第三七話

 さくらと喧嘩をしてから三日が経過した。これまでなら喧嘩をしても三日で仲直りできていたが、今回はまだ仲直りできていない。


 この三日間、俺は何度か電話をしてみたが出ず、メッセージも既読が付くだけで、返信は一切こなかった。


 これまでの喧嘩と比較しても明らかにおかしいのは明白だった。


 この日、俺はさくらの家へと向かった。さくらの部屋のインターホンを鳴らしてみるが、返事はない。


 電話を掛けてみると、微かにさくらの部屋から着信音が聞こえる。


 さくらがここにいるのは間違い無いが、案の定電話には出ない。


 そんなさくらに、流石の俺も腹が立ってきた。


 俺は怒りに任せてメッセージアプリを開き、


『マジで電話くらい出ろよ。 あと四日で黒馬くろまだぞ。 今家の前にいるから話くらいさせろって』


と送信した。


 直後、さくらの部屋から足音が聞こえ、その足音は少しずつこちらに近付いてくる。


 そして鍵の音が聞こえると、ゆっくりとドアが開いた。


「桜輝何で来たの? マジでキモイんだけど」


「連絡が一切つかなかったんだから仕方ないだろ。 心配だったから来たんだよ」


「は? キッショ。 余計なお世話なんだけど」


「……それもそうだな」


 さくらの言葉の一つ一つに棘があり、俺はさらに腹が立ってきた。しかしここで俺がキレたら、それこそ収拾がつかなくなってしまう。 俺は怒りを必死で抑えた。


「それだけ? それだけならさっさと帰って」


「じゃあ最後に一つだけ聞くわ」


「何?」


黒馬くろま村には行くの、行かないの、どっち?」


 俺の問いにさくらはしばらく黙り込む。


「……ない」


「ごめん聞き取れんかった」


「……私行かない。 桜輝一人で行ってこれば?」


「……本当に良いんだな?」


「……」


 さくらは何も答えない。


「あっそ。 じゃあ俺は一人で行ってくるわ」


 俺はそう言うと、さくらの家を後にした。


 今日は実に気分が悪い。俺は近くのコンビニで酒とおつまみ、そして緑と白の箱をしたタバコを買った。


 そして車を走らせ、家に到着すると俺は歩いて春にさくらと訪れたあの公園に向かった。


 冬という事もあり、春には満開だった桜の木も葉が枯れ、素っ裸になっている。


 俺はプルタブを開け、酒を喉に流し込んだ。そしてスモークチーズなどの珍味を口に運び、さらにそれを酒で流し込む。


 俺は一人、寒い空の下花が咲いていない桜の木を眺めながら花見をする。


 そして酔いが回ってきたからか、こんな事をしている自分自身がバカバカしくなり、笑いが込み上げてきた。


「なーにやってんだろ、俺。 花も咲いていない桜の木を見ながら花見なんて……」


 そして緑と白の箱を開け、一本のタバコを取り出して咥える。火を付けて思い切り吸い込んだ。


「ゲホッ! 何だこれ、、クソ不味いじゃねえか!」


 人生初めてのタバコはとても不味く、かなり咳き込んだ。


 それでも我慢をしながら吸い続ける。俺がまだ幼かった頃、周囲の大人たちは皆タバコを吸っていた。当時の俺には、その姿がとてもかっこよく見えていたと記憶している。


 しかし歳を重ねるにつれ、タバコは臭く金食い虫であると言う認識に変わり、俺は絶対に吸わないと固く決心していた。


 だが結局は今こうして俺はタバコを吸っているのだから笑ってしまう。


 それに何度か吸ってみると、臭いや味にも慣れてきた。このタバコ、意外にも悪くない。


 そして一本のタバコを吸い終えた俺は、喉のイガイガを治すために酒を飲む。


 するとさっき以上に酔いが急激に回り始め、身体全体がフワフワとしてきた。


 どうやら俺は酒に弱いらしい。最初の一本を飲み干し、まだビニール袋には数本の酒が残っていたが飲むのをやめ、家に帰る事にした。


 あの日から四日が経ち、クリスマス・イブになった。今日は冬でも滅多に雪が降らない江和こうわの町にも夜中から雪が降っている。


 俺は早朝から準備をし、六時頃には家を出発した。


 さくらとはあの日以降も連絡をとっていない。今はどれだけ連絡をしても、結局無駄だろう。


 さくらは今日の黒馬くろま村への旅には来ないと言っていた。このまま一人で黒馬くろま村に行こうとも思ったが、今の俺はもう腹を立ててはいない。それどころか、そろそろさくらと仲直りがしたいとも思っていた。


