第二八話

 俺たちはホテルに到着するとチェックインを済ませ、カードキーを受け取り、部屋へと向かった。


 カードキーで鍵を開け、中に入る。


「わ〜、凄い!」


 部屋は何でもない何処にでもあるような内装だが、さくらは大はしゃぎしている。


 俺たちは荷物を置き、各々ベッドに腰掛けた。


「あ〜、何だか今日は最高だったな〜! でももう夕方だよ〜!」


 さくらはそう言うとベッドに大の字になって横になる。


 そんなさくらを見ながら俺はリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。


 テレビには圏外という事もあり、俺たちの住む県では見る事ができないようなローカル番組がやっている。


 俺がしばらくその番組を観ていると、部屋の電話が鳴る。


 俺はテレビをつけたまま電話へと向かい、受話器を取った。


「はい、もしもし」


「こちらフロントでございます。 黒田様二名のお食事の準備ができましたのでお電話致しました。 食堂までおいで下さいませ」


「はい、分かりました。 ありがとうございます」


 俺は電話を切った。


 さくらにも食事の準備ができた事を伝えようと振り返ると、さくらはベッドでさっきの大の字のまま気持ち良さそうに寝息を立てている。


「さくら、さくら起きて」


 俺はさくらの身体を揺らす。


「う〜ん、桜輝どうしたの?」


「今フロントから電話があって、食事の準備ができたってさ。 だから行こ」


「う〜ん、分かった〜。 じゃああと五分だけ寝させて」


 さくらは寝ボケているのだろうか、フワフワとした言い方で答えた。


「分かった。 じゃあ五分な。 五分したら起きろよ」


「う〜ん」


 俺はさくらの二度寝に付き合う事にした。


 それから五分が経過し、再度さくらを起こす。


「さくら、五分経ったよ」


「う〜ん」


 さくらはダルそうに身体を起こし、大きく欠伸をするとベッドから降り、立ち上がる。


「桜輝、眠い」


「今寝ると夜寝れなくなるぞ」


「そうなったら桜輝にも付き合ってもらうし」


「嫌だわ」


 俺たちは部屋を出て、食堂へと向かった。


 食堂に着き、受付にカードキーを見せると中に通された。食堂には複数のテーブルが並び、その上には部屋番号だと思われる三桁の数字が書かれたプレートが置かれている。


 俺たちは部屋番号と同じテーブルを見つけ、腰を下ろした。


 食堂全体を見回すと、雰囲気から察するにどうやら夕食はバイキングのようである。


「さくらご飯選びに行く?」


「うん! 行こ!」


 俺たちは立ち上がり、バイキングへと向かった。各々好きな物を盆に乗せていく。ちらっとさくらの盆を見ると、そこには大量の食べ物が置かれていた。


 そしてテーブルに戻る。


「桜輝は何にしたの?」


「俺は麻婆豆腐にお米、あとは味噌汁かな」


「少な過ぎじゃない? それでお腹一杯になる? せっかくのバイキングなんだから、たくさん食べないと勿体無いじゃん!」


「足りなかったらおかわりしに行けば良いし、多分これで足りるよ。 さくらは何にしたの? 沢山お盆に乗ってるけど……」


「私はね、ハンバーグにナポリタン、ポトフにアメリカンドック、あとはピザを四切れとポテトサラダにマカロニサラダ!」


 俺はさくらの盆を見てドン引きした。


「さくら……それ食べ切れるの?」


「これくらいなら余裕だよ! 多分一回はおかわりすると思う!」


「そ、そっか……」


 そして俺たちは夕食を楽しんだ。


 さくらの食事速度は早く、宣言通りおかわりもした。一方の俺はというと、最初によそった量だけで十分満足できた。


 お腹も満たされた事で、俺たちは食堂を後にして部屋へと戻った。時刻は一九時一◯分過ぎ。三◯分まで休憩し、俺たちは浴場へと向かった。


「じゃあ多分俺のほうが風呂上がるの早いだろうから、先に部屋に戻ってるね」


「分かったー!」


 こうして俺たちはそれぞれの浴場へと入っていった。


 俺のバスタイムは非常にシンプルである。


 脱衣を済ませたら、まずはシャンプーをして洗い流す。そしてリンスを髪の毛に馴染ませ、その間に身体を洗い、その後馴染ませておいたリンスを洗い流す。そして洗顔をして、最後に全身をシャワーで流したら。湯船に浸かり全身を温める。


