第二一話

 その後、俺たちは駅まで歩いたがタクシーはなかった。俺はタクシー会社に連絡をし、その到着を待った。


「今日は本当に最高だったなー! お目当ての山車も見れたし、桜輝とも付き合える事になったたし! あ、そうだ! 小雪にも報告しなきゃ!」


「報告はしなくても良いんじゃ……」


「だめだよー! 小雪はもう長野に行っちゃって、たまにしか会えなくなっちゃうから、こういうのはちゃんと報告するの!」


 さくらはそう言うと、手に息を吹きかけ手を擦ると、スマホを取り出した。


「さくら、少し待ってて」


「うん」


 俺は近くの自販機へと向かい、ホットのミルクティーと、ブラックコーヒーを買った。


 そしてさくらの元へ戻り、ミルクティーを渡す。


「はい、これ」


「えっ? 良いの?」


「さっき手擦ってただろ? これで温めや」


「気が利くじゃん。 ありがと」


 さくらはそう言うと、俺からミルクティーを受け取った。


 さくらがミルクティーのプルタブを開けると、飲み口から白い湯気がもくもくと上に上がっては消えていく。


 俺も自分のコーヒーのプルタブを開け、口へ運ぶ。やはり寒い日の夜に飲むブラッ

クコーヒーは美味い。


「ねえ桜輝、ひとつ聞いても良い?」


「どうした?」


「本当に私なんかで良いの?」


「今更どうしたんだよ」


 俺は再度コーヒーを口に運ぶ。


「だって私、ドジだしおっちょこちょいだし、うるさいし……。 それに大学に入ったら私よりも可愛い子がいるかもしれないよ?」


 さくらはそう言うと、ミルクティーを両手で掴んだまま俯いた。その手には余程力が入っているのか、スチールの缶が少し凹んでいる。


「ドジでおっちょこちょいなのはともかく、大学に入ってからの事はお互い様じゃん。 それに俺はさくらだから付き合いたいって思ったんだよ」


 俺はポンとさくらの肩を叩いた。


「だからさ、これからもよろしくな」


 俯いていたさくらは顔を上げ、『うん』と頷いた。


 その後、俺たちはタクシーが到着するまでの間、温かい飲み物を飲みながら談笑した。


 待つ事十数分、頼んだタクシーが駅のロータリーに到着した。


 俺たちは立ち上がり、タクシーに向かうと、それに気付いた運転手はドアを開けた。


 そして俺はさくらをタクシーに乗せた。


「じゃあさくら気を付けて帰れよ」


「えっ、桜輝は一緒に乗らないの?」


 さくらは頭を傾ける。


「何で俺が乗るんだよ」


「だって桜輝想像してみてよ。 私の住んでるアパートって大学の近くなんだよ。 彼女が階段を登って部屋に入るまでに暴漢に襲われるかもしれないんだよ? そうなっても良いの?」


