第七章
第三六話
あれだけ暑かった夏はどこかへ行き、気が付けば毎日のように一桁台の気温になっている。
世の中は年の瀬、クリスマスムードに浮かれており俺を含む多くの人たちは皆、浮き足立っている。
大学も冬休みに入り、俺はさくらの家に入り浸っていた。
「本当に毎日寒いね〜。 ちょっと前まで暑くて仕方なかったのに、今度は寒くて仕方ないよ!」
「確かにな。 ここ数年の季節の流れは何か変だよな」
俺たち二人は相も変わらず、部屋でダラダラとした時の過ごし方をしていた。
「桜輝! そういえば来週クリスマスだね!」
「ああ……。 そういえばそうだったな」
「何その反応……。 さてはクリスマスって事忘れてたでしょ!」
さくらは手に持っているスマホを置くと、俺の横に座る。
「別に忘れてねーよ」
「ふーん。 でさ、昨年は私たち受験でクリスマスらしいことできなかったでしょ? だから今年はクリスマスらしい事しようよ!」
「クリスマスらしい事ねえ……」
俺は天井の一点を見つめ、クリスマスらしい事を頭の中から引っ張り出そうとするが、中々良い案が降りてこない。
しかし十数秒考えていると、とある案が降りてきた。
「そうだ! 雪のある場所に行こう!」
「え? 雪のある場所?」
「そう! クリスマスって言ったらやっぱり雪だろ?」
「何それ〜! 桜輝のクリスマスのイメージって、独特だね。 でもそれも良いかも! じゃあせっかくだし、また小雪の所に行こうよ!」
「いいね、それ! じゃあ俺、今から小雪ちゃんに電話してみるわ!」
俺はポケットからスマホを取り出し、小雪ちゃんに電話を掛けた。
しかし耳元ではコール音が鳴るばかりで、小雪ちゃんは電話に出ない。
そして結局繋がらず、俺はスマホを置いた。
「もしかして小雪出なかった?」
「うん……」
「そっか〜。 きっと忙しいんだよ! 今年は例年よりも雪が降り始めるのが早かったみたいで、スキー場もオープンしてるって言ってたし!」
「そうなんだ……。 そういえばさくらって、ウインタースポーツとかやった事ある?」
俺がさくらに問うと同時に、俺のスマホが鳴った。スマホのディスプレイには『小雪』と表示されている。
俺はスマホを耳に当てる。
「もしもーし」
「あっ桜輝君、ごめんね電話出れなくて! 何だった?」
「今さくらと話してたんだけど、来週の二四日にどこか雪のある場所に行こうってな
って、また小雪ちゃんの所でお世話になりたいんだけど、部屋って空いてる?」
「そういう事ね! じゃあ確認してくるからちょっと待ってて!」
俺の返事を待たず、小雪ちゃんに電話を切られた。
「どうだった?」
「確認するから待っててって言われた。 今とりあえず電話切れてる」
そして待つ事数分後、再び俺のスマホが鳴る。
「もしもーし」
「桜輝君お待たせ! その日ならお部屋空いてるから大丈夫だよ! ただその日なんだけど、私どうしても外せない用事があって、二人と一緒には行動できないけど、それでも良い?」
「そっか〜、それは残念だけど大丈夫だよ! じゃあその日で一泊予約しといて!」
「分かった! こっちの方かなり雪積もってるから、必ずスタッドレスタイヤで来てね!」
「オッケー! じゃあさくらにも伝えとくね。 ありがとう!」
こうして小雪ちゃんとの電話は終わった。
「部屋は空いてるけど、その日は小雪ちゃんがどうしても外せない用事があるから一緒には行動できないってさ」
「そっか〜、小雪とは会えないか……。 でも用事があるなら仕方ないね! 私たちで楽しもう!」
「だな」
「そういえばさっき、『ウインタースポーツがどう』とか言ってなかった?」
「そういや言ってたな。 十分くらい前の事なのにすっかり忘れてたわ」
そんな俺を見て、さくらは笑い始めた。
「もう桜輝、笑わせないでよ!」
「……俺そんなに面白い事言ったか?」
「言ったよ〜! 『十分くらい前の事なのにすっかり忘れてた』とか!」
やはりさくらの笑いのツボは独特だ。俺にはイマイチ分からない。
「それで? ウインタースポーツがどうしたの?」
