第三◯話

八月二五日━━


 さくらとの長野への遠征当日、俺は朝五時に起き、六時には車を走らせていた。


 さくらのアパートに向かい、さくらを乗せ長野県黒馬くろま村に向かった。


 まだ朝も早いというのにも関わらず、さくらのテンションは高い。ナビにスマホを繋ぎ、一人カラオケを始めている。


 それでもさくらは俺に適切な指示でナビゲーションをしてくれていた。


 岐阜に入り少し走ったところで小休憩を取る為、恵那峡のサービスエリアに車を停めた。


「さくら、朝ご飯食べた?」


「ううん。 食べてないよ」


「じゃあ俺、お腹空いたから朝ご飯食べようよ」


「分かった!」


 俺たちは車を降り、フードコートへと向かう。


「あんだけ走っても、まだ恵那峡だもんな。 もう疲れちゃったわ」


「運転大丈夫?」


「ここで休憩すれば回復するから大丈夫だよ」


「本当……? 無理しないでね」


 さくらの労いの言葉で、少しだけ体力が回復した気がした。


 朝食を済ませた俺たちは、再度車を走らせ更に北上する。だが走れども走れども同じような景色が続くだけである。


 ナビの到着までの残り時間や距離は確かに減っているが、進んでいる実感がない。


「なあ、さくら?」


「何?」


「小雪ちゃんって、何でわざわざ長野の大学に進学したの?」


「……それは流石に桜輝でも言えないかな」


 俺がチラッとさくらを見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべ、さくらはひたすら前方を見ていた。


「……そっか。 じゃあこれ以上は聞かないどくわ」


「桜輝そんなに小雪の事が気になるの?」


「そりゃ気になるよ。 こんな事言うと長野の人に失礼になるけど、ぶっちゃけ愛知のほうが栄えてるじゃん? 東京や大阪とかならまだしも、何で長野に進学したのかなって」


「……確かに。 普通は気になるよね、それは。 まあ……小雪にも色々と事情があるんだよ、きっと」


 さくらはそう答えると、アップテンポの曲に変え、再び一人で歌い始めた。


 それからどれくらい運転をしただろうか、俺たちの車は気付けば長野県に入っていた。


 俺は駒ヶ岳のサービスエリアに車を停め、ここで二度目の小休憩を取る事にした。


 お手洗いとコンビニでの買い物を済ませ、再度発進させる。


「桜輝、長野って暑いんだね……。 私てっきり涼しいものだと思ってた」


「そりゃ夏なんだから、日本中何処行っても暑いだろ」


「そうだね……」


 さくらは先程コンビニで買ったアイスを食べながらぼんやりと外の景色を眺めている。


「ねえ、一つ聞いても良い?」


 さくらは突然問う。


「何? どうした?」


「桜輝ってさ、いつから私の事が好きになったの?」


「あ〜、いつだろ……。 なんかいつの間にか好きになってた」


「何それ〜! 超テキトーじゃん!」


「仕方ないだろ。 じゃあさくらはどうなんだよ」


「私? 知りたい?」


「うん……。 知りたい」


「……教えな〜い!」


 俺はさくらの脇腹を軽くつねる。さくらは身体を捩らせながら、キャッキャとはしゃぎだす。


「も〜! 桜輝のイジワル!」


 俺は左肩を叩かれた。


「私ね、最近いつ桜輝の事好きになったのかな〜って考えてたの。 昨年のゴールデンウィークかなとか、一緒に勉強してる時かな〜とか考えてみたけど、違ってたみたい!」


「は? どういう事?」


「私ね、桜輝と初めて会ったあの日、あの時にはもう好きになってたんだと思う」


「何だそりゃ」


 俺は照れ臭くなり、テキトーに返す。


「私ね、女の子になら誰にでも話し掛けれるんだけど、実は男の子にはなかなか自分からは話し掛けれないの」


「そうなの? それは意外だわ」


「でしょ? よく言われる。 でも桜輝と出会ったあの日、普段だったら絶対に有り得ないんだけど、気付いたら桜輝に話し掛けてた」


 確かに言われてみればそうかもしれない。さくらは人見知りする事なく、割と誰にでも話す事ができるが、さくらから男に話し掛けるのは見た事がない。


「それで最初桜輝とか終始ムスッとしてるし、落ち着きが無いから『声描ける人間違えたかな』って思ってたけど、初対面なのに凄く落ち着くから、多分自分でも気付かないうちに好きになってたんだと思う!」


