第三四話

 朝食を終えた俺たちは一度部屋へと戻り、身支度をする。


 俺は顔と歯を磨き、服を着替え、仕上げに髪の毛を整えるのに三◯分も掛からなかった。


 一方のさくらは洗面や着替え以外にも、メイクや髪の毛を整えるのにかなりの時間を掛けていた。


 だがこれはいつもの事である。俺はさくらのペースで準備の邪魔にならないよう、ゲーム機を持ってロフトに上がってゲームをしていた。


 さくらの身支度が済んだのは、朝食を終えてからおおよそ一時間一五分が経過した頃だった。


 俺たちは部屋に鍵をかけ、昨日と同じようにラウンジへと行き、カウンターに腰を下ろした。


 カウンターには霜鳥しもとりさんがいる。霜鳥しもとりさんは何も言わず、昨日と同じように紅茶とクッキーを出してくれ、俺たちはそれを楽しみながら小雪ちゃんを待った。


 それから約一五分後、身支度を整えた小雪ちゃんがラウンジへとやってきた。


「二人ともお待たせ〜! ごめんね、服何着ようか悩んでたら遅くなっちゃった!」


 小雪ちゃんはそう言うと、クッキーに手を伸ばし口に運んだ。


「じゃあ二人とも行くよ!」


 俺とさくらは外に出て、小雪ちゃんの車に乗り込んだ。


「小雪、今日はどこに行くの?」


「それは通いてからのお楽しみ!」


 小雪ちゃんはエンジンを掛け、車を発進させた。


 小雪ちゃんの車は昨日と同じ道を進んでいく。そしてそのまま黒馬くろま駅を通過し、さらに北上していく。


 移動する事約二◯分、短いトンネルを抜けると小雪ちゃんは駐車場に車を停めた。


「二人とも着いたよ!」


 俺たちは車から降り、小雪ちゃんに着いていく。


 今日の小雪ちゃんは妙にテンションが高い。俺はそれとなく聞いてみる。


「小雪ちゃん、今日何かやけにテンション高いけど、何かあった?」


「えっ、そう? 私そんなにテンション高い?」


「やっぱりそう思うよね、桜輝! 私もそれずっと思ってた! さては小雪、何か良い事でもあったんでしょ?」


「そんな事ないよ〜!」


「またまた〜! 私に嘘なんか通じないぞ〜!」


 そのままさくらと小雪ちゃんは二人でキャッキャとはしゃぎ始めてしまった。俺は一人蚊帳の外にな離、小雪ちゃんが何故あんなにもテンションが高いのかを聞き出す事ができなかった。


