第三九話

 仲直りをした俺たちは部屋でまったりとした時間を過ごしていた。


「ねえ桜輝、喧嘩したままだったから忘れてたけど、今日ってクリスマスイブだったんだね」


「ああ……そういえばそうだったかな。 俺もすっかり忘れとったわ」


「桜輝も? 何だか私たち似てきたね〜!」


「そんな事ないわ」


 さくらの言葉に、思わず俺はドキッとしてしまった。


「あれ? 桜輝もしかして、今の私の言葉に照れちゃった? もー、可愛いな桜輝は!」


「……」


 さくらのイジりが始まってしまった。


 俺は立ち上がる。


「どうしたの……?」


「トイレ行ってくる」


 俺はそう言って、逃げるように部屋を飛び出しトイレへと向かった。


 トイレに着いた俺は、用を足しながら一人物思いにふける。


 さくらは仲直りをした途端にいつも通りのさくらに戻った。確かに俺はこうなる事を望んでいた。


 しかしいざいつも通りのさくらに戻ると、俺はその言葉の一つ一つにドキドキしてしまう。


 何故だろうか。さっきの言葉だって、喧嘩をする以前の俺なら何とも思わなかった。


 それにさくらと出会ったあの日から、俺はさくらの事が好きだった。今ももちろん好きだ。


 しかし、今のさくらへの好きという想いはこれまでとはどこか違い、うまく表現できないが日に日に膨張しているような気がする。


 用を足し終えた俺は大きく深呼吸をし、部屋へと戻る。


 だがそこにはさくらの姿はない。俺は階段を降りてラウンジへ行くと、さくらはこたつに入り外の雪景色を眺めていた。


 俺は無言でさくらの隣に座る。


「うわ! びっくりした〜、桜輝か〜」


「びっくりしたのは俺のほうだわ。 部屋戻ったらさくらいないし、鍵も閉めてないし……」


「あはは! ごめん、ごめん! 鍵閉めるの忘れてた!」


「さくら絶対一人で旅行出来ないタイプだろ」


「一人で旅行か……。 確かにした事無いけど、何か憧れるよね!」


 さくらのテンションが上がる。そのニコッとした表情に、俺はまたドキッとしてしまう。


「さくらは一人で旅行とか行くなよ。 危なっかしいから」


「何で〜? 私ってそんなに危なっかしいかな?」


「危なっかしいって。 さっきでも部屋の鍵も閉め忘れてたし、変な男に襲われるぞ!」


「何それ〜! そこんとこは大丈夫だって! これでも私、ちゃんと一人暮らししてるし!」


 さくらはそう言うと、頭を俺の肩に預けてきた。


「でもありがとね桜輝、心配してくれて」


 俺の心臓の鼓動が二倍にも三倍にも早くなり、何だか顔が熱くなってきた。


「ちょっと外行ってくるわ」


「どうしたの?」


「何かここ暑いから、外で涼んでくる」


「涼んでくるって……。 外雪降ってるよ?」


「見りゃ分かるって。 とりあえず行ってくるわ」


「ふーん、変なの……。 行ってらっしゃい」


 俺はこたつから出て、外に出る。


 入口付近の灰皿まで歩くと、俺はポケットからタバコを取り出し、それに火を付けた。


 そしてゆっくりと煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 煙と息の水蒸気が混ざり合った白いモヤは、どこか遠くへと消えていく。


