第二◯話

 本殿で参拝を済ませた俺たちは、浜天神を出て駅へと向かっていた。


 今日一日がとても充実していた分、今はなんだか寂しいような気分になる。


「なんか今日は一日があっという間だったよな。 昼からは一瞬だったわ」


「ホントだよね! まだまだ遊び足りないよ!」


 さくらは秋葉さんでの休憩のおかげか、すっかりと元気になっていた。


 そのままさくらと話しながら歩いていると、突然強い風が吹き付けた。俺の羽織っていた上着が風に煽られ、バタバタと音を立てる。


「うわ〜、さっむ」


「春っていってもまだ四月になったばかりだしね。 それなのに日中は暖かいから、温度差があり過ぎて困っちゃうよ」


 さくらは今年の春の気候に怒っているのか、頬が膨らんでいる。


 俺がそんなさくらを見て面白がっていると、俺たちの足元に二、三枚の花びらが落

ちてきた。


「花びら……?」


 俺は足元の花びらを拾った。


「何の花びらだ、これ?」


「ちょっと見せて」


 俺はさくらに花びらを見せる。


「桜だよ、この花びら」


「桜……」


 言われてみれば確かに、このピンクで先端が二股に割れたこの形は桜である。


 しかしこの辺りに桜の木なんてあっただろうか。


 俺は顔を上げた。そこには先程の風で数多くの花びらが宙を舞っている。


「綺麗だよね」


「ああ……。 でもこの辺に桜の木なんてあったかな」


「多分あそこじゃない?」


 俺はさくらの指差す方を見ると、そこは公園だった。


 俺はすっかりと忘れていた。ブランコと、『メリーゴーランド』と呼ばれるクルクルと回る遊具しかないその公園は、駄菓子屋がすぐ近くにあり、小学生の時はそこを憩いの場としていた。