 駐車場から数分歩くと、大きな建物が見えてきた。そこには『いわ岳マウンテンリゾート』とある。


「二人とも、ちょっとここで待ってて!」


 小雪ちゃんはそう言い残すと、一人どこかへ走り去って行った。


「小雪ちゃんが何であんなにもテンションが高いか分かった?」


「それがさ〜、何聞いても『内緒』って言って教えてくれないんだよね〜。 小雪って、たまに不思議ちゃんになるから困っちゃう……」


「そっか〜。 俺からしたらさくらも十分不思議ちゃんだけどな」


「もうっ! うるっさい!」


 俺はさくらに肩を叩かれた。


 待つ事数分、小雪ちゃんが戻ってきた。


「さくらたちお待たせ〜! 早く行こっ!」


 小雪ちゃんの手には紙らしきものが握られている。


「小雪〜、その紙何?」


「これ? ゴンドラのチケット!」


「ゴンドラ? もしかして今からゴンドラ乗るの……?」


「そう! だからはい、これ」


 俺とさくらはチケットを手渡される。


「小雪ちゃん、チケットいくらだった?」


「往復で一人三◯◯◯円だったけど……」


 俺は財布から六◯◯◯円を取り出した。


「はい、これ。 俺とさくらの分」


「え〜、全然良いのに〜!」


「いやいや、車まで出してもらってるのにチケット代まで甘える訳にはいかないからさ。 だから受け取ってよ」


「……」


 小雪ちゃんは無言で頷くと、俺からお金を受け取った。


「ほら、さくら行くぞ」


 さくらを見ると、身体を震わせている。


「どうした?」


「私ここで一人で待ってる……」


「はあ? 何言ってるんだよ」


「だってゴンドラ怖いもん……」


 さくらの怯えようを見て、俺はある事を思い出した。


「あ〜! そういえばさくらゴンドラ苦手だったな!」


「えっ、そうなの?」


「そうそう! 春にさくらと静岡まで旅行に行ったんだけど、その時ゴンドラ乗ったらすごく怖がっちゃってさ!」


「そうなんだ〜! 面白い事聞いちゃったな〜」


 小雪ちゃんは何か悪巧みでもしているような意地の悪い表情を浮かべる。


「だから二人で楽しんできて……」


 俺と小雪ちゃんは目を合わせ、お互いに頷き合うと、二人でさくらの腕を掴んだ。


「えっ? 何なに?」


「俺はさくらの彼氏として、ここでさくらを一人にする訳にはいかないからな」


「私も宿泊のバイトをしている以上、お客様を置いて行くと責任問題になっちゃうからさ」


「嫌だ〜! 二人とも離して〜!」


 俺と小雪ちゃんは叫びながら嫌がるさくらを引き摺りながら、ゴンドラ乗り場へと

向かった。


 入場ゲートでチケットを見せた俺たちは、そのまま奥へと進み、ゴンドラに乗り込んだ。


「もう……二人とも大嫌い……」


 不貞腐れるさくらを無視し、俺と小雪ちゃんはゴンドラからの景色を楽しんだ。


「凄く良い景色だな。 さくらも見てみろよ」


「嫌だ。 見ない」


「も〜、そんな言い方したら桜輝君が可哀想でしょ」


「無理矢理ゴンドラに乗せられた私のほうが何倍も可哀想だもん!」


 さくらはそう言って両手で目元を覆った。


 ゴンドラに揺られる事十数分、俺たちを乗せたゴンドラは終点に到着した。


 ゴンドラから降りると、俺は肌寒さをおぼえる。


「うわっ! なんか寒くね?」


「本当だ〜! 夏なのに何でこんなに寒いの?」


「そりゃ山の上だからね! 小学か中学で習わなかった? 標高が高くなればなるほど気温は下がるんだよ!」


 小雪ちゃんはそう言いながらどんどんと進んでいく。


 俺とさくらは小雪ちゃんと逸れないよう、やや早足で着いて行く。


 そして徐々に辺りは木々に覆われ、薄暗くなっていく。街中では騒がしく鳴いていた蝉の声も、ここでは聞こえない。時折吹く風に、木々の囁きが聞こえてくる。


 そして木々を抜けると、そこには緑に覆われた山々があった。


 ゴンドラに乗る前には遥か遠くのように見えていた山々が目の前に広がっている。


「うわ〜、凄く綺麗……」


 さくらはそう呟くと、カバンからカメラを取り出した。


「さくら、それが前言ってたカメラ?」


「そうそう! 小雪と同じやつにした!」


「なんだ〜、なら私もカメラ持ってこれば良かったな〜」


「え? 小雪ちゃんもカメラ持ってるの?」


 俺が驚いていると、横からシャッターの音が聞こえた。


「桜輝、今の驚いてる顔めっちゃ良かったよ!」


「えっ、嘘! さくら見せて!」


 小雪ちゃんはさくらのカメラを覗き込む。


「本当だ〜! この写真めっちゃ良い感じじゃん! さくら上手になったね!」


「小雪が色々教えてくれたおかげだよ〜」


 さくらと小雪ちゃんはカメラ談議を始めた。


 俺は再び蚊帳の外になってしまう。仕方なく、俺は周囲の散策をする事にし、一人歩き出した。


 だが観光地とはいえ、山の上である。辺りには木しかなく珍しい物が無い。


