第四◯話
夕食を終えた俺たちは、一旦部屋に戻り一五分程度の休憩をした後、再び部屋を出て浴場へと向かった。
浴場に着いた俺は、脱衣所で服を脱ぐとそのままシャワーの前に座り、頭、身体、顔の順に洗い、湯船に浸かる。
そして全身が温まると同時に湯船から出て、タオルで体の水分を拭き取ると脱衣所に戻り服を着る。ドライヤーで髪の毛を乾かし終えると、俺は部屋へと戻った。
日中にもさくらが少しだけ話していたが、そういえば今日は一二月二四日、クリスマス・イブである。
昨年はお互いに受験生という事もあり、クリスマスらしい事は出来なかった。当時はまだ付き合ってはいなかったものの、両想いだった。
女の子にとって、クリスマスなどの行事はとても大切だとよく聞く。
俺は別にそうでもないが、さくらのためにも今年は良いクリスマスにしてあげたい。
しかし、そう感じてもらうためにはどうしたら良いのだろうか……。
そんな事を一人で考えていると、ドアがノックされた。
「桜輝! 開けてー!」
どうやらさくらは風呂を終えたらしい。
「はいよー」
俺はドアの鍵を開ける。
「いや〜、桜輝は相変わらずお風呂早いね〜! 同じタイミングで入ったのに、いつも桜輝のほうが早く出てくるんだもん!」
さくらはそう言いながらベッドに腰を下ろすと、化粧水をピタピタと顔に塗り始めた。
「そりゃ男なんて全身洗って風呂に浸かるだけだもん。 髪の毛も短いからすぐに乾くし」
「良いな〜、女の子なんて化粧も落とさないといけないし、髪の毛も乾かすのに時間がかかるから困っちゃうよ〜」
そんなくだらない話をしながら、さくらは乳液を顔に塗り、トリートメントを髪の毛に付けるなどして、すべてのことが終わる頃には二◯時前になっていた。
「さくら、お風呂もう入っちゃったけどさ、今から出掛けない?」
「えっ! 今から?」
「そう、今から」
さくらは明らかに不服そうな顔をしている。
「もうメイク落としちゃったし……」
「マスクあげるからさ」
俺がマスクを差し出すと、さくらはそれを無言で受け取った。
「てかどうしたの、急に?」
「日中、さくら言ってただろ? 今日クリスマス・イブだって」
「言ったけど……」
「あの時はテキトーに流しちゃったけど、さっきその事思い出してさ……」
「……」
さくらは黙ったまま俺を見つめる。
「そもそも今日こうして
さくらの表情が少しだけ緩んだ気がする。
「……うん。 分かった」
俺たちは服を何重にも着込み、受付に鍵を預け、歩いてスキー場へと向かった。
外はしんしんと雪が降り、除雪された道も凍結してかなり歩き辛い。
「外はやっぱり寒いね〜。 雪もずっと降ってるし」
「そりゃ氷点下だからな」
俺たちは滑らないよう、慎重に歩いていく。
道路脇の用水路には、水が轟音を鳴らしながら勢い良く流れている。
俺がその様子をボーッと眺めていると、さくらに話し掛けられた。
「凄いよね、ここの用水路。 私も初めて見た時は凄く怖かったもん」
「もし何かのタイミングでここに落ちたら、間違いなく流されるな……。 さくら、落ちるなよ」
「もう! 怖い事言わないで!」
そんな話をしているうちに、『
随分前に小雪ちゃんから聞いた話によると、ここ『
スキーヤーやボーダー達の滑る音や、リフトの作動音が妙に心地良い。
俺たちは取り敢えず建物の中に入り、クレープや温かい飲み物を買い、ゲレンデが一望できる席に腰を下ろした。
「よくこんなにも雪が降って寒い中滑れるよな……」
「も〜、桜輝そんな事言わないの! 小雪も言ってたけど、今日みたいな雪の降る日の滑りは特別らしいよ!」
「そうなんだ……。 俺には理解できんな」
「まあ〜、私もぶっちゃけこんな天気の日にはあまり滑りたいとは思わないけどね……」
俺たちはその後もガラス越しにゲレンデを眺めていた。