 その公園には藤棚があり、クマバチが太い羽音を立てていたのでそのイメージが強く記憶されていたが、確かにそこには桜の木があり、春になるとピンクの花を咲かせ

ていた。


「うわ〜、懐かしいな〜」


「懐かしいって、よく遊んでたの?」


「ああ、すぐ近くに駄菓子屋があるんだけど、小学生の頃そこでお菓子買って、あの公園で日が暮れるまで遊んでた」


 俺はまだ七、八年前の小学生時代の事を、遥か昔の出来事のように懐かしんだ。


「なあさくら、時間まだ大丈夫?」


「えっ?」


 さくらはスマホを取り出し、時間を確認する。


「……うん。 あと一時間くらいなら大丈夫だよ」


「じゃあさ、ちょっと寄って行こうよ」


「うん……。 分かった」


 俺はさくらを連れ、その公園へと向かった。


 公園に着き、俺たちはベンチに腰を下ろした。そこから見える桜の木は、月明かりに照らされ日中とはまた違った雰囲気がある。


「桜輝……」


「ん? どうした?」


「今日は本当にありがとうね。 一日中私に付き合ってくれて」


「何言ってんだよ。 礼を言うのは俺のほうだよ。 さくらのおかげで、今までで最高のお祭りだった」


 俺の言葉に、さくらは恥ずかしそうに下を向く。そのまま俺たちは桜を見続けていた。


「なんかさ、私夜の桜を見てると凄く綺麗で少しだけ怖くなってくるんだよね」


「え……?」


 さくらはゆっくりと顔を上げると、俺を見た。


「月明かりに照らされた桜って凄く綺麗なんだけど、ピンクが紫色に見えて、不気味

とまではいかないにしても、少しだけ怖くなる」


「……」


さくらの言葉に、俺は何も答えられなかった。


「桜輝どうしたの? 黙り込んじゃって」


「いや……今まで桜を見て『怖い』なんて思った事なかったから、何て答えたら良いのかわからなくてさ」


「そっか……」


 さくらは再び桜に目を向けた。


 俺たちの間に沈黙の時間が流れる。それは今までのような心地良いものではなく、スポーツの公式戦の前のようなあのピリピリとした緊張感である。


 もちろん俺からこの緊張感を壊す事は許されない。俺はさくらからの次の言葉を待った。


 数分後、さくらはゆっくりと口を開いた。


「ねえ、来年も私たち、二人でこのお祭りに来れるのかな?」


 さくらは桜を見ながら言う。


「ど、どうしたんだよ急に。 来年もきっと来れるよ」


 俺がそう言うと、さくらはゆっくりとこちらに顔を向けた。


「そんなの全然アテにならないよ」


「何で?」


「大学に入学したら、学校とかバイト先でたくさんの人と出会うでしょ? 私たちも常に一緒に行動するわけにもいかないし、それに……それに……」


 さくらの様子が明らかにおかしい。しかし情けない事に、俺はこういう時どう対応すれば良いのかが分からない。


 俺はそんなさくらをだた見ている事しかできなかった。


 さくらは両手で顔を覆い、俯いた。しかし俺は見逃さなかった。


 さくらの目から落ちる一滴の涙に……。


「おい、さくらどうしたんだよ」


「……」


 俺からの問いに、さくらは答えない。いや、答える事ができないでいる。


「私……私ね……」


 さくらの肩は震えている。言葉を出そうにも上手く出せないのか、さくらの呼吸がどんどんと荒くなってきた。


 もう痛々しくて見てられない。俺はさくらを抱き寄せた。


「おい、さくら! 本当に大丈夫か?」


「……」


 さくらの体の震えが少しだけ治った気がした。


「大丈夫だって! 来年もまた一緒に来よう! 約束だ!」


「そんな口だけの約束、アテにならないって言ってるでしょ!」


「とりあえず落ち着けって!」


 俺はさくらの体を正面に向けた。さくらの目は涙で一杯である。そして、月明かりに照らされ、さくらの目はキラキラと輝いていた。


「さくら……」


「何よ!」


 俺は深呼吸をし、ゆっくりと口を開けた。


「俺と……付き合ってくれ」


「えっ……」


 さくらは驚いているのか、口をポカーンと開けたまま固まった。


「俺だって来年もさくらと一緒にお祭りに行きたいし、桜も見たい。 それに、もっとさくらといろんな所に行きたい。 だから俺と付き合ってほしい」


「……」


 さくらは何も話さない。それどころか俺を突っぱねた。


 さくらは俯いたまま涙を拭い、深呼吸をして顔を上げた。


「もう……遅いよ……」


「……」


 ああ、俺はフラれたんだ。


「……そっか」


 俺は泣きそうになった。涙が溢れぬよう、顔を上げ必死に堪えた。


「桜輝……もしかして何か勘違いしてる?」


「は?」


 俺は顔をさくらに向けた。


「言うのが遅すぎるんだよ、桜輝は」


「……」


 さくらの言っている意味が分からない。どういう事だ。『遅すぎる』ってお断りって意味ではないのか。


 そんな事を考えながら黙っている俺を見て、さくらは深くため息をつくと、俺をギ

ロっと睨んだ。


「もう! 何で分からないの! 言うのが遅すぎるって言ってんの! まったく、いつまで待たせれば気が済むのよ! これまでにたくさんタイミングあったでしょ!」


 さくらは俺の上着の袖を掴み、物凄い剣幕で言った。


「……じゃあ、俺と」


「だからそうだって言ってるでしょ! 私、桜輝の事が好きで好きで堪らないの!」


 さくらは思いっきり俺に抱きついた。


「だから……来年も、いや毎年行こうね。 お祭り」


「ああ」


 俺たちはその後、時間を忘れてハグをした。さくらの首からは香水の香りだろうか、柔らかい香りがする。この香りは何だか落ち着く。もしかしたら俺は匂いフェチなのかもしれない。


「あれ、そういえばさくら時間大丈夫?」


「えっ?」


 さくらはスマホを取り出す。


「やばっ!」


「もしかして……」


「うん……終電逃した」


 さくらは急に慌て始め、あたふたしている。


「桜輝、悪いんだけど、今日泊めてくれない?」


「そうしてやりたいのはやまやまなんだけど、俺実家暮らしだしな……」


「だよね……。 本当にどうしよう……」


 さくらが本格的に焦り始めた。俺はとりあえずさくらをベンチに座らせ、落ち着かせた。


「とりあえず駅まで行こうよ。 運が良ければタクシーあるし、最悪タクシー会社に電話すれば良いし」


「あ、そういえばタクシーがあったね!」


 そう言ってさくらは笑った。

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