第二七話

 夕食の鍋を食べ終えた俺たちは洗い物を済ませ、食後のまったりとした時間を過ごしていた。


 そこに会話はない。


 しかし、そこには確かに心地良い空気が流れており、俺たちはその空間を楽しんでいた。


 俺が動画アプリで動画鑑賞をしていると、さくらが話しかけてきた。


「桜輝何観てるの? エロ動画?」


「そんなもんさくらの隣で観ねーよ」


「私の隣では見ないって……じゃあ私のいない所では観るんだ〜」


「そりゃ男だしね。 それくらい観るよ」


「うわ〜! 桜輝エッロ!」


 さくらはそう言うと、俺の背中をバシバシと叩く。


「それで? 本当はどんな動画観てたの?」


「旅行系の動画だよ」


「旅行系? 何それ、私も観たい!」


 さくらはそう言うと、スマホを置き、身体を寄せる。


「ね〜、これ何処?」


「これは静岡だよ。 久能山東照宮って所。 あの徳川家康ゆかりの神社らしい」


「えっ、徳川家康? 何それ、めっちゃ気になる!」


「それにこの神社のもっと上に、日本平夢テラスって所があって、天気が良いと富士山が見えるんだって」


「うわ〜、めっちゃ行きたいかも……」


 俺は再生されていたその動画を巻き戻し、さくらと最初から動画を観る事にした。


 再生中、さくらは終始『うわ〜』だの『何これ〜』だのと、目を輝かせながら興奮していた。


 動画が終わると、さくらは興奮が収まらないのか、身体を密着させる。


「ねえ桜輝、今度ここ行こ!」


「ああ、また今度な」


 俺がテキトーに答えると、さくらは不満そうな表情を浮かべる。


「そういえば今日のオリエンテーションで、二週間後に一泊二日の合宿があるって言ってたでしょ? 自由参加って言ってたし、私行く気ないからその日静岡まで行こうよ!」


「おいおい急だな。 でも確かに知らん人たちと泊まっても全く面白くないもんな……」


「でしょ? だったら私たち二人でどっか遊びに行ったほうが絶対に楽しいって!」


 さくらの上目遣いに、俺は考えるのをやめた。


「分かった。 じゃあその日、静岡行こうか」


「本当? やった〜! じゃあ宿とかは私に任せて! 私こういうの好きだから!」


「えっ? 泊まりなの?」


「違うの?」


 さくらは首を傾げながらこちらを見る。


「俺てっきり日帰りだと思ってたからさ」


「日帰りなんて時間に追われて楽しめないよ〜。 じゃあ良い感じの宿予約しとくから期待してて!」


「分かった。 助かるよ。 よろしくね」


 その後、俺たちは久能山東照宮の動画をひたすら見た。そして時間はあっという間に過ぎ、気付けば二一時を回っていた。


「やっべ! もうこんな時間だ! さくらごめん、今日はもう帰るわ!」


「え〜、もう帰っちゃうの?」


「そろそろ出ないと電車無くなっちゃうからさ。 今日はご飯ありがとな」


「分かった〜。 気を付けて帰ってね」


 さくらは悲しそうにしていたが、明日もまた会える。俺は荷物をまとめ、さくらの部屋を後にした。


 あれから時間は瞬く間に過ぎていった。


 俺たちは同じ学部という事もあり、時間割も同じように組んだ。


 お互いにバイトを始めた事で、学校が終わってからは中々一緒に居られる時間は作れなかったものの、学校では常に二人で過ごしていた。


 そして入学から二週間が経ち、静岡旅行の日になった。俺がさくらの家に行くと、そこからはさくらに言われるがまま着いて行った。電車、バを乗り継ぎ、気付けば目的地の久能山山頂に到着していた。


「桜輝! 着いた、着いた!」


「さくら分かったから落ち着けって! 他の人に迷惑だろ」


 さくらは旅行でテンションが上がっているのか、他人の目を気にする事なく一人で騒いでいる。


 そんなさくらを抑えながらも、俺はさくらとの旅行にテンションが上がっている。


「さくら、先に久能山東照宮に行こうか」


「うん! 分かった!」


 俺たちはロープウェイ乗り場へ行き、久能山東照宮へと向かった。


 ロープウェイからは山と海、双方の景色が楽しめるという非常に贅沢な眺めだった。さくらは最初こそその景色の写真を撮るなどして楽しんでいたが、ロープウェイのあまりの高さに怖がっていた。


「ここめっちゃ高いよ! 落ちたら死んじゃうよ!」


「大丈夫だって、落ちないから落ち着けって」


「やだ! 私目瞑ってるから、着いたら教えて」


 そう駄々をこねるさくらにやれやれと思いつつ、俺はしっかりとロープウェイからの絶景を楽しんだ。


 そしてロープウェイは東照宮の駅に到着した。ロープウェイから降りると、さくらは幼子のように駆け回り、まだ東照宮の中に入っていないのにも関わらず、何枚も写真を撮っている。