「ったく。 分かった、ついてくよ」


 俺もタクシーに乗り込んだ。運転手に行先を告げると、タクシーは走り出した。


「えへへ、桜輝ついてきてくれてありがとね」


「全くだ。 素直に『ついてきてください』って言えば良いものを」


「ごめん、ごめん! ちょっと意地悪してみたかっただけだから許して!」


「別に良いよ。 そんな事だろうと思ってたし」


 それから十数分後、俺たちを乗せたタクシーはさくらのアパートに到着した。


「さくら悪いんだけど、さすがにここから家帰るのはバカらしいから、今日は泊めてくれない?」


「全然良いよ! てか最初からそのつもりだったし!」


「そっか、ありがとな」


 俺が財布を取り出すと、さくらはそれを止めた。


「流石にタクシー代は私が払うよ。 ワガママも聞いてもらったし」


 さくらはそう言って運転手に支払いを済ませると、俺たちはタクシーを降り、さくらの部屋へと向かった。


「お邪魔しまーす」


 さくらの部屋に上がると、この前とは違い、完璧片付いており、良い香りもしている。


「お風呂にお湯張ってくるから、桜輝はテキトーにダラダラしてて」


 さくらはそう言うと、風呂場に向かった。


『テキトーにダラダラしてて』と言われても特にやる事がない。人の部屋を物色する

のは人としてダメだし、ましてや女の子の部屋だ。


 とりあえず俺はスマホで動画を観ながら時間を潰した。


 しばらくするとさくらが風呂場から戻ってきた。


「桜輝お待たせ〜。 何してんの?」


「動画観てる」


「え……もしかしてエロいやつ?」


 さくらは気持ち悪いものを見るような目で俺を見る。


「そんなもん観とらんわ。 てか何でそんなにドン引きしてんだよ」


「本当かな〜。 実は私の部屋に来たのも、エロい事期待してたからじゃないの?」


「さくらが来てって言ったんだろ」


「へへへ」


 俺たちがそんなくだらない話をしていると、さくらのスマホが鳴った。


「お風呂入ったけど桜輝先入る?」


「俺は後でいいや。 さくら先入りん」


「わかったー、ありがと。 あ、桜輝覗かないでね」


「覗かねーよ、バカ」


 さくらは俺をからかい、いつもの悪い笑みを浮かべると、立ち上がりそのまま風呂場へと向かった。


 さくらの入浴中、俺はソファーで横になり、先程と同じように動画を観ながら時間を潰す事にした。


 しかし、面白い動画がなかなか見つからない。


 そこで俺は日中、さくらがカメラを買ったと言っていたのを思い出した。


 俺はカメラの動画を観る事にした。


 カメラの動画を何本か観たが、イマイチ内容が理解できない。


 『センサーが〜』とか、『感度が〜』とか言われてもさっぱり分からない。


 俺は最後にしようと、ある動画を再生した。その動画で紹介されていたカメラは、他のカメラとはかなり異なっていた。


 クラシカルなデザインに、ガラス素通しのファインダー。そして何よりも一番の特徴が、背面液晶を隠し、その代わりに小窓のような正方形のディスプレイが搭載されている事である。


 俺はカメラや写真には無知で、興味も無かったが、何故かこのカメラに惹かれてしまった。


 俺はいてもたってもいられなくなり、そのカメラについて調べる事にした。


 そのカメラはほんの一週間前に発売されたばかりの新型らしく、その隠された背面液晶のデザインについて、カメラ界隈では賛否両論の意見が飛び交い、盛り上がりを見せているらしい。


 そして、そのカメラを作っているメーカーの一番の魅力となっているのは、カメラの中でフィルム調のフィルターをかける事ができるというものである。


 というのも、このメーカーは元々フィルムを数多く製造しており、その技術をデジカメに応用したらしい。


 俺はスマホを置き、目を閉じた。そしてカメラを手にした自分を想像した。


 ファインダー越しに見るさくらの姿、二人で見る景色。美しいに違いない。


 俺は寒さを覚え、目を開けた。明るかったはずの部屋が暗い。そしてベッドにはさくらが横になって寝ている。


 そしてカーテンに目をやると、その隙間から細い光が差し込んでいた。


 俺は身体を起こし、テーブルに置いてあるスマホを手に取ると、ディスプレイには七時一三分と表示されていた。


 どうやら俺は、昨晩あのまま寝てしまったようだ。とりあえず用を足したい。俺は立ち上がり、トイレに向かった。


 俺がトイレから戻ると、物音で目を覚ましたのか、さくらは身体を起こし、欠伸をしていた。


「桜輝おはよー」


「ごめんな、起こしちゃって」


「ううん、大丈夫。 気にしないで」


 さくらはそう言うと、トイレへと向かった。


 その後、俺はさくらが作ってくれた黄身の潰れた目玉焼きと食パンで軽い朝食をとった。


 そして俺は家に帰るため、身支度を整える。俺は『一人で駅まで行くから大丈夫』と伝えたが、さくらは『私も見送りに行く』と言って聞かなかった。


 さくらの長い身支度が完了する頃には、スマホのディスプレイには一○時一四分と表示されていた。


 俺たちは部屋を出て階段を降りる。俺はそのまま歩き出そうとしていたが、後方から聞き覚えのある金属音が聞こえてきた。


 俺が音のする後方を見ると、さくらが自転車を転がしながらこちらに近付いてきた。


「おいさくら、何で自転車がいるんだよ」


「そりゃあもう決まってるでしょ! 桜輝に駅まで乗せてもらうためだよ!」


「全く意味が分からん」


 俺はそう悪態をつきながらも、さくらから自転車のハンドルを奪った。


「ほら乗りな。 さくら姫さんよ」


 さくらの顔が急速に赤らんでいく。


「桜輝皇太子、頼むぞ!」


 俺たちは駅へと向かった。

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