第三七話

 『山津見やまつみ』に到着した俺たちは中に入り、受付の呼び鈴を鳴らす。


「はーい!」


 返事と共に姿を現したのは、霜鳥さんだった。


「おー、二人ともよく来てくれたね! 雪道大変だったでしょ!」


「はい、生まれて初めての雪道走行だったのでかなり神経使いました」


「そうか、そうか。 でも無事に到着してくれて何よりだよ」


 霜鳥さんはそう言うと、部屋の鍵をくれた。


「お部屋は前と同じ『二◯七』だからね。 あと小雪ちゃんは今日明日と出掛けてる

からね」


「はい、聞いております。 では二日間お世話になります」


 霜鳥さんへの挨拶を済ませたところで、俺たちは階段を登り、『二◯七』の部屋に入った。


 荷物を置き、俺はソファーに座る。


「はあ〜、雪道って何であんなにも疲れるんだろ」


「運転ありがとうね、桜輝」


「お、おう」


 運転中はただ目の前の事に集中していた事で何も考えていなかったが、いざこうして集中が切れると何だか気まずい。


 いつもなら自分から話しかけてくるさくらも、今日はやけに静かである。その上、どこか俺を避けているようにも感じる。


「なあさくら」


 俺がそう呼ぶと、さくらは一瞬身体をビクッとさせて振り向いた。


「何? どうしたの?」


「前、二人でボードやろうって話してたけど、どうする?」


「桜輝はやりたい?」


「俺はいいかな……。 今日は天気悪いし、寒そうだから」


「そっか……。 じゃあ私もいいや。 今日はそんな気分じゃないし……」


「分かった」


 その後、俺たちは部屋で各々スマホを触りながら時間だけが過ぎていった。


 もちろんそこには会話が無い。しかし、これまでと明らかに違うのはそこに流れる空気というものが、今まで感じた事がないほどの重さであるという事である。


 無論、俺はこんな空気感の中でスマホに集中できるはずが無く、ゴソゴソと落ち着く事ができなかった。


 それから約三◯分後、突如俺の腹の虫が轟音を鳴らした。


 俺はさくらと目が合う。


「そういえば昼ご飯食べてなかったな……」


 そんな俺を見て、さくらはクスッと笑う。


「ようやく気付いたの? 確か前も同じような事あったよね?」


「そうだったっけ……? とりあえず、どっか食べに行こうか」


 さくらは小さく頷く。


 俺たちは部屋を出て受付に鍵を預け、車へと向かった。


 外はかなり大量の雪が降っており、少し歩いただけで上着にはたくさんの雪が積も

ってくる。


 そして車に着くと、俺たちは窓ガラスやボンネットに積もった雪を落とし、車に乗り込んだ。


「それにしても寒すぎるな。 さくら何が食べたい?」


「温かいもの」


「了解。 じゃあラーメンでも食べに行くか」


 俺はエンジンを掛け、車を発進させた。


 踏切を渡り、『黒馬五虎くろまごこ』の信号を直進し、すぐ左に車を入れた。


「着いたよ」


「嘘、早っ。 ここにラーメン屋なんてあったんだ。 何で知ってるの?」


「昨日調べた」


 俺たちは車から降りる。


 駐車場にはそこそこ沢山の車が停められており、沢山のお客さんがいる事が容易に想像できた。


 俺たちがお店に入ると、すぐにテーブル席に案内された。


 席に座り水が出されると、俺たちはメニュー表と睨めっこをする。


「さくら決まった? うーん、正直まだ決まってない。 桜輝は?」


「俺はこの『特製味噌ラーメン』ってやつにする」


「そっか〜、じゃあ私もそれにしようかな」


 俺は店員を呼び、注文を済ませた。


 そして再び、あの重い沈黙が俺たちの間に流れる。だが俺は勇気を振り絞り、口を開けた。


「さくら……『山津見やまつみ』に戻ったらさ、少し話し合おうか」


「……」


 さくらは何も答えない。


「やっぱりこのまま逃げてたらダメだよ、俺たち。 ちゃんと正面からぶつからないと。 だからちゃんと話し合おうよ」


「……うん、分かった」


 さくらはそう小さく答えた。


 直後、俺たちの席にラーメンが運ばれてきた。


「ほら、ラーメンもきたし食べようぜ」


「うん」


 俺たちは箸を手に取りラーメンを啜った。


