第三二話

 二階のカフェは意外にも広く、客の数も少なかった。何よりも北西は大きなガラス張りとなっており、そこからは大きな黒馬くろまの山々が見えた。


 俺たちは注文を済ませ、それを受け取るとガラス前の席に座った。


「ここのカフェすごくお洒落だね! 小雪はいつもこの席に座るの?」


「ううん。 いつもじゃないよ。 今日はたまたまここが空いてたし、さくらたちにもここからの景色を見せてあげたくてさ」


 隣でさくらと小雪ちゃんが話す中、俺は一人山を眺めながらコーヒーを楽しむ。


「小雪ちゃん、黒馬くろま村って冬になるとどんな感じなの?」


「冬? 冬はかなり雪が降って、村全体が雪で覆われるの。 それに黒馬くろま村だけでもかなりのスキー場があるから、他の県からも人がすごく集まるかな」


「ここってそんなにスキー場あるんだ。 どれくらいあるの?」


「う〜ん、七カ所くらいかな……。 私も正確には分からないけど!」


 どうやら黒馬くろま村には七カ所近いスキー場があるらしい。それだけスキー場があればきっとシーズンになれば多くの人で溢れるのだろう。


 今は夏で緑色の山も、雪が降ればきっと白く雪化粧され今以上に美しくなるのだろう。


 カフェでまったりとした時間を過ごし終えた俺たちは店を出て、小雪ちゃんの車に乗り込んだ。


 小雪ちゃんの車の時計には、一六時◯三分と表示されている。何だかんだで数時間もあの店にいたようだ。


 小雪ちゃんの走らせる車は、行きと逆方向に進み、やがて『山津見やまつみ』に到着した。


「小雪ありがと〜!」


「どういたしまして。 夕食は一八時だから、時間になったらまた部屋まで呼びに行くね!」


「うん、よろしく!」


 さくらたちがそう言葉を交わすと、小雪ちゃんは再び車を走らせ、どこかへ行ってしまった。


 俺たちは『山津見やまつみ』の中へと入り、受付で預けていた鍵を霜鳥しもとりさんから受け取る。


「お風呂はもう準備できてるから、自由に入って良いからね」


「分かりました。 ありがとうございます」


 俺たちは部屋のへと向かい鍵を開けると、二人揃って各々のベッドへとダイブする。


「なんか小雪、たった数ヶ月で凄く大人っぽくなってたね!」


「だな。 さくらがお子ちゃまに見えたもん」


「も〜!」


 さくらは俺に枕を投げつける。


「おい、枕は投げるなよ。 修学旅行じゃないんだから」


「ははは! 修学旅行とか懐かしい! 桜輝の通ってた高校って、修学旅行どこ行ったの?」


「北海道だよ」


「え〜、良いな〜! 私なんて広島と徳島だよ〜!」


「全然良いじゃん!」


「まあ〜楽しかったけど、やっぱり北海道は羨ましいよ……」


 その後も俺たちはお互いの修学旅行について話が盛り上がった。


 突然、部屋のドアがノックされる。


「さくらたち〜、ご飯の用意できたよ〜!」


「はーい! 小雪ありがとう! すぐ行くね!」


 俺たちは部屋の鍵を閉め、食堂へと向かった。食堂に入り案内されたテーブルの椅子に座ると、小雪ちゃんは奥に消えていった。


「小雪バイト休みなのに、結局仕事してるなんて偉いよね〜」


「そういう言い方するなよ。 小雪ちゃんも俺たちをもてなそうとしてくれてるんだよ」


 その後も食堂には俺たち以外の宿泊客がぞろぞろと入ってきては腰を下ろす。


 霜鳥しもとりさんや小雪ちゃん、そのほかのスタッフは次々と配膳を済ませていく。


 小雪ちゃんの手際の良さは、四ヶ月目とは思えない程のものである。


「ちょっと桜輝〜、小雪の事見過ぎ〜!」


「そ、そんな事ねーわ!」


「本当かな〜? さっきから小雪の事ずっと目で追いかけてるよ〜」


「はは、バレたか」


 俺はさくらに肩を叩かれた。


「でも小雪ちゃんは背も高くてスタイルも良いし、おまけに顔も整ってるからな〜。 さくらと出会ってなかったら、俺は間違いなく小雪ちゃんに惚れてたわ」


「何それ! 普通彼女の目の前でそんな事言うかな〜」


 さくらは笑いながら再度俺の肩を叩く。


「そういえば小雪ちゃんって、高校だとどんなだったの? やっぱりモテてた?」


「う〜ん、モテてたのかな〜? でも結構いろんな男子に告られてたよ。 同級生や先輩、それに後輩からも!」


「それはモテてたって言うんだよ。 それでそのうちの誰かと付き合ったりはしたの?」


 俺の問いに、さくらは大きく首を振る。


「いや、全てフってた。 中には芸能人クラスのイケメンもいて、その人をフった時には一部の女子から反感を買って、くだらない嫌がらせも受けてたしね……」


「そうなんだ……。 モテるってのも色々大変なんだな……」


 さくらを見ると、何故か頬を膨らませ不服そうにこちらを見ている。


「どうした? 何か言いたそうだけど……」


「私だって小雪ほどじゃないけどモテてたもん!」


「はあ?」


「私だって一年に一回は告白されてたもん!」


「わ、分かった。 他の人たちの迷惑になるから、とりあえず落ち着けって」


 さくらを落ち着かせていると、小雪ちゃんが席にやってきた。


「二人とも何やってんの?」


 小雪ちゃんは俺たちを不審な目で見ている。