そしてさくらは突然立ち上がる。
「どうしたの?」
「すぐに戻ってくるから、ちょっと待ってて!」
さくらはそう言うと、一人でどこかに走り去って行った。
さくらのこういった突然の行動は今に始まったわけではない。俺はやれやれと思いながらも、一人待つ事にした。
俺がボーッと外を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「桜輝君?」
この声は聞き覚えがある。
俺が振り返ると、そこにはスキーウェアを着た小雪ちゃんと、もう一人同年代くらいの男性が立っていた。
「お〜、小雪ちゃんか! 久し振りだね!」
「久し振り! あれ、もしかして一人?」
「いや、さっきまでさくらと一緒に居たんだけど、急に立ち上がったと思ったらどっか行っちゃってさ……」
「そうなんだ……。 全く、さくらは変わらないな〜そういうところ……」
小雪ちゃんも俺の話を聞いて、やれやれといった感じに呟いた。
俺は小雪ちゃんの横にいる男性と目が合う。
「小雪ちゃん、隣の方は……?」
「あ〜! ごめん紹介してなかったね! 『
「えっ、そうなの?」
俺は驚きのあまり、思わず席から立ち上がった。
「ちょっと、桜輝君落ち着いて! どうしたの、急に?」
「ごめん、ごめん! 驚き過ぎてつい……」
「もう〜、桜輝君もだんだんさくらに似てきたね!」
小雪ちゃんはクスクスと笑う。
「ほら
「初めまして……。
その男性は柊斗さんというらしい。
「こちらこそ霜鳥さんにはお世話になっております。 小雪ちゃんの友人の竹中桜輝です」
「も〜、二人とも固いな〜。 同い年なんだからもう少し柔らかくいこうよ〜!」
柊斗さんと俺たちは同い年のようである。
「じゃあ桜輝君、せっかくだしここで少し喋ろうよ!」
小雪ちゃんはそう言うと、俺の答えを待たずに俺と向かい合うように座った。
「そういえば聞いたよ〜、さくらと喧嘩したんだって?」
「まあね、今日の昼頃までは……」
「ふ〜ん。 て事はもう仲直りしたんだ!」
小雪ちゃんはいつも以上に上機嫌で話す。そしてその表情も今まで見た事がないくらいに、とても嬉しそうな顔をしている。
そのまま三人で数分話していると、さくらがこちらに近付いてくるのが見えた。
俺がさくらに視線を移すと、それに気付いたのか小雪ちゃんは後方に振り返った。
「あっ! さくら〜! 久し振り〜!」
小雪ちゃんはそう言って大きく手を振ると、さくらは大きく目を開き、小走りでこちらにやってきた。
「小雪〜! 何でここにいるの?」
「ご飯食べたんだけど、ずっと滑ってたら小腹が空いちゃってさ、そしたら桜輝君がいたから話し掛けちゃった!」
「そうだったんだ! 柊斗君も久し振り! 二年振りくらいかな?」
「そうだね……。 久し振り……さくらちゃん」
「さくらごめんね〜。 柊斗極度の人見知りだから、まださくらに慣れてないみたいで……」
柊斗さんは恥ずかしそうにしながら、下を向いて俯く。
「そういえばさくら、その箱は何?」
俺がそう聞くと、さくらは『そうだった!』と言ってテーブルにそれを置いた。
「せっかくのクリスマス・イブだから桜輝と二人で食べようと思って、さっきのクレープ屋さんで買ってきたの!」
さくらはそう言ってその箱を開けると。そこには直径二◯センチメートルほどのホールケーキが姿を現わした。
「二人で食べるにしては少しデカくないか?」
「やっぱりそう思う? 私も少し大きいかな〜って思った」
「じゃあせっかくだし、四人で食べようよ。 小雪ちゃんたちも小腹が空いてるみたいだし」
「えっ! 良いの、さくら?」
「もちろん! どうせ私と桜輝の二人じゃ食べきれないし!」
「ありがとう! じゃあ私たち、お皿持ってくるね! ほら、柊斗行くよ!」