 そして数分歩いていると、そこにはブランコがあった。


「へ〜、こんな所にブランコか……」


 ブランコには誰もいない。俺はブランコに乗り、漕いでみた。


 ブランコに乗るのは何年振りだろうか。俺の記憶の中では最後にブランコで遊んだのは小学五年生の春頃だった気がする。俺は時の流れの速さをひしひしと感じた。


 それにしても約八年振りのブランコは不思議な感覚である。あの時の思い出が一気に蘇ってくる。そして山の澄んだ空気の中へと突っ込んでいく感じが最高に気持ち良い。


 それから何分間ブランコを漕いでいただろうか。後方からのクスクスとした笑い声で我に返った俺は、ブランコから降り、後ろへと振り向いた。


 そこにはさくらと小雪ちゃんがいた。


「も〜桜輝、こんな所で何やってんの?」


 二人は俺に近付いてくる。


「急に桜輝がいなくなったと思ったら、こんな所でブランコなんか漕いでさ! しかも凄く楽しそうだし!」


 俺は頬が熱くなってくるのを感じる。二人にブランコで遊んでいる所を見られ、恥ずかしく、穴があったら入りたい。


「ほら桜輝君、次行くよ!」


「あ、うん……」


 小雪ちゃんに促され、俺は着いて行った。


 そして少し歩くと、黒く横に長い建物が見えてきた。小雪ちゃんは歩くのをやめず、どんどんと進んでいく。俺とさくらもそれに着いていった。


 そして建物の正面に到着すると、目の前には今いる場所と建物を結ぶ、細くて長い橋が一本架けられている。


 さくらはカメラで何枚もカメラを収めていく。


 そしてさくらの撮影が終わると、小雪ちゃんは橋に足を踏み入れていく。


 小雪ちゃんを追うように俺とさくらが着いていくと、建物を抜けてテラスに出た。そのテラスを見て、俺は驚いた。


 しかし俺が驚いたのはそのロケーションである。


 テラスの向こう側には、ブランコがあった場所と同じように緑の山々が広がっている。


「すげえ……」


「どう、桜輝君。 凄いでしょ?」


 横にいる小雪ちゃんを見ると、俺を見て微笑んでいる。


「私も初めてここに来たは、多分桜輝君と同じ反応してたと思う」


「小雪ちゃんって、ここに初めて来たのはいつ頃なの?」


「確か高校入学してすぐだったかな……」


「そうなんだ。 家族と来たの?」


「ううん、違うよ」


「分かった、じゃあ男だ!」


「ふふっ、それは内緒!」


 小雪ちゃんは唇に人差し指を当て、そう言った。


「あれ、そういえばさくらは?」


 小雪ちゃんの言葉に、俺は反射的にテラスを見回す。


「いた! あそこだ!」


 俺は言葉よりも先に身体が動き出す。


 さくらは一人、テラスの一部だけ突出した場所で写真を撮っていた。


「おいさくら、一人で勝手な行動するなよ」


「一人でブランコ漕いで遊んでた桜輝には言われたくないね〜」


 さくらの言い方に少々腹が立ったが、正論故に俺は怒りをグッと堪える。


「も〜、さくらったらこんな所にいたの?」


「だって小雪たちが楽しそうに喋ってるんだもん!」


「はいはい、分かったから。 じゃあせっかくだし二人とも写真撮ってあげるよ! さくらカメラ貸して!」


 さくらは首に掛けていたカメラを小雪ちゃんに渡す。


「じゃあ桜輝君、もっと左に寄って!」


 小雪ちゃんに言われたように左に寄ると、さくらに腕をガシッと掴まれた。


「さくら良いね! ラブラブな感じが伝わってくるよ! じゃあ撮るね、はいチーズ!」


 小雪ちゃんの掛け声とともに、シャッター音が鳴った。


「小雪〜! どんな感じに撮れた?」


 さくらはそう言うと、小雪ちゃんの元へ走っていく。


 そんなさくらを見て、俺は少しだけ嫌な予感がした。いつもなら何とも思わないような些細な違和感だったが何かが違う。


 しかし気のせいだと自分に思い込ませ、俺もさくらたちの元へと向かった。


 その後テラスで温かい飲み物とケーキを買い、三人で緑の山々を眺めながら談笑した。


 自然を満喫した俺たちはテラスを後にし、再びゴンドラに乗って下山する。


 さくらはゴンドラに乗っている間、ずっと目元を両手で覆いガタガタと震えていたが、俺と小雪ちゃんはそんなさくらを気にする事なく無言でゴンドラからの景色を楽しんだ。


 終点に着き、ゴンドラを降りた俺たちは駐車場に停めてある車まで歩く。そして車に乗り込むと、小雪ちゃんは車を走らせた。


 その後は長野オリンピックのジャンプ台や、黒馬五虎くろまごこスキー場の鐘を鳴らして遊んでいるうちに陽が傾いてきた。


「じゃあ二人とも、そろそろ戻ろっか!」


 小雪ちゃんの一言で、俺たちは『山津見やまつみ』へと戻った。


 俺とさくらは受付で鍵を受け取る。


「じゃあ二人とも、夕食は昨日と同じ一八時だからね!」


 小雪ちゃんから夕食の説明を受け、俺たちは部屋へと向かった。


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