「さくらってウインタースポーツってやった事あるの?」
「うーん、本格的にはやった事ないけど、高一、高二とよく小雪の家族には連れて行ってもらったよ!」
「へ〜、そうなんだ。 因みにスキー? それともボード?」
「小雪の家族がスキー大好きだから、私はスキーだったな」
「そうなんだ。 羨ましいな……」
俺は心の中の言葉が漏れてしまった。
「何? 今羨ましいって言った?」
「え? あ、うん……。 俺今まで一度もウインタースポーツはやった事無かったからさ……」
「う〜ん……。 じゃあさ、せっかくだし
「でも初心者同士で滑れるもんなの?」
「そりゃ初めてなんだから滑れないよ。 だから二人で一日スクールに入って、インストラクターさんに教えてもらおうよ!」
不安な俺だったが、さくらの話を聞いているうちに安心してきた。それにさくらも初めてという事なら、俺が一人辱しめを受ける事にはならなそうだ。
「そっか、さくらの話聞いてたら安心してきた。 じゃあせっかくだし、俺もやってみようかな」
「良かったー! やろやろ! あ、だけどこの事は小雪には内緒ね!」
「何で?」
「だって小雪スキー大好きだから、私がボードやるなんて言ったら絶対に怒るもん!」
「ふーん」
俺はスマホを操作するフリをし、繋がっていないスマホを耳に当てる。
「桜輝……誰に電話しようとしてるの?」
「それは言えないな……」
俺は無音のスマホで数秒間待つ。
「あ、もしもし小雪ちゃん? 何度もごめんね。 実はさ俺たち来週そっちに行った時、ボードやろうと思ってたんだよね!」
俺の言葉を聞いたさくらは、見るからに焦っている。
「ちょっと桜輝、何言ってんの!」
さくらは俺からスマホを奪おうとする。しかし俺も簡単には奪われまいと必死に抵抗する。
さくらとの格闘を続けながらも、俺は無音のスマホに向かって相槌や会話のフリをしていく。
そしてさくらは俺の脇腹をくすぐり、俺は耐え切れずスマホを落としてしまった。
さくらはそれを見逃さず、急いでスマホを拾い上げると耳に当てた。
「もしもし私だけど、桜輝の言ってたやつ、あれには事情があってね……。 あれ?」
さくらはスマホを耳から離すと、ディスプレイを見て固まった。
「繋がってない……」
そんなさくらを見て、俺は思わず笑ってしまった。
「まさか本当に引っ掛かるとは思わんかったよ!」
さくらはゆっくりと俺に視線を向ける。
「……ワル」
「え? ごめん、聞こえなかった」
俺がそう答えると、さくらは頬を膨らませながらこちらに近付いてきた。
そしてソファーに俺のスマホを放り投げると、さくらは勢い良く俺に飛び付いてきた。俺はそのままさくらに押し倒され、マウントポジションを取られた。
「もう! 桜輝のイジワル! 何であんな事するの!」
「何でって……。 ちょっとさくらを揶揄いたかっただけだって……」
「私を揶揄いたかっただけ? それにしては度が過ぎてる!」
「分かった、俺が悪かったよ。 ごめんな」
「心から謝る気が無いのに謝らないで!」
「……」
さくらは少しだけ冷静になったのか、マウントポジションを解いてソファーへと歩いた。そして俺のスマホを手に取ると、再びこちらに近付いてきた。
「はい。 桜輝、もう今日は帰って」
さくらはそう言うと、俺にスマホを差し出した。
「どうしたんだよさくら……。 急に帰れなんて……。 今日のさくら何かおかしいぞ」
「誰かさんのせいで今は一人になりたい気分なの。 だから早く帰って」
「……分かった」
俺はさくらからスマホを受け取ると、急いで支度を済ませる。
「じゃあ俺帰るな。 あと、さっきはごめんな。 ちょっとやり過ぎたよ」
「いいから早く帰って」
「……分かった」
俺はさくらの部屋を後にした。
喧嘩なら今回が初めてではない。これまでに何度かしてきた。
そしてその度に俺たちはきちんと仲直りをしてきた。だから多分、今回の喧嘩もいずれ仲直りできるだろう。
俺は一人、車を走らせた。
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