第二二話

「なるほどな。 全く同じ場所で、同じ桜を見て、同じ事を言っとったのか」


 守光は月に照らされ、不気味に咲く桜を見ながら言った。


「本当に不思議ですよね。 ああいう事があったんで、この公園は俺にとって特別な場所なんです」


「そうか……」


 守光と俺はしばらく黙り込み、二人で桜を眺めていた。


 数分後、その沈黙は守光によって壊された。


「また吸いたくなってきたわい。 すまぬがもう一本くれないか?」


「いいですよ」


 俺はタバコの箱とライターを渡した。守光はタバコを一本取り出し、火を付ける。


「話は逸れるが、お主はあのお祭りは好きか?」


「ええ、まあ……」


「そうか。 それはこの江和郷こうわのさとを治めていたわしとしても嬉しいな」


 守光はゆっくりと煙を吐き出す。


「お主、あの天神さんについて知りたいか?」


「まあ知りたくないといえば嘘になりますね」


「何じゃそれは。 素直じゃない男じゃの」


 守光のタバコから、灰がポトリと落ちる。俺もタバコに火を付けた。


「わしがこの江和郷こうわのさとの領主となった時、浜辺に小さな祠があったんじゃ。 その祠は領民から『浜天神』と呼ばれておってな、わしもどちらかといえば信心深いタチでな、今の場所に社殿を寄進したのじゃ」


「だからあそこは『浜天神宮』っていうんですか?」


「さすがじゃ。 その通りじゃ」


 守光は残りわずかとなったタバコをじっと見つめている。


「それ以降この郷の領民たちは氏神様として大切に崇め続け、今に至る」


「へ〜、守光さんって結構善行してるんですね。 なんか意外です」


 守光はタバコを地面に押し付けると、再び桜に目をやった。


「なに、善行と呼べるほどの事ではない。 神仏に敬いの心を持つのは、この日の本に生まれた者として当然の行いじゃ」


「……」


 守光がまた訳の分からない事を言い始めた。しかし何故だろう。この男とさくらは雰囲気が似ている。


「お主、あの夜山よやまを見せてあげたと言っていたな」


「はい。 もしかして守光さんが生きていた時から夜山よやまってあったんですか?」


「いや、わしの生前には夜山よやまはおろか、山車すらなかった」


「じゃあ何で存在を知ってるんですか?」


 俺の問いに『はあ』とため息をつきながら守光は答えた。


「先にも話したが、わしは小田原で討死して以来、何年、いや何百年もこの江和郷こうわのさとにおるんじゃぞ。 それくらい知っておるわ」


「じゃあ、あのお祭りはいつ頃から始まったんですか?」


「それがな、全く思い出せなんだ。 気付いた時には始まっておった」


 『全く使えない落武者め』と思ったが、口に出すのはやめておいた。


「しかし、あの夜山よやまは確かに綺麗じゃな。 提灯の中の蝋燭がゆらゆらと揺れている

のを見ると、成仏できずにいるのも悪くないと思ってしまう……」


「へえ、良かったですね」


 俺はもう返事をする事すら面倒になり、テキトーに相槌を打った。


「まあ、しかしお主も良かったな。 そのさくらとかいう女子おなごと想いが通じたのは。 わしの時代には『付き合う』という概念が無かったから、どういう感覚なのかは分からんが……」


「確かにあの日は最高に幸せでしたね。 さくらのような可愛い子と付き合えたので」


「ふん、色気付きおって」


 守光は脇差の柄で俺の脇腹を突いた。柄の装飾のゴツゴツとした感覚と、鉄の重さが俺の脇腹に強い衝撃を与える。幸い痛くはないものの、気分の良いものではない。


「守光さん、堅気の人間に刀なんて押し付けたらダメですよ。 ほら、ちゃんとしまってください」


「ははは! すまぬ、すまぬ。 お主の言う通りじゃ!」


 守光はそう大きく笑うと、素直に脇差をしまった。


「話は変わるが、お主は桜の花言葉を知っておるか?」


「いえ、知らないです」


 俺の返答に守光は気味の悪い笑みを浮かべた。


「『純潔』、『精神美』そして『優美な女性』じゃ」


「はあ、それがどうかしたんですか?」


 俺がそう聞くと、何故か急激に鳥肌が立ち、悪寒に襲われた。


「桜輝よ、その『さくら』とかいう女子を見せとくれ」


「……はい」


 俺はスマホを取り出し、写真フォルダからあのお祭りの日に撮ったさくらとのツーショットを見せた。


「ほう……」


 守光は気味の悪い笑みを続けながら写真に見入っている。


「なかなか整った顔じゃな。 目も透き通っておって美人じゃ」


「なんか他人から言われると照れますね」


「何じゃお主、照れておるのか。 気色悪いのう」


 守光はガハハと笑った。


「しかし、こんなにも名前と花言葉がぴったりの女子は初めてじゃ」


「どう言う事ですか?」


「さっきも言ったじゃろ、桜の花言葉。 今お主が見せてくれた『さくら』とやら、まさに『優美な女性』ではないか」


 確かに守光の言う通りである。さくらは俺には勿体無いくらい可愛くて美人だ。俺はこれまでに何百、いや、何千、何万とそう感じてきた。


「どうした、またそんな面をして。 具合でも悪いのか?」


「守光さんて、口悪いですね」


「口が悪いじゃと? お主にだけは言われたくないわ」


 守光はそう言うと、再び桜を見た。俺も守光と同じように桜を見る。


「さくら……」


 俺の目には桜の花と、付き合ったばかりの頃のさくらが見えていた。

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