 生まれて初めてタバコを吸ったあの日から、俺はタバコの虜になってしまった。


 そして何よりも、雪景色を眺めながら吸うタバコは美味い。寒さなんてどうでも良い、そう思えるほど幸せな気分になる。


 俺はタバコを吸い終えると、中に入りさくらと向かい合うように座った。


「あら桜輝おかえり」


「ただいま」


「ねえ、せっかくだし二人で何かゲームでもしようよ!」


「ゲーム? 別に良いけど、二人で楽しめるゲームなんてある?」


「そうだな〜」


 さくらは立ち上がるとカウンターのほうまで歩いて行った。 そしてカウンター近くにある棚を物色し始めると、何かを持ってこちらにやってきた。


「オセロやろうよ! これなら二人でも楽しめるよ!」


「オセロか……懐かしいな。 保育園以来やった事無かったわ」


「嘘! そうなの? じゃあ早くやろうよ!」


 さくらはそう言うとオセロを広げ、中央に白黒それぞれ二枚ずつ石を置いた。


「じゃんけんで勝った方が白で後攻、負けた方が黒で先行ね!」


「分かった」


 俺とさくらはじゃんけんをし、俺は勝った。


「じゃあ私からいくね!」


 こうして俺たちはオセロに興じた。


 約三◯分後、対局が終わった。結果は僅差でさくらの勝利だった。


「いや〜、それにしても中々熱い戦いだったね〜!」


「お互いに黙々とやってたしな」


「本当だよね〜! 桜輝、もう一回やろうよ!」


「そうだな……」


 俺は立ち上がるとカウンターまで歩き、先程のさくらと同じように棚を物色し、囲碁の石と板を引っ張り出してさくらの元へと戻る。


「今度はこれでオセロやろうぜ」


「それって囲碁だよね……? どうやってオセロやるの?」


「どうやってって……。 普通にオセロやるだけだけど」


「う〜ん」


 さくらはイマイチ納得、もしくは理解できてないのか、頭を傾げる。


「まっ、取り敢えずやってみようよ。 ほら、早くオセロ片付けよ」


 俺たちはオセロ盤を片付けると、元あった場所へとしまい、囲碁盤でオセロを始めた。


 それから約一時間が経過し、対局が終わった。結果は俺の勝利だった。


「うわ〜、囲碁盤でオセロも楽しかったけど、普通に疲れたわ〜」


「それな。 俺もこれは初めてやったけど、中々キツかったわ……」


「てか桜輝見てよ、外! いつの間にかこんなに暗くなってるよ!」


 俺はラウンジ内の時計を見る。その時間には一七時二五分と表示されている。


「さくら、多分あと一時間くらいで夕食だから一回部屋に戻ろうか」


「そうだね!」


 俺たちはこたつの上を片付け、さくらに部屋の鍵を渡した。


「先に部屋戻ってて」


「どこ行くの?」


「さっきみたいに外で涼んでくる」


「……」


 さくらは何か怪しいものでも見るかのような目つきで俺を見る。


「変なの。 取り敢えず私は部屋に戻ってるからね。 風邪ひかないようにね」


「ああ……」


 さくらは階段を登っていった。


 俺はそれを見届けると、外に出てタバコに火をつけた。


 陽はとうの昔に沈んでおり、かなり寒い。そして降り止まない雪が風の影響で俺のいる場所にまでやってくる。


 俺は入口付近にある長靴を拝借し、車まで歩いた。


 そこの数ある車は皆、ワイパーを上げボディには三◯センチメートル以上の雪が積もっている。


 俺は自分の車を見つけ出した。


 俺の車も他の車と同じようにワイパーを上げ、ボディにはかなりの雪が積もっていた。


 俺はポケットからスマホを取り出すと、車にカメラを向け、シャッターボタンを押す。


 そしてスマホを確認すると、そこにはイカのお寿司のような状態になっている車があった。


 俺はすぐにその写真をさくらに送ると、『山津見やまつみ』の中へと戻った。


 階段を登り、部屋に着くとドアをノックして中に入った。


「桜輝おかえり! 何してるのかな〜って思ってたら車の様子を見に行ってたんだね!」


「そうそう。 そんで面白い写真が撮れたから、さくらに送ってみたってわけ。 あの写真、イカのお寿司みたいじゃない?」


 俺の言葉で、さくらはクスクスと笑い始めた。


「何それ〜! その表現の発想は無かったわ〜! 桜輝ってやっぱり面白いね!」


「嘘、車の上に雪が積もってるのを見て『イカのお寿司』って表現しない?」


「しないよ〜、避難訓練じゃないんだし! 私、初めて聞いたもん! だけど今度からその表現使おうかな〜! 面白かったし!」


 さくらは上機嫌に笑う。


 すると突然、ドアがノックされた。


「桜輝君、さくらちゃん。 夕食の準備できたから下に降りてきてね」


 霜鳥さんの声だ。


「ありがとうございます! すぐに行きます!」


 俺たちはさっきの話を続けながら部屋を出て、一階の食堂へと向かった。

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