 俺は二人分の入場券を買い、さくらの元へと向かった。


「ほら迷子になるから勝手な事するな」


 さくらに入場券を渡した。


「買ってきてくれたんだ! ありがとう、いくらだった?」


「いいよお金は」


「でも……」


「今回の旅、さくらがほぼ一人で計画してくれただろ? だからこれくらいは俺が出すよ」


「そっか、ありがとう! じゃあ宿代もよろしくね!」


「なっ、宿代は別だわ!」


「え〜、ケチ〜!」


 そんなくだらない会話をしながら、入口で入場券を見せ、中へと入っていく。


 やはりあの徳川家康を祀る神社なだけあり、とても立派だ。


 明治になって破壊された五重塔の跡地を見て、俺は何とも言えない物悲しい気持ちになる。


 拝殿までの長い階段を、俺が息を切らしながら登っている隣で、さくらは涼しそうな顔をして登っている。


 そして階段を登り切ると、さくらは後ろを向いてそこからの景色を何枚か写真に収めていた。


「ここ凄いね! 見るもの全てが新鮮で楽しい!」


 さくらは嬉しそうに話している。


 その後も俺たちは順路に従い、拝殿に到着する。さくらは様々な角度から拝殿の写真を撮っていた。


「一緒に写真撮ろうよ!」


 さくらはそう言うとカメラをしまい、スマホを取り出した。


 スマホのディスプレイには拝殿をバックに、俺とさくらが写っている。


 俺も慣れたもので、自然な笑顔を作る事ができる。


 パシャリというシャッター音が聞こえ、俺たちは撮れた写真を確認した。


「わ〜! 今までで一番良い写真かも! 桜輝の笑顔も凄く自然だし!」


「それ前も言ってなかった?」


「そうだっけ? いつ?」


「忘れた」


「何それ!」


 そんな会話をしながらも、俺たちは拝殿でのお参りを済ませ、さらに奥にある徳川家康の墓所へと向かった。


 そこそこの長い階段を登ると、徳川家康の墓所に辿り着いた。徳川家康の墓所は砂利が敷き詰められており、その奥には立派な廟が佇んでいる。


 四方は木々に覆われ、時折吹く風でそれらが音を立て、まるで俺たちを歓迎しているかのようである。


「うわ〜」


 立派な廟の佇まいに驚いているのか、先程とは違い、さくらはとても落ち着いている。


 俺たちは石畳に沿って歩き、廟の前に立つ。間近で見る廟の大きさには驚いた。


 さすがはあの乱れた時代を平定し、平和な時代をもたらした方の墓所である。俺は

奮発して五◯◯円硬貨を賽銭箱に入れ合掌した。


 お参りを終えると、墓所を軽く散策し、久能山東照宮を後にした。


 そして再びロープウェイを使用し、次の目的地である日本平夢テラスを目指す。


 ロープウェイでのさくらは相変わらず、怖いからと目を閉じていた。途中、ガタガタと揺れた時に『ヤバい、ヤバい! 落ちる!』と子供のように大騒ぎしていたので、俺はかなり恥ずかしかった。


 ロープウェイを降り、トイレで用を済ませ、俺たちは日本平夢テラスへと歩いた。


 ここでもかなり急な階段があり、俺は息を切らしながら一段一段登っていた。


「わ〜! 凄い!」


 途中、隣のさくらが大きく声を上げる。その声につられ上を見ると、そこには今時の大きくお洒落な建物があった。


 さくらはそのまま走って階段を登っていったが、もちろん俺にそんな体力は無い。俺は自分が出せる最大速力で階段を登った。


 ようやく階段を登りきると、さくらは一人で写真を撮っていた。


「も〜! 桜輝遅いよ〜! 早く、早く!」


 俺を見つけたさくらは俺の手を掴み、走り出した。


 そしてさくらに手を引かれ、俺たちは日本平夢テラス一のスポットに到着した。


「すご〜い!」


 さくらは手すりに身体を預け、身を乗り出した。そこにははっきりと、あの日本一

の山、富士山が一望できる。


「こう見ると富士山って大きいな」


「本当だよね! 私、生まれて初めて生の富士山見た!」


 さくらはカメラで富士山を撮影する。一枚だけではなく、数十枚分のシャッター音が聞こえた。


 そして納得のいく一枚が撮れたのか、さくらは俺の手を握った。


「ほら、撮るよ!」


 俺たちは富士山をバックに写真を撮った。


 その後は広いテラスを、二人でゆっくりと散策し、お互いにバカな事をし、写真を撮り合った。


 そんな事をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていき、気付けば一五時四五分になっていた。


「もうこんな時間だ! 桜輝、そろそろ行こっ!」


 こうして俺たちは日本平夢テラスを後にし、バスに乗り込んだ。しばらくするとバスは発進し、次の目的地へと向かう。


「それにしても楽しかったね、久能山! 見るもの全て新鮮だったし、凄く良かった!」


「そうだね。 俺も久能山は初めてだったから凄く楽しかったよ」


 その後も俺たちはさくらの撮った写真を見ながらたくさん話し込み、そうこうしているうちにバスは停車した。


「桜輝着いたよ!」


「もう着いたの? てか次はどこ行くの?」


「今日泊まるホテル!」


 俺たちはバスから降り、ホテルへと向かった。

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