 俺はダメ元でさくらの住むアパートへと向かった。


 さくらのアパートに到着すると、俺はさくらに電話を掛ける。


「もしもし?」


 さくらは電話に出た。


「さくら、朝早くにごめんな。 本当に今日行かないつもり?」


「……」


 さくらからの返答は無い。


「実はさ、今さくらのアパートに車停めてる。 少し話でもしない?」


「……分かった。 上がってきて」


 さくらはそう答えると電話を切った。


 俺は車から降り、さくらの部屋の前まで行くと、ドアをノックした。


 ドアが少しだけ開く。


「入って」


 俺はさくらの部屋に上がった。


 さくらの部屋は一週間前に来た時よりも片付いている。


「なんか前来た時よりも部屋片付いてるな」


「……」


 さくらは黙ったまま、俺に水の入ったグラスを差し出す。


「あ、ありがとう」


 俺がそう言うと、さくらは俺の真向かいに座る。そこで俺は驚いた。


 なんとこんなに早い時間だと言うのにも関わらず、さくらはメイクをしている。


「さくら、今日どっか出掛けるの?」


「出掛けないけど」


「じゃあ何でこんな早くからメイクなんかしてるの?」


「……」


 さくらは大きく深呼吸をすると、ゆっくりと俺の目を見て話し始めた。


「何となく、桜輝が来るんじゃ無いかと思ってさ」


「は?」


「ただの直感」


「どういう事?」


「……もう、桜輝って本当に鈍感だよね。 今日何だかんだありながらも桜輝がこう

して迎えに来てくれると思ったの。 だから今日こうして四時半に起きて準備してたの」


「じゃあ……」


「そう。 私も行って良い……?」


 さくらの問いに俺は頷いた。


 そうと決まれば話は早い。俺たちはさくらの家を出て、車に乗り込んだ。


「じゃあ行くぞ」


「うん」


 俺は車を発進させた。


「さくら寝てて良いよ」


「でもナビは?」


「ある程度覚えてるから大丈夫」


「分かった」


 さくらはそう言うと目を閉じた。


 俺は無心で車を走らせる。まだ早朝だからか、車の量が少ない。


 そして暫くすると岐阜に入った。車内の時計を確認すると八時前である。


 これくらいの時間になってくると交通量も増えてくる。そして渼浜みはまよりも降雪量は

増え、道路脇には雪が薄らと積もり始めている。


 初めての雪道走行に俺は少々興奮を覚えながらも、いつも以上に安全運転を心掛けた。


 そして尿意を催したところで、俺はパーキングエリアに車を停めた。


 俺がふとさくらに目をやると、さくらは目を開けていた。


「あれ? さくら寝てたんじゃないの?」


「少しだけね。 車の振動とかで目が覚めちゃった」


「そっか。 ごめんな、運転下手くそで」


「ううん。 そんなんじゃないから」


 俺たちはそんな会話をし、各々トイレへと向かった。


 トイレを済ませた俺たちは車に乗り込むと、再び車を発進させた。


 雪は激しさを増し、トンネルを抜ける度に道路脇の雪の量が増えていく。


「桜輝、運転気を付けてね。 外凄い雪だから」


「大丈夫、分かってるから」


 俺はいつも以上に制限速度を守り、ギアもセカンドに入れて走っている。


 エンジン音は少々うるさいが、周りの車も速度を落として走っているため、そこまで周囲には迷惑は掛けていない。


 さくらは助手席の窓から外の景色を眺めている。今目の前に広がっている景色は、夏とは全くの別世界である。


 数ヶ月前は緑に覆われていた山々も、白く雪化粧され、とても美しい。


 その後も俺はひたすら車を走らせ、気付けば車内の時計は正午を過ぎていた。


 ゆっくり車を走らせていたせいか、まだ高速道路に乗っている。それでも焦る事なく自分のペースで進んでいく。


 それから約三◯分後、ようやく高速道路を降り、一般道を一時間三◯分ほど走らせ、ようやく黒馬くろま村の『山津見やまつみ』に到着した。

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