 大浴場にはサウナもあったが、俺は利用しない。何故好き好んで蒸し風呂に入らなければならないのか、俺には理解ができない。


 風呂から上がった俺は着替えを済ませ、部屋へと戻った。


 さくらが戻ってくるまでの間、俺はベッドで横になり、スマホで動画を観る事にした。


 そして動画を四、五本終えたところで、さくらからの着信が入る。


「もしもし」


「今お風呂から上がって部屋の前に居るから鍵開けて!」


「はいよ」


 俺は電話を切り、鍵を開けた。ドアが開き、そこには髪の毛を濡らしたさくらがビニール袋を片手に立っている。


「桜輝〜! お風呂も入ってスッキリした事だし、飲もうよ!」


「飲むって、何を?」


「も〜! 飲むって言ったらお酒に決まってるでしょ! さっき下の売店で買ってきたの!」


「は? 酒?」


 俺はさくらが持っているビニール袋を強引に奪い取り、中を確認した。


 その中にはビール、酎ハイ、おつまみの珍味などが大量に入っている。


「おい、これ酒じゃん」


「だからお酒だって言ってるでしょ〜」


 さくらは俺からビニール袋を取り戻すと、ビールを渡してきた。


「ほら、一緒に飲もうよ!」


「でも俺らまだ二◯歳前だからダメでしょ……」


「も〜、桜輝は変なところで真面目過ぎるんだって! 私たちもう大学生なんだし、せっかくの旅行なんだから今日くらいは飲もうよ」


 さくらは他のお酒を冷蔵庫にしまう。


「分かったよ」


 俺はビール缶のプルタブを開ける。


「ちょっと待って!」


 さくらは思いっきり冷蔵庫を閉めると、ビールのプルタブを開けた。


「どうしたの?」


「せっかくだから乾杯でもしようよ!」


「そういうことね」


「じゃあ桜輝、乾杯!」


 さくらの掛け声で、俺たちは缶をコツンと当て、ビールを口に運んだ。


 俺は以前にも周囲には内緒でお酒を飲んだ事は何度かあるが、ビールを飲むのは生まれて初めてである。生まれて初めて飲むビールは苦く、独特の匂いがして、とても美味しいとは思えなかった。


 俺はビールから口を離す。


「桜輝どうしたの? 酷い顔して」


「ビールってあんまり美味しくないなって思ってさ」


「もしかしてビール飲むの初めて?」


「うん……」


 さくらは悪い笑みを浮かべると、立ち上がり俺の横に座った。


「も〜、桜輝はお子ちゃまだな〜。 こんなに美味しい飲み物の良さが分からないなんて」


 さくらは再び缶に口を当て、傾けるとテーブルに置いた。缶にはもう何も入っていないのか、カランという音が鳴る。


 さくらは再度立ち上がり、冷蔵庫から酎ハイを二本取り出しテーブルに置いた。


「さ〜桜輝、今日は飲むよ〜!」


「さくら、もしかしてもう酔ってる?」


「酔ってないよ〜! 桜輝と一緒なのが嬉しいだけ!」


 そう言ってさくらは酎ハイのプルタブを開けた。俺は不味いビールを何とか飲み干し、酎ハイに手を伸ばす。すると突然俺の頬に金属の冷たさを感じた。


「冷たっ!」


 俺はさくらを見る。さくらは何がそんなに面白いのか、腹を抱えて笑っている。


「ははは! 桜輝おもしろ〜い!」


「やっぱりさくら酔っとるだろ?」


「え〜、分かんな〜い!」


「あんまり飲み過ぎるなよ」


「大丈夫〜!」


 俺は酎ハイのプルタブを開けた。


 その後俺たちは珍味を食べつつお酒を飲み、談笑した。


 俺は酎ハイを飲み干したところで酔いが回ってきたのか、顔が熱くなり、唇も麻痺してきた。


 さくらは仕上がりに磨きがかかり、いつも以上に口数が多くなる。


 そして盛り上がりはピークに達した。気付けば俺も、いつも以上に口数が増えている。


 俺たちは三本目のお酒を空けると、何故かお互いに黙り込んだ。


 どれくらいの間、沈黙の時間が流れただろうか、時計の針の音が部屋中に響いている。


 さくらは突然、俺の手を握った。


「さくら……どうしたの?」


「……」


 さくらは何も答えない。そして上目遣いで俺を見る。


「ねえ、桜輝って私の事好き?」


「どうしたんだよ急に」


「良いから答えて!」


 俺の心臓の鼓動が速力を上げる。それと同時にさくらの握る手も強くなっていく。


「好きだよ」


「足りない。 ちゃんと言って!」


「好きだよ」


「もっと!」


「好きだよ」


「もっと!」


 このやり取りを数回繰り返すと、さくらは俺に抱きついてきた。


「私も桜輝の事大好き」


 さくらは耳元で囁いた。


「ねえ桜輝」


「何?」


「桜輝って……その、した事ある?」


「何を?」


「だから……あれ」


「あれじゃ分からないよ」


 俺がそう言うと、さくらは恥ずかしそうに俺を見つめる。


「桜輝のイジワル……。 エッチの事だよ……」


「いや……無い」


「そっか……」


 さくらは俯いた。


「私はね……正直言うと、初体験は前の彼氏と済ませちゃった……」


「そうなんだ……」


 俺は何とも言えない悔しさに襲われる。


「私の初めては桜輝じゃなかったけど、私は桜輝の初めての人になりたい……」


 俺は大きく深呼吸をする。


「正直……今、俺めっちゃ悔しい……。 だけど俺は初めてはさくらが良いな」


 俺がそう答えると、さくらは泣き出した。


「良かった……。 この事、桜輝に話したら拒絶されちゃうと思うと、怖くて今まで言い出せなかった……」


 肩を震わせるさくらを、俺は力強く抱き締めた。


「過去の事はしょうがないじゃん。 それにそんな事でさくらを拒絶したりしないよ」


 俺たちはお互いに顔を近付けると、唇を重ね、その後はお互いに求め合った。


 俺はこの一夜で男になれた。

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