「分かったって」
柊斗さんは小雪ちゃんに腕を引かれ、二人はお皿を取りに行った。
「いや〜びっくりしたよ〜! 小雪と柊斗くんがいるんだもん!」
「それは俺もだって。 いきなり後ろから声を掛けられたと思ったら小雪ちゃんだし、一緒にいる男性も誰だろうと思ったら霜鳥さんの息子さんだし……」
「桜輝、ここだけの話なんだけど、小雪って柊斗君の事が好きなんだよ!」
さくらはそう俺に耳打ちをした。
「えっ、そうなの?」
「そう! だから桜輝、これからは小雪の事エロい目で見たらダメだよ!」
「だから見てねえつーの!」
「あと冗談抜きで、この事は小雪には言っちゃダメだからね!」
「はいよ。 言わんから安心しろ」
そんな小雪ちゃんにまつわる話をしていると、小雪ちゃんと柊斗さんが帰ってきた。
「二人ともお待たせ〜!」
小雪ちゃんはそう言うと、お皿を並べた。
「じゃあ私切り分けるね!」
「ちょっと待って! さくら!」
柊斗さんからフォークを受け取ったさくらがケーキを切り分けようとした時、小雪ちゃんに静止された。
「……どうしたの、小雪?」
「ほら今日はクリスマス・イブでしょ? 二人とも写真撮ってあげるから、ケーキ持って!」
俺とさくらは小雪ちゃんに言われるがまま、二人でケーキを持った。
「じゃあ二人とも撮るよ! はい、チーズ!」
パシャリというスマホ独特のシャッター音が鳴った。小雪ちゃんは撮れた写真を見て、一人ニヤニヤと笑っている。
「ねえ小雪、写真見せて!」
「ダーメ! 後で送るからそれまでのお楽しみ!」
「もー! ケチー!」
そんなさくらを見て、小雪ちゃんはクスクスと笑う。
「じゃあ小雪たちもケーキ持って! 撮ってあげるから!」
「え〜、いいよ〜。 私たちはそんなんじゃないから〜」
「まんざらでもない顔して何言ってんの? ほら、柊斗くんももっと小雪に近付いて!」
「う、うん……」
小雪ちゃんと柊斗君の顔が近付く。二人はお互いに恥ずかしさを隠しているつもりなのか平然を装っているが、その顔はどんどんと赤らんでいく。
「撮るよ! はい、チーズ!」
先程と同じように、スマホからシャッター音が聞こえた。
「じゃあ私も後で送るね!」
さくらはそう言うと、ニヤリと笑った。
その後はさくらが買ってきたホールケーキを四等分に切り分け、味わった。
そのケーキはクレープの生地と生クリームが何層にも重ねられ、シンプルな味わいながら、クレープのモチモチとした生地があまりにも衝撃的で、俺たちは一◯分も経たずして平らげてしまった。
「美味しかった〜! さくらご馳走様〜!」
「どういたしまして〜!」
「じゃあ私たちはもうひと滑りしてくるからそろそろ行くね!」
「分かったー! 気を付けてね〜!」
小雪ちゃんたちは再び外へと出て行った。
小雪ちゃんたちがいなくなった途端、俺たちのテーブルは一気に静かになった。
「何か急に静かになったな」
「だね〜。 てか桜輝これ見てよ! さっきの小雪と柊斗君の写真! 二人とも顔真っ赤じゃない?」
「イジるなよ。 性格悪いな〜さくらは」
俺がそう言うと、さくらは頬を膨らます。
「そんな事ないもん! 桜輝のほうが性格悪いし!」
さくらは俺の肩をポコポコと叩いた。
「でも付き合えると良いね、小雪たち」
「だな。 柊斗さんがもう少し積極的になればすぐにでも付き合えると思うんだけどな……」
「元々人見知りの桜輝が何言ってるの? 私を散々待たせたくせに……」
「そっ、それは……」
俺は何も言い返す事ができなかった。
「まっ、ゆっくりと見守ってあげようよ。 小雪たちの恋愛は」
「だな」
俺たちは再びガラス越しに見えるナイターのゲレンデに視線を移した。
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