「いや〜、ちょっと恋バナしてたらさくらが突然騒ぎ出してさ……。 それで他のお客さんにも迷惑になるからって落ち着かせてた」


「あ〜、いつもの事ね。 桜輝君は優しいね、ちゃんと相手してあげるなんて。 私なんかいつもほったらかしてるよ」


 小雪ちゃんはそう言うと席に座った。


「それで? 恋バナしてたんでしょ? 私も交ぜてよ、どんな話してたの?」


「その前にいただきますしない?」


 俺がそう言うと、小雪ちゃんは口元に手を添えてクスッと笑った。


「そうだね。 じゃあさくらも手を合わせて」


「はーい」


 俺たち三人は手を合わせ、食事を始めた。


「小雪〜、さっき桜輝に小雪の高校時代の事話したら、モテモテだって言ってたよ! それに私と出会ってなかったら、間違いなく好きになってたって!」


「おい、バカ!」


 小雪ちゃんはクスクスと笑っている。


「本当に二人とも仲が良いね。 それで桜輝君、詳しく聞かせてくれる?」


「いや、何ていうか……。 小雪ちゃんって顔も綺麗だし、身長も高くてスタイルも良いから、正直さくらと出会っていなかったら、俺小雪ちゃんの事好きになってたなって……」


「本当? めちゃくちゃ褒めてくれるじゃん! ありがとう!」


 小雪ちゃんはそう言うと、味噌汁の器を手に取り、口元でゆっくり傾けると器を静かに置いた。


「でもね桜輝君、よく考えてみて。 私と桜輝君がこうして出会えたのも、さくらと

桜輝君が先に出会ったからなんだよ」


 小雪ちゃんのその表情は笑っているように見えるものの、目は笑っていない。


「それにさくらからこれまでの事は全部聞いてるけど、二人の出会い方って凄く奇跡的だと思うんだよね……」


「奇跡的……?」


「そう。 だって桜輝君が通ってた学校からあの映画館って、普通行かないでしょ? それに、あの時さくらが二人分のチケットを持っていなかったら、桜輝君に話し掛ける事も無かっただろうし……」


 確かに言われてみれば小雪ちゃんの言う通りかもしれない。


 仮にあの時、俺がすぐに映画を決めていたら、今こうしてさくらの横で座っていなかったかもしれない。


「だからね、あんまりさくらの前で他の女の子の事は褒めたらダメだよ。 それがいくら綺麗で身長が高くてスタイルが良いさくらの友達だったとしても!」


「……」


 小雪ちゃんの言葉で、俺たちの間には数秒間想い沈黙が流れる。


「……小雪、バカな事言ってないで早く食べよ。 冷めちゃうよ」


「ちょっとー! 今笑うところでしょ!」


 どうやら小雪ちゃんには笑いのセンスは皆無のようだ。それに比べて、さくらのツッコミの言葉選びと間は完璧で、俺は思わず笑ってしまった。


 その後も俺たちは恋バナをしながら食事を続けた。ほぼさくらと小雪ちゃんが二人で盛り上がっていたが、俺はその話を聞くだけで十分楽しかった。


 そして食事を終えたタイミングで、霜鳥しもとりさんがやってきた。


「小雪ちゃん、食後の一服はどうする?」


「そうですね……。 さくらたち、抹茶って飲める?」


「うん! 抹茶は大好きだよ!」


「オッケー! じゃあ抹茶でお願いします!」


「了解」


 そう言うと、霜鳥しもとりさんは奥へと消えていった。


 周りを見渡すと、食堂には俺たち以外の姿は無い。


 数分後、盆に茶碗とケーキを載せた霜鳥しもとりさんがやってきて、それを俺たちの目の前に置いた。


「それではごゆっくり」


 霜鳥しもとりさんはそう告げると、再び奥へと消えていった。


「うわ〜、凄く良い香り! 美味しそう!」


「このケーキ、オーナーの手作りなんだ」


 目の前のケーキはお店で売られている物と遜色ないほど丁寧に作られている。表面には抹茶だろうか、緑の粉がまぶしてあり、茶碗の抹茶とともに豊かな香りが俺たちを包み込む。


 俺はフォークを手に取り、ケーキを一口サイズにカットして口に運んだ。


 ほろ苦く、くど過ぎない甘さが口内に広がる。抹茶の粉に咽せそうになりながらもそれを必死に抑え、熱すぎない適度な温度の抹茶で流し込む。


「これ、本当に美味しいよ……。 さくらも写真なんか撮ってないで食べてみ」


「分かった」


 さくらはスマホを置き、フォークを手に取ると、俺と同じように一口サイズに切り、口へと運んだ。


「本当だ! これめっちゃ美味しい!」


「だろ? 抹茶も飲んでみ。 大山城下で飲んだやつとは比べ物にならんから!」


 さくらはフォークを置いて茶碗を手に取ると、それを顔に近付ける。


「うわ〜、香りからして全然違う……」


 そう言うと、そのまま口元へと持っていき、茶碗を傾けた。


 さくらの喉元が動くと同時に、目を大きく開けて何かを訴えかけている。


「本当だ……全然違う。 美味しい……」


「なんか二人ともありがとうね。 私が作ったわけじゃないのに嬉しくなってきた! 後でオーナーにも伝えとくね!」


 小雪ちゃんはそう言うと、口元で茶碗を傾けた。


 そして雑談を交わしながら抹茶とケーキを楽しんだ後、俺とさくらは食堂を後にした。

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