「俺、あの時そんなにムスッとしてた?」


「してたよー! 凄く怖い顔してたもん!」


「だからずっとスマホ触ってたのか!」


「そうだよ! 桜輝もずっとスマホと睨めっこしてるから、何か話し掛けるのが怖くてさ……」


 そんな話をしているうちに俺の運転する車は岡谷ジャンクションを長野方面に進む。


「あっ! 桜輝ごめん! 話に熱中しすぎてナビできてなかった! こっちで合ってるから安心して!」


「そっか。 なら良かった」


「それにしても凄く話盛り上がったね!」


「そうか? さくらが一人で盛り上がってただけじゃない?」


「もう! 桜輝のイジワル!」


 俺は再び左肩を叩かれた。


 その後もさくらとの会話は続き、松本市に入った。そして梓川サービスエリアで最後の休憩をし、安曇野の出口を出た。


 そして残すところ約一時間。俺は下道をひたすら走らせる。


 徐々に坂道も増えていき、エンジンが少しだけ苦しそうな音を鳴らす。


 さくらは喋り疲れたのだろうか、安曇野の出口を出て以降、ほとんど黙っている。


 しかししっかりとナビはしてくれるし、話し掛けたらちゃんと返してくれる。どうやら怒っている訳ではないようで安心した。


 そして数多くのトンネルを抜け、俺たちの乗る車は黒馬くろま村に入った。


「わ〜! 桜輝、黒馬くろま村だよ!」


「小雪ちゃんのペンションまであとどれくらい?」


「一五分!」


「よし、じゃあこのまま行くぞ!」


 俺たちは休む事なく、小雪ちゃんのペンションまで車を走らせた。


 そして民家がポツリポツリと見え始める。東側には田んぼが広がり、西側には山が聳え立つ。


 直進を続け、『黒馬五虎くろまごこ』の信号を左折して踏切を渡ると、そのまま坂道を登っていく。


 そして俺たちは小雪ちゃんのいるペンション『山津見やまつみ』に到着した。


 『山津見やまつみ』の一部はガラス張りとなっており、外からでも中の様子が少しだけ分かる。


 俺たちは階段を登り、『山津見やまつみ』の中へと入った。


 玄関のすぐ先には受付があるが、そこには誰もいない。俺は置かれている呼び鈴を鳴らす。


「はーい!」


 返事と共に出てきたのは、卒業式の時よりもさらに髪を伸ばした小雪ちゃんだった。


「小雪〜、久しぶり〜!」


「本当だね、さくら! あれ、さくら髪の毛切った?」


「少しだけね! 小雪もかなり伸びたね〜!」


「分かる? ようやく理想の長さになったの!」


「昨年の夏にかなり切ったもんね!」


 俺を置いてけぼりに、さくらと小雪ちゃんは数ヶ月振りの再会に喜んでいるのか、二人で盛り上がっている。


「桜輝君も久しぶり! 元気にしてた?」


「まあ、ぼちぼちかな。 小雪ちゃんも元気そうで良かったよ」


「うわ〜。 また桜輝、小雪をエロい目で見てる〜」


「見とらんわ!」


「本当かな〜? 桜輝今発情期でしょ?」


「おい、変な事言うな!」


 俺たちのやり取りを見て、小雪ちゃんはクスクスと笑っている。


「そういえば桜輝君、さくらに刺されなかった?」


「もう本当に怖いよ。 いつ寝首を掻かれるか安心して寝れやしない」


「ちょっと、桜輝人聞きの悪い事言わないで!」


 俺たちは約一◯分もの間、立ち話を続けていた。


「そういえばさくらたちお腹空いてない? もうお昼だけど」


 受付にある時計には一二時一四分と表示されている。


「もうペコペコだよ〜!」


「じゃあ今からお昼作るから、二人とも部屋に荷物置いてゆっくりしてて! はい、これ部屋の鍵ね。 ご飯できたら部屋まで呼びに行くから!」


 俺たちは鍵を渡された。鍵には『二◯七』と書かれている。恐らく部屋番号だろう。


 俺たちは階段を登り、二階にある『二◯七』の部屋へと向かった。


 鍵を開け、中に入ると二つのベッドとロフトへ上がる階段が目の前に入る。


 そしてあらかじめエアコンが作動しているのだろうか、既に部屋は涼しい。


 さくらは荷物を置くと、真っ先にベッドへとダイブをした。


「うわ〜! もう最高だよ〜!」


「おいさくら、はしゃぎ過ぎだぞ」


「良いじゃん〜! せっかくの旅行なんだしさ〜!」


 そんなさくらに呆れつつ、俺も荷物を置き、ベッドに横たわる。


「あ〜、疲れた〜。 もうこのまま寝れそう」


 俺がそう言うと、さくらは俺のベッドに入ってきた。


「運転お疲れ様、桜輝」


「さくらもナビありがとな」


「ううん。 私は助手席で座ってただけだもん。ここに来れたのは桜輝のおかげだよ」


「そっか。 なら良かった」


 俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。そして勢い良く身体を起こす。


「どうしたの?」


「トイレ行ってくる」


「じゃあ私も行こ」


 俺たちは部屋を出て、トイレへと向かった。


 用を足し終えた俺たちは部屋には戻らず、下に降りてラウンジへと向かう。


 ラウンジのカウンターに腰を下ろすと、俺たちはいつものように雑談に興じた。


「なんだかこのペンションって、ロッジみたいだよな」


「ロッジ? ロッジって何?」


「山小屋だよ」


「あ〜、言われてみれば確かにそうかも……」


「部屋とか特に山小屋みたいじゃなかった?」


「うん、入った瞬間に『落ち着く〜』って感じがした!」


 俺はラウンジを見回す。


「何だあれ?」


 俺は立ち上がり、その場所へと歩く。そこには二メートル以上はあるであろう、鉛筆型の木の板が二本立て掛けてある。


「大きいね、これ」


 さくらはいつの間にか俺の横にいた。


「スキーの板かな……?」


「いや、スキーの板にしては長すぎるだろ。 これ間違いなく二メートル以上はあるぞ」


「う〜ん、じゃあ一体何だろ……」


 俺たち二人が頭を傾げていると、背後に人の気配を感じた。


「これはスキーの板だよ」


 振り向くとそこにはエプロンを着けた小雪ちゃんが立っていた。


「昔はね、これくらい長い板で滑ってたんだってさ。 オーナーに教えてもらった」


「ほら〜、だから言ったじゃん」


「ははは。 ごめん、ごめん」


「二人ともお昼ご飯できたよ。 着いてきて」


 俺たちは小雪ちゃんに着いて行った。

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