 それから約三◯分後、食べ終えた俺たちは会計を済ませ、店の外に出る。


 外は相変わらず大雪である。俺たちは『山津見やまつみ』へと車を走らせた。


 『山津見やまつみ』に着き、預けてあった部屋の鍵を受け取ると、部屋には戻らずにラウンジへと向かい、俺たちはカウンターに座った。


 カウンターにはポットにコーヒーが入っており、それはヒーターで温められている。


 俺はポットを手に取り、置いてあるコーヒーカップに注いだ。


「さくら、コーヒー飲めたっけ?」


「甘くすれば飲めるかな」


「そっか。 じゃあそこにあるザラメで調整してみて」


「うん」


 俺はさくらにコーヒーカップを渡すと、自分のコーヒーカップに注いだ。そしてそれをゆっくりと口に運ぶとゆっくりと置いた。


「あのさ……まず謝らせてほしい。 あの時は流石にやり過ぎた。 本当にごめん……」


「うん、もう怒ってないから大丈夫」


 さくらはコーヒーの入ったカップをじっと見ている。


「それでさ、別にさくらを責めるつもりは無いんだけど、何で連絡くれなかったの?」


「……」


 さくらは大きく深呼吸をした。


「最初はね、本当に桜輝に対して凄く怒ってた。 あの時は桜輝と口もききたくなかったし、少しだけ桜輝の事が嫌いになってた。 だけど四日目くらいかな、私の中で怒りもおさまってきたの。 だけど原因は桜輝にあるし、私から歩み寄るのは何か違うと思ったの。 それで意地になってたらいつしかメッセージとか電話がし辛くなってきて……」


 さくらの声は徐々に小さくなっていき、やがて泣き出してしまった。


「さくらごめんな。 そこまでさくらが思い悩んでいたなんて思ってなかった」


「……ううん。 私が悪いの……。 私が一人でムキになってたのがいけないの……」


「そんな事ないって。 実際に原因を作ったのは俺だろ?」


「そうだけど、桜輝はその後も私にちゃんと歩み寄ってくれた。 それなのに私はそれを拒絶して……」


 さくらはそう言うと、乱れた呼吸を整え目元を拭った。


「桜輝……私たちってもう別れたほうが良いのかな……?」


 さくらからの突然の言葉に、俺は一瞬頭が真っ白になったが、何とか持ち堪えた。


「何言ってんだよ。 そんな事ないだろ」


「だって私たちこのまま付き合ってたら、また同じ事繰り返すよ。 そのうち私、もしかしたら桜輝の事嫌いになるかもしれない……」


「でも今はまだ、俺の事は嫌いじゃないんだろ?」


 さくらは黙って頷く。


「じゃあ別れるとしたら、それからでも良いんじゃない? それに喧嘩はどんなに長く付き合ってたって起こると思うよ。 さくらだって親と喧嘩する事くらいあるだろ?」


「うん」


「親子っていう信頼関係の中でだって喧嘩は起こるんだし、それに比べたら俺たちな

んて出会ってまだ二年も経ってないんだよ。 喧嘩が起きて当たり前だと思うけどな、俺は」


「そうだけど……」


「それに俺、今はまださくらと別れたくないし……」


「……」


 さくらはコーヒーカップを口に運ぶと、大きく息を吐いた。


「そっか……。 なら私ももう少し頑張ってみようかな」


「頑張るものでもないと思うけどな……。 まあいいや。 これからもよろしくな」


「うん!」


 その後、俺たちはコーヒーを飲み終え、部屋へと戻る。


 そして部屋のソファーに座ったところで、俺はとある事に気付いた。


「そういえば、俺さくらの誕生日知らんかったわ」


「言われてみればそうだね! 私も桜輝の誕生日知らない!」


 顔を見合わせた俺たちは何故かおかしく感じ、お互いに笑い合った。


「私は四月一日だよ! 桜輝は?」


「さくら、それまじ? 俺も四月一日生まれ」


「えー! そうだったの? まさかの一緒! もしかしたら私たちツインレイなのかもしれないね!」


「ツインレイ……? ああ、随分前にさくらが教えてくれたやつね。 よく分からんけどそうなのかな」


「もうテキトー!」


 俺はさくらに肩をポコポコと叩かれた。


 俺たちは何とか仲直りができた。今回の旅も楽しくなりそうだ。

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