第六章
第二九話
静岡旅行を終えた俺たちは日常生活に戻っていた。
日中は大学へ行き、夜はバイトに明け暮れる日々。そして俺たちは自動車学校にも通い、割と忙しい毎日を送っていた。
それでも毎週土曜日には必ず会って、何処かに出掛けたり、さくらの家でまったりと過ごすなど、さくらとの仲は良好だった。
そんな生活を送っているうちに、気付けば暦は八月になっていた。外はただでさえ暑いのに、蝉の鳴き声でその暑さは何倍にも感じる。
夏休み中の俺たちは、ほぼ毎日のように会っていた。
八月六日、この日も俺はさくらの家にいた。
「何か今日も暑くて何もやる気が起きないな」
「本当だよね。もっとカメラでいろんな物撮りたいのにこの暑さじゃね……」
俺たちは冷房の効いた部屋でアイスを食べながらダラダラとした時の過ごし方をしていた。
突然、さくらのスマホが鳴る。さくらはスマホを手に取ると、耳に当てた。
「もしもーし! 小雪久し振りだね! 元気にしてた?」
どうやら電話は小雪ちゃんかららしい。俺はさくらが電話をする横で、一人スマホでゲームをしていた。
それにしてもさくらたちの電話が長い。俺はゲームを中断し時間を確認すると、なんとさくらのスマホが鳴ってから五◯分以上が経過している。
一体何をそんなに話す事があるのだろうか。俺はさくらの話し声に聞き耳を立てる。
「本当? 行く行く! 私たちもうあとは卒検受けて免許センターで試験受けるだけだから、免許取ったら二人で小雪のところまで行くね!」
さくらはそう言うと小雪ちゃんとの電話を終えた。
「さくら、何の話してたの?」
「ごめん、ごめん! 長電話だったね! 今小雪と電話してたんだけど、小雪がね、
『夏休みのどこかで、こっちにおいでよ』って言うから、免許取るまで待っててって言っといた!」
「小雪ちゃんって、今長野にいるんだっけ?」
「そう、長野! それにね、小雪が小さい時からお世話になってるペンションに住まわせてもらってるらしいんだけど、家賃も水道光熱費もタダな上にバイト代まで出してもらえるんだって! 羨ましいよね〜」
「へ〜、それは凄いな」
「でしょ? だから免許取ったら二人で小雪の所まで行こうね!」
「別に良いけど、小雪ちゃんって長野の何処に住んでるの?」
「私も何処にあるのかは分からないけど、
俺はすぐに地図アプリを開き、『長野県
「は……? そこそこ遠くね?」
「そんなに遠いの?」
さくらは俺のスマホを覗き込む。
「本当だ! 四時間半近くかかるじゃん!」
「だけど実際には休憩したりご飯食べたりするだろ? となると五時間以上はかかるんじゃないかな」
「確かに……。 でも楽しそう!」
さくらはこの大変さが分かっていないのだろうか、何故か楽しそうにしている。
「じゃあそうと決まれば私たちも早く運転免許取らないとだね!」
「そうだな。 まずは来週の卒検に合格しないとだな」
「うん! そんな事よりもお腹空いた。 今日も冷やし中華で良い?」
「全然良いよ。 暑い日に料理はさすがにダルいだろ。 俺も手伝うよ」
「桜輝優しい〜! ありがと!」
俺たちは狭いキッチンへと向かった。
それから二週間が経過した。この二週間で俺たちは卒検を突破し、免許センターでの試験にも合格し、運転免許を取得していた。
今日はさくらの家で小雪ちゃんと電話を繋ぎ、三人で会議をする事になった。
「じゃあさ、さくらたちが来るのは二五日って事で良い? 因みに何泊する?」
「うん! 二五日で大丈夫だよ! 桜輝何泊する?」
「そうだな〜。 できる限り長く居たいけど、金銭的にも二泊が限界だな」
「じゃあ二泊で!」
「は〜い。 じゃあ八月二五日から二泊で予約しとくね。 私もこの三日間は休み取っとくから」
「ありがとう〜小雪!」
「私も楽しみにしてるね。 じゃあ二人とも気を付けて来てね」
小雪ちゃんの言葉を最後に、さくらは電話を切った。
「何だか凄い楽しみになってきたね、長野!」
「ああ……」
俺は長野への楽しみは勿論あったが、免許取得後初めての遠出が長野県という事に、ちょっとした恐怖心を抱いていた。
「どうしたの……桜輝?」
「いや……何でもない」
「絶対嘘! 言いたい事があるならちゃんと言って!」
さくらの言葉に、俺は深呼吸をして答えた。
「俺も長野に行くのは凄く楽しみだし、今既に遠足前日の小学生みたいな気分なんだけど、免許取って最初の遠出が長野だと思うと凄く不安でさ……」
「……な〜んだ、そんな事か」
さくらはそう言うと顎に手を添え、難しい顔をする。そして数秒後、さくらはさっきまでの表情を崩すと、明るく口を開けた。
「そうだ! 私、
さくらの言葉を聞いて、俺は開いた口が塞がらなかった。
