第三五話

 部屋に戻った俺たちはエアコンを付け、各々のベッドにダイブする。


「今日も暑かった〜! 楽しかったけど!」


「だな〜。 暑いのは良いとして、何で蝉ってあんなにうるさいんだろうな。 あいつらの鳴き声で二、三度気温上がってるって」


「ははは! 何それ、おもしろ〜!」


 さくらはそう言うと身体を起こし、俺のベッドに入ってきた。


「よいしょ!」


「おいさくら、暑いって!」


「良いじゃん〜! 私は暑くないもん!」


 さくらから日焼け止めの香りがする。俺はスイッチが入りそうになったが、理性を保ち必死にそれを抑える。


「桜輝何か顔赤くない? どうしたの?」


「えっ? た、多分日焼けだろ」


「ちゃんと日焼け止め塗ってる?」


「塗ってないけど……」


「ダメだよ〜ちゃんと日焼け止め塗らないと〜!」


 俺は何故か怒られる。


「でも日焼けしてたほうがかっこ良くね?」


「そう思ってるのは海派の人だけ! 私は山派だから日焼けで黒いのはチャラそうで苦手なの!」


「なんだか凄い偏見だな……」


「とにかく明日は私の日焼け止め貸してあげるから、今後はちゃんと日焼け止め買って、毎日塗る事!」


「はいはい、分かったよ……」


「あとお風呂で洗顔する前に、必ずクレンジングで日焼け止めを落とす事! そうじゃないと日焼け止めの成分が残って……」


 その後もさくらからのお節介な説教が続いたが、俺はそれをテキトーに聞き流した。


 さくらも気が済んだのか、そのまま横になりスマホを触り始めた。俺もゲーム機を起動させる。


 それからどれくらいの時間が経過しただろうか。部屋のドアがノックされた。


「さくらたち〜! 夕食できたよ! 下に降りてきてね!!」


 小雪ちゃんの声である。


「はーい! すぐに行くね!」


 さくらがドアに向かって答えると、小雪ちゃんの足音は遠くへと消えていった。


 俺たちはベッドから降り、部屋を出て食堂へと向かった。


 食堂には既に他の宿泊客が食事を始めている。俺たちはテーブルへと歩き、腰を下ろした。


 するとすぐにエプロンをつけた小雪ちゃんが盆に食事を載せて現れる。


「二人ともお待たせ〜!」


「私たちも今来たところだから気にしないで!」


 俺たちの目の前には次々と料理が置かれていく。


 そして全ての料理がテーブルに並び終わると、配膳を終わらせた小雪ちゃんは椅子に座った。


「じゃあ二人とも食べよっか!」


 小雪ちゃんの掛け声で、俺たちは手を合わせ食事を始めた。


 それから約一時間、俺たち三人は談笑しながら食事をとった。


 そして食事が終わると、小雪ちゃんは奥へと消えていく。俺とさくらは部屋へと戻り、それぞれ浴場へと向かった。


 昨日と同じく、先に風呂から上がったのは俺だった。俺は一人部屋へと戻り、ゲーム機を起動させる。


 そしてゲームをしていると、部屋のドアがノックされた。


「はーい、すぐ開ける」


 俺はドアへと行き、鍵を開けた。


「あっ桜輝君! さくらは?」


 そこに立っていたのはさくらではなく小雪ちゃんだった。


「なんだ小雪ちゃんか……。 さくらならまだお風呂だと思うよ」


「そっか〜、じゃあ私もお風呂行ってこようかな……。 じゃあ桜輝君、悪いんだけどこれ冷蔵庫に入れておいて!」


 小雪ちゃんはそう言うと、ビニール袋を俺に差し出した。


 俺はそれを受け取り、中を確認する。


「小雪ちゃん……これって……」


「そう、お酒! あとで三人で飲も! じゃあ私お風呂行ってくるね!」


 小雪ちゃんはそう言うと走り去っていった。俺は仕方なくビニール袋に入ったお酒を冷蔵庫にしまう。


 しばらくすると、再びドアがノックされた。


「桜輝〜! 開けて〜!」


 さくらの声だ。 


 俺は急いでドアへと行き、鍵を開ける。


「あ〜、お風呂気持ち良かった〜!」


 さくらはそう言いながら冷蔵庫を開ける。


「あれ? 何この大量のお酒? 桜輝買ってきたの?」


「いや、さっき小雪ちゃんが来て、後で三人で飲もうって言って渡された」


「ふーん、小雪か〜。 なら飲んでも大丈夫だね!」


 さくらは度数の低い酎ハイを手に取ると、プルタブを開け、口に運んだ。


「さくら、急性アル中にはなるなよ」


「大丈夫だって〜!」


 さくらはそのまま一気に缶を傾ける。


「あ〜! やっぱりお風呂上がりのお酒は最高だね!」


「だからそういう一気飲みはやめろって!」


「今飲んだやつ三パーセントだよ! だからこれくらいなら一気飲みしても大丈夫〜!」


 さくらは顔を赤くしながらそう言う。


「本当かよ。 さくら顔赤いぞ」


「そりゃだってお風呂から上がってきたばかりだもん!」

さくらは空になった缶をテーブルに置くと、ベッドに腰を下ろした。


「あー、何だかあっという間だったなー! この二日間! 何で楽しい時間はこんなにも早く終わっちゃうんだろ……」


「そういうもんだから仕方ないよ」


 俺もベッドに腰を下ろす。


「ねえ桜輝は楽しかった? 今回の旅行」


「楽しかったけど……何で?」


「だってあんまりはしゃいだりしてなかったからさ……。 楽しくなかったら運転までしてもらって申し訳なくて」


 俺は立ち上がり、さくらの横に座り直した。


「初めから楽しくなさそうな場所なには行かないよ。 それにさくらとならどこに行ったとしても楽しいし」


「いきなりどうしたの? 気持ち悪いよ」


「こらっ、そういう事言うな!」


 俺はさくらの脇腹をくすぐる。


「ちょっと桜輝! くすぐったい!」


「いつもは欲しがるくせに」


「くすぐられるのは本当に苦手なの!」


 俺たちはその後、お互いにくすぐり合った。


 さくらは俺がくすぐる度に身体をビクビクさせ、その顔がどんどんと赤らんでくる。


「二人とも何やってんの?」


 聞き覚えのある声に、俺たちはピタッと動きを止めた。そして声のするほうを見ると、そこには小雪ちゃんが立っていた。


「全く二人とも……。 もうすぐで押っ始まりそうだったよ。 てか始まる前に来て良かった」


 小雪ちゃんは『呆れた』と言わんばかりの表情をしている。


「小雪……いつの間に……?」


「ノックしても返事が無いし、さくらの喘ぎ声がするからもしかして思ってドアノブ捻ったら鍵が閉まってないし……。 あんたたち不用心すぎ」


「喘ぎ声なんか出してないし!」


 さくらは恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら言う。


「さっ二人とも、イチャイチャしてないで飲むよ!」


 小雪ちゃんは冷蔵庫から三本のお酒を取り出すと、俺とさくらにそれぞれ渡した。


「じゃあ二人とも、カンパーイ!」


 小雪ちゃんの掛け声で、俺たちは飲み始めた。


 そしてそれからどれくらいの時間が経過しただろうか。


 俺は重い瞼を開けた。近くにスマホが無く、今の時間が分からない。


 しかしわざわざその為に起き上がるのも面倒臭い。俺は横になったまま、ボーッと目の前にある枕を眺めていた。


 やがて寝ボケから醒めてくると、部屋の中から話し声が聞こえてきた。


「私の話はいいから、さくらと桜輝君の話聞かせてよ!」


「え〜、桜輝か〜。 桜輝って普段から凄く冷静で頼り甲斐はあるんだけどね……」


 どうやら俺の話をしているらしい。


「頼り甲斐があるなら良いじゃん!」


「そうなんだけどさ……。 中々私に愛情表現とかしてくれないんだよね……」


「例えば?」


「私が甘えたりすると、凄く面倒臭そうな顔してくるし、どこかに遊びに行く時とかも私が全部決めてるし……」


「男の子ならそんなもんだって!」


「そうかもしれないけど、やっぱり私からじゃなくて桜輝からも誘ってほしいの!」


 さくらの声は少し震えている。


「ちょっとさくら、何で泣いてるの! 飲み過ぎだって!」


「私もっと桜輝に愛されたいよ〜!」


 さくらは本格的に泣き始めてしまった。そんなさくらとは反対に、小雪ちゃんは爆笑している。


「こら、そんなに大きな声出したら桜輝君起きちゃうよ!」


「起きればいいよ、桜輝なんて! さっさと起きて私に『好き』って言いなさいよ!」


「はいはい、分かったから! さくらとりあえずトイレ行こうか!」


 小雪ちゃんがそう言うと、二人の立ち上がる音が聞こえ、そして部屋のドアが閉まった。


 俺はゆっくりと身体を起こすとスマホを手に取り、時間を確認する。スマホには零時二六分と表示されている。


 俺はさっきの話について一人考える。


 確かに俺は、これまでさくらにこれといった愛情表現はしてこなかった。それと同時に、さくらからその事について指摘された事も無かった。


 どこかで聞いた話によると、人は酔うと本心が出やすいらしい。


 だからさっきのさくらの言葉も、きっと本心に違いない。


 では俺がこれからしなければならない事は何か。答えは一つである。


 外からさくらと小雪ちゃんの声が聞こえてきた。


 俺は再びさっきと同じように横になり、目を閉じて狸寝入りをした。

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