第四一話

 『黒馬五虎くろまごこスキー場』を後にした俺たちは、『山津見やまつみ』までの暗く凍結した道を歩いていた。


「それにしても、まさか小雪たちに会えるとは思わなかったねー! 柊斗君も前に会った時よりもかっこ良くなってたし! 桜輝も負けちゃダメだよ!」


「バカな事言ってるとこけるぞ」


「キャっ!」


 俺の横でさくらはこけていた。


「いった〜」


「だから言っただろ。 ほら」


 俺はさくらに手を差し出す。さくらはその手を掴み、立ち上がった。


「何だ、桜輝もかっこ良い所あるじゃん!」


「さっきから何バカな事言ってるんだよ」


「うわー! バカって言ったー!」


 さくらは俺の背中をポコポコと叩いた。


 一◯分程歩くと、俺たちは『山津見やまつみ』に到着した。


 受付で鍵を受け取ると、俺たちはそのまま部屋へと向かった。


「いや〜それにしても明日には帰らないといけないのか〜! 早いな〜!」


 さくらはそう言いながらベッドにダイブする。


「さくら、もう夜も遅いんだから大きな音立てるなよ」


「は〜い」


 俺は寝る準備を済ませると、ベッドに横になる。


「ねえ桜輝、一緒に寝よ!」


 さくらはそう言うと、俺のベッドに入り込み、横になった。


「何だよさくら、自分のベッドで寝ろよ」


「やーだ! クリスマスなんだから桜輝と一緒に寝るの!」


 こうなったさくらは、もう言う事を聞かない。俺は小さくため息をついた。


「分かったよ……。 だけど明日は運転もあるから、さくらの想像してる事はしない

からな」


「私の想像してる事?」


 さくらは『何の事?』と言いたげな顔をしていたが、


「そういう事か!」


と言うと、いつもの気味の悪い笑みを浮かべた。


「も〜、桜輝は本当にエロいな〜。 そんな事考えてたの? 残念ながら今日は女の子の日だからしたくてもできませんよ〜!」


 俺は身体をを起こし、ベッドから降りた。


「桜輝どうしたの……?」


 俺は黙ったままカバンを物色し、お目当ての物をポケットに入れると、そのままドアノブを掴む。


「……歯磨いてくる」


 俺はそう言ってドアノブをひねり、洗面所へと向かった。


 廊下を一人歩いていると、後方から洗面用具を持ったさくらが小走りでやってきた。


「もう桜輝、びっくりしたじゃない! 急に『歯磨いてくる』なんて!」


 俺たちはその後、歯を磨いてトイレで用を足し終えると、再び部屋へと戻った。


 電気を消し、俺とさくらは同じベッドで横になっていた。


 俺はスマホで明日のアラームをセットする。スマホには今の時刻が表示されている。


 二三時五七分。あと三分で日付が変わる。


「さくら、そういえばさっき女の子の日って言ってたけど、あれ本当?」


「本当だよ。 てかどうしたの、急に? ムラムラしてきた?」


「そんなんじゃなくて! なんていうか、全く気付かなかったからさ……」


 さくらに揶揄われながらも、俺は静かに続ける。


「さくらに言われるまで気付かなかったからさ……。 俺女の子の日がどれだけ辛いのかとかよく分からないけど、身体を冷やすのは良くないってどこかで聞いた事があって、それなのにこんな氷点下の夜にさくらを連れ出したりしたから……」


 突然、さくらは笑い始めた。


「あはは! 桜輝心配し過ぎだよ! 私、女の子の日だったとしてもそんなに重くならないから安心して! それに本当に無理だったら行ってないし!」


 さくらはそう言うと、俺の胸元に顔を埋めた。


「でもありがと。 桜輝もちゃんと心配してくれるんだね」


 俺は黙ってさくらの身体に手をやり、軽く抱き寄せた。


「桜輝、今日は今までで最高のクリスマスだった。 来年もまた二人で過ごそうね」


「ああ、そうだな」


 俺たちは唇を重ね、そのまま眠りについた。


 目を覚ますと、まだ部屋は暗かった。


 俺はスマホと部屋の鍵を持ち、部屋を出ると車へと向かう。


 昨日あれだけ降っていた雪もやんでおり、空には幾千、幾万の星々が輝いていた。


 車に到着すると、鍵を開けてドリンクホルダーに置いておいたタバコを手に取り、火を付けた。


 俺はゆっくりと煙を吐き出すと、空に向かって息と混じり合った白いモヤが上がっていく。


 俺はスマホを開く。そこには四時四三分と表示されている。


 起きるにはまだ早いが、二度寝をするには少し遅い何とも言えない時間だ。


 それに真冬の早朝にこうしてタバコを吸っていると、嫌でも眠気が取れて行く。


 こうなってしまってはもう一度寝る事はできないだろう。


 一本目のタバコを吸い終えた俺は二本目に火をつける。


 手が悴み、感覚を失いながらも俺はそれに耐えながらタバコを吸う。


 俺はさくらにタバコを吸い始めた事を言っていない。だからといって、別に隠している訳ではない。


 さくらから聞かれれば素直に吸っていると答えるつもりだし、仮に『タバコをやめろ』と言われても俺が好きでやっている事だからやめるつもりはない。


 そんな事を考えているうちに二本目のタバコも吸い終えてしまった。


 俺は車のドアを開け、そのドアポケットにタバコをしまい、車をロックする。


 そして丁度脛の中心くらいにまで積もった雪をかき分けながら『山津見やまつみ』の中へと入り、部屋に戻った。


 さくらは俺の物音に気付く事なく、気持ち良さそうに寝ている。


 俺は暖房をつけ、ソファーに座り時間を潰す事にした。


 それからどれくらいの時間が経過しただろうか、俺がスマホで動画を観ていると、昨夜セットしていたアラームが鳴った。


 ふとカーテンに目をやると、隙間から細く青白い光が差し込んでいた。


 俺はアラームを止め、カーテンを全開にする。


 薄暗かった部屋は一気に明るくなり、後方から物音が聞こえた。


 振り返ると、さっきまですやすやと寝ていたさくらが身体を起こし、眩しそうな目でこちらを観ている。


「おはよう、さくら」


「……おはよう。 今何時?」


「六時半だよ」


「まだ六時半か……。 桜輝は何時に起きたの?」


「四時半頃かな」


「……早過ぎでしょ」


 さくらはそう言うと再び横になり、目を瞑る。


「ほらさくら、ここで二度寝すると起きれんくなるぞ。 それにあと一時間で朝食だし」


「朝ご飯いらない」


「バカな事言うなって。 霜鳥さんもきっと今頃俺たちのために準備してくれてるんだからさ」


 俺はさくらから布団を剥がす。


「う〜ん」


 さくらは声にならない声を上げると、ゆっくりと身体を起こした。


「ほら、顔洗いに行くぞ。 そうすれば目も覚めるだろうし」


「……分かった」


 さくらはベッドから降り、洗面用具を手に取ると寝ボケながらもドアへと歩いた。


 その後、俺たちは洗面と着替えを済ませ、ベッドに座りテレビを眺めていた。


 天気予報によると、今日はもう雪は降らないらしい。


「そっか〜、もう雪は降らないのか〜」


 さくらはボソッと呟く。


「何で? 雪が降ってないと嫌なの?」


 俺がそう問うと、さくらは驚いたような表情で俺を見た。


「えっ? あ、聞こえてた?」 


「うん、聞こえてたよ。 独り言のつもりだった?」


「うん……」


 さくらの顔が少し赤らむ。


「それで、何で雪が降ってないと嫌なの?」


「別に嫌って訳じゃないけど、今日はクリスマスだよ? 雪が降ってた方がクリスマスっていう雰囲気になるじゃん!」


「何だそんな事か」


 俺の言葉を聞いたさくらは頬を膨らませ、俺の肩を叩いた。


「も〜! 本っ当に桜輝は情緒ってものが無いんだから〜!」


「痛いって! すぐにそうやって叩くのやめろ!」


「嫌だ、やめない!」


 俺たちがじゃれていると、ドアがノックされた。