「さくら……何かもっともらしい事言ってるけど、ただ単にドライブに行きたいだけじゃないの?」
「あれ? バレちゃった?」
「当たり前だ」
俺は久し振りにさくらにデコピンをかました。さくらはデコピンが余程嬉しかったのか、痛がりながらも喜びの涙を流している。
「でもさくらの言う事も一理あるな……。 分かった。 明日ドライブでも行こか」
「本当? やった〜!」
「じゃあ明日、車でここまで来るから」
「うん! よろしく〜!」
翌日、俺は親の車を借り、さくらのアパートまで車を走らせた。これが免許を取って初めての運転である。初めての運転はとても緊張し、速度も自然と遅くなる。狭い道で対向車とすれ違うだけで、絶望感すら感じる。
やっとの思いでさくらの住むアパートに到着し、俺は電話を掛けた。
「もしもし」
「桜輝おはよう!」
「おはよう。 今着いたよ」
「オッケー! すぐ行くね!」
さくらとの電話を終え、俺は車内でスマホを触りながら待っていると、助手席側の窓ガラスがノックされた。突然の事に俺は驚き、スマホが手から滑り落ちる。
窓ガラスに目をやると、そこには俺を指差して笑うさくらの姿があった。
さくらはドアを開けると、助手席に乗り込んだ。
「桜輝ビビり過ぎだよ〜!」
「そりゃいきなりノックされたら誰でもビビるわ!」
「そうだけどさ〜。 まっ、今日はよろしくね!」
「ああ、何とか頑張るわ……」
俺はエンジンを掛け、車を走らせた。道案内はさくらに任せ、俺は運転に集中する。
さくらは一人で喋りながらも適切なタイミングで指示を出してくれる。もしかしたらパリダカにナビゲーターとして出場できるくらいの腕前なのかもしれない。
そして車を走らせる事約一時間、
「じゃあ用事終わったらまた連絡するね! それまではこの辺でブラブラしてて!」
「あいよ」
さくらは車から降り、ドアを閉めると家の中に入っていった。俺は再度車を走らせ、近くのコンビニに車を停める。
「は〜、車の運転って神経使うし、めっちゃ疲れるな……」
俺はコンビニでアイスコーヒーを買い、車に戻る。そしてそれを飲みながらスマホゲームで時間を潰した。
それからどれくらいの時間が経過しただろうか。さくらからのメッセージが届いた。
『お待たせ〜! 今用事が終わったから迎えに来て!』
『りょーかい』
俺は返信し、車を走らせた。
さくらの家に到着し、俺は電話を掛ける。
「もしもし? 俺だけど」
「あ、桜輝着いた? すぐ行くね!」
電話はさくらによって一方的に切られた。
そして一分も経たずしてさくらは車に乗り込んだ。
「お待たせ! ドライブ何処行く?」
「そうだな〜、特に何も考えてないけど、とりあえず南下しようか」
「そうだね! じゃあ運転よろしく!」
俺は車を走らせた。
最初は緊張して怖かった運転だったが、次第に慣れ、気付けば恐怖心は無くなっていた。
さくらはスマホをナビに繋げ、音楽を流しながら俺に適切な指示をくれる。実に頼もしい彼女を持ったものだ。
俺の運転する車は
西を見ればそこには広大な伊勢湾が一望でき、さらにその奥には微かに鈴鹿の山々が見える。
そして
「そういえばさくらって海は行ったりしないの?」
「海か〜、海は苦手だな〜」
「そうなんだ。 てっきり海とか好きだと思ってた」
「何それ〜! だって海って日焼けするしベタベタするし、気持ち悪い生き物がいっ
ぱいいるじゃん。 だから私はどっちかって言うと山派かな」
「でも山だって虫とか蛇とか気持ち悪い生き物沢山いるじゃん」
「それはそうなんだけど、山って夏でも涼しいじゃん。 それに中学生の頃に関ヶ原の松尾山っていう所を家族と一緒に登ったんだけど、そこから見える関ヶ原の景色が忘れられなくてね……。 気付いたら山派になってた!」
さくらはそう答えるとスイッチが入ったのか、機関銃の如く話し始めた。
家族で登った松尾山は関ヶ原合戦時、小早川秀秋が陣を敷いた場所だの、徳川家康が最初に陣を敷いた桃配山の由来は壬申の乱にあるなどと、雑学を得意げに話していた。
俺でも関ヶ原合戦くらいは知っている。だから以前よりも少しは興味を持ってさくらの話を聞く事ができた。
そして車は
アパートに到着するとさくらは車から降りる。
「桜輝、今日はドライブありがとね! 楽しかった!」
「こちらこそありがとな。 おかげで運転もだいぶ慣れたで、今度の長野は大丈夫そうだわ!」
「本当? なら良かった! じゃあ私はこれからバイトだから、終わったらまた連絡するね!」
「オッケー。 じゃあバイト頑張って!」
「うん、ありがとう!」
俺はさくらに手を振り、車を走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます