」
「さあ……」
「ここ出雲大社の主祭神、大国主命様がね、白兎を助けたっていう伝説があるからなんだよ!」
さくらの言葉を聞き、どこかで聞いた事がある話だなと思った。
あれは確か中学二年生の頃だっただろうか。歴史の授業にて奈良時代の事をやっていた。古事記も日本書紀も編纂されたのも確か奈良時代だ。
当時の歴史の先生はある日、授業丸々一時間を使って古事記の日本創生神話について語っていた。
俺を含むほとんどの生徒はそんな日本神話などには興味は無く、先生の話をバックサウンドのように聞き流していた。
それ故に殆どの事は全く聞いておらず、今でも全く思い出せないが、何故かこの白兎の話だけは薄っすらと記憶に残っている。
「その伝説って、因幡の白兎の事?」
俺の言葉を聞いたさくらは目を大きく開け、キョトンとした表情を見せると、徐々に口角が上がり嬉しそうに口を開けた。
「そうそう! 何だ、桜輝知ってるんだ! 知ってるなら言ってよ!」
さくらはそう言うと、俺の肩を軽く叩いた。
「でも何でだろ、桜輝が因幡の白兎伝説を知ってるだけで凄く嬉しい……」
さくらの情緒はアルコールでぶっ壊れてしまったのか、顔を赤らめ、恥ずかしそうにこちらを見ている。
「何急に恥ずかしがってるんだよ。 ほらそこの兎さんと写真撮ってあげるから、そこにしゃがみん」
さくらはこくりと頷くと、白兎像の横にしゃがんだ。
俺はスマホをさくらに向け、シャッターボタンを押す。
「撮れたぞ」
さくらは立ち上がり、近付いてきた。
「うわ〜! 私も兎も可愛い〜!」
「……」
俺は黙ってさくらを見つめる。さくらはいかにもツッコミを欲しているような表情をしていたが、俺は黙って歩き出した。
「ちょっとー! 今絶対にツッコむところでしょ! まるで私がバカみたいじゃん!」
さくらは俺の腕にしがみつくと、再度手を握った。
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