「さくら〜、桜輝君おはよう! ご飯の準備ができたから降りてきて〜!」


 ドアの向こうから聞こえる声は小雪ちゃんのものである。


 さくらは勢い良く立ち上がりドアを開けると、小雪ちゃんが驚いたような表情で立っていた。


「小雪おはよう!」


「ちょ、どうしたのさくら? あんたそんなに朝からテンション高い方だったっけ?」


「だって今日はクリスマスだよ! テンション上げていかなきゃ!」


 小雪ちゃんはそんなさくらの様子を見て、大きくため息をついた。


「もう本当にさくらには呆れるよ」


 その後もさくらは何かを言っていたが、困る小雪ちゃんを見て俺はさくらの口元を覆った。


「小雪ちゃんごめんね。 知らせに来てくれてありがとう。 すぐに行くから」


「う、うん。 じゃあまた後でね」


 小雪ちゃんはそう言うと静かにドアを閉めた。


 俺はさくらの口元から手を離す。


「おいさくら、テンションが高いのは良しとして、小雪ちゃんを困らしたらダメだろ。 さっきの小雪ちゃん、さくら見てドン引きしてたぞ」


 さくらは冷静になったのか、少し俯いて口を開ける。


「……ごめん。 気を付ける」


 さくらは素直に謝ってきた。


「別に怒ってる訳じゃないから謝らんくても良いよ。 ほら、朝ご飯食べに行くぞ」


「うん」


 食堂に着くと俺たちは席に座り、小雪ちゃんと柊斗さんの四人で朝食をとった。


 食事を終えると、小雪ちゃんと柊斗さんは厨房の奥へと消え、俺とさくらは部屋へと戻った。


 そして再度歯を磨き、荷物を整えると部屋を出て、チェックアウトを済ませた。


 時刻は九時三◯分。帰るにはまだ早い。


 俺たちはラウンジに行き、カウンターに座った。


「何かもう終わっちゃうんだね、黒馬くろまの旅も」


 さくらはボソッと呟いた。


 俺はコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、さくらに渡す。


「ありがと」


「まだ二日目が始まったばっかじゃん」


 俺は自分のコーヒーカップにコーヒーを注いだ。そのまま口に運ぼうとしたがまだ熱く、コーヒーカップを置いた。


「そうだけどさ、何か旅行の最終日って寂しい気持ちにならない?」


「何で?」


 さくらは置いてあるザラメを二杯コーヒーの中に入れ、グルグルとかき混ぜる。


「何でって言われても困るな……。 昔から家族旅行でも修学旅行でも帰る日になると、落ち込むまではいかないにしても、凄く憂鬱な気分になるの……」


「分からんでもないな。 それで、今はそんな気分なの?」


「少しね」


 さくらはコーヒーを少し飲むと、『はあ』と小さくため息をついた。


「ならまたどっか行こうぜ」


「えっ?」


 さくらは顔を上げる。


「クリスマスはこれで終わりだけど、もうすぐで年末年始だろ? 次は初詣でも行こうぜ」


「……」


 さくらはコーヒーカップを見つめたまま、何も答えない。


「どうした?」


 さくらは再び顔を上げる。


「ううん。 何でもない!」


 そう言うと、さくらはニコッと微笑んだ。


「前にさくらさ、出雲大社に行きたいって言ってなかったっけ?」


「言ったけど……それがどうしたの?」


「じゃあさ、初詣しに島根まで行こうよ!」


 さくらの目が大きく開く。


「でも元旦だよ? しかも愛知から島根って……。 時間がかかるし、絶対混んでるよ!」


「元旦の神社なんて、どこ行っても混んでるだろ? だったら行きたい所に行ったほうが良いじゃん!」


「でも……」


 さくらは口籠る。


「もしかして行きたくないの?」


 俺がそう問うと、さくらは大きく首を振った。


「そんな事はない! 私だって出雲大社はめっちゃ行きたい! でも私運転に自信が無いし、だからといって桜輝に運転を全て任せるのも申し訳ないし……」


「何だ、そんな事気にしとったの? それなら大丈夫だよ。 運転も俺が好きでやってる事だから、さくらは気にせんくてもええよ」


 俺はコーヒーを一気に飲み干した。


「そっか……。 分かった! じゃあ楽しみにしてるね!」


「うん。 じゃあ帰りの車内は作戦会議だな!」


「そうだね! うわ〜、何かめっちゃテンション上がってきた!」


 俺たちはその後、一一時頃までラウンジで盛り上がり、『山津見やまつみ』を後にして帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る