第一六話
さくらの部屋の片付けから三週間が経過した。
暦も四月になり、まだ上着は脱げないものの風が心地良い。
そして今日はさくらが楽しみにしている江和祭りの日である。
さくらは『
俺が部屋で準備を終え、ゆっくりしているとスマホが鳴った。さくらからのメッセージである。
『あと二○分くらいで
さくらからのメッセージにはそう書かれていた。俺は『了解』と返信し、家を出た。
家から
俺はいつも通りの歩行速度で、
一一時四五分。さくらの乗った電車が到着するまで、残り約一○分である。
俺は駅の売店に売っている一◯◯円のホットコーヒーを買い、それを片手に時間を潰した。
そして約一○分後、さくらが乗っている電車が到着した。
そんな人の群れの中から、俺はすぐにさくらを見つけた。
さくらはスマホを触りながらホームを歩いている。そして俺のスマホが鳴った。
『今着いたよ!』
俺はさくらに電話をかけた。
「さくら……?」
「桜輝、今着いたよ!」
「うん、知ってる。 ていうか、ちゃんとさくら見えてるし」
「えっ、嘘! どこ?」
さくらはスマホを耳に当てながら、キョロキョロと俺を探している。
「そんなキョロキョロしたって分からんて。 俺改札からすぐの場所におるし」
「え! あっ、本当だ!」
俺を見つけたさくらはそう言って電話を切ると、微笑みながら近付いて来た。
そして改札を通過すると、俺と合流した。
「桜輝お待たせ! どれくらい待った?」
「一○分くらいかな」
「おっ、なんか今日はいつもと違ってめっちゃやる気入ってるじゃん!」
「やかましい」
俺はさくらの頭に軽くゲンコツを入れた。
「いった〜。 やっぱり桜輝のゲンコツは痺れるわ〜」
さくらはそう言うと、しばらく頭を抑えていた。
そして二、三分が経過しただろうか、痛みが消えたのかさくらは頭から手を離した。
「ねえ桜輝、そういえば何でこんな時間に呼んだの? まだ昼の一二時前だよ」
「ああ……、
「ふーん。 なんか今日の桜輝変だね。 いつもと違う」
さくらの口調と表情が突如として変わった。
いつも通りさくらの言動から、俺は何ひとつ読み取る事ができない。
このまま黙っているのも変だし、だからといって軽はずみな事を言えばさらに追及されかねない。
そもそも今日の俺はさくらが言うほどいつもと違い、変なのだろうか。
「ぷっ、冗談だって! 別にいつも通りだし、変じゃないよ!」
偶然であると信じたいが、俺の考えている事と、さくらの言葉がシンクロした。一瞬『俺の考えている事がさくらに筒抜けになっているのでは』と思ったが気にしない事にした。
「山車が動くのは一三時過ぎてからだから、とりあえず俺の家行こ」
「……」
さくらは俺を睨む。
「……さくら、どうした?」
「桜輝、絶対変な事しないでよ」
「するか、アホ!」
俺は再びさくらにゲンコツを喰らわせた。さくらはさっきと同じように頭を抑える。
「くぅ〜。 桜輝のゲンコツはやっぱり慣れないな〜」
さくらは何故か嬉しそうである。
「そんな頭抑えるほど強くやっとらんだろ」
「いや〜、それでも桜輝のゲンコツはたまらんのですわ〜」
「気持ち悪い事言うのやめろ!」
直後、俺たちはお互いの会話が恐ろしく馬鹿げている事に爆笑し、そのまま俺の家へと向かった。
「ねえ桜輝、これ見て!」
さくらはそう言うと、カバンの中から大事そうに黒い物を取り出した。
「じゃーん! カメラ買っちゃった!」
さくらがカバンから取り出した黒い物の正体はカメラだった。
「カメラ? そういえばさくらは写真撮るのが好きだったもんね」
「そうなのー! これね、一年半くらいお金貯めてようやく買えたの! もう私の全財産はゼロだよ〜!」
「へ〜。 因みにどれくらいしたの?」
「ん〜、レンズ込みで二◯万円くらいかな」
「は?」
俺はこれ以上言葉が出なかった。いくら一年半近くお金を貯めたからといって、高校生でバイトもせずに二◯万円も貯まるはずがない。
「さくらって、もしかして親戚多い?」
「そんな事ないよ! どうして?」
「だってバイトもしてないのに、高校生で二◯万円も貯まるものなのかなって……」
「あ〜そういうことね! 実はお爺ちゃんとお婆ちゃんから合格祝いで一五万円貰ったんだ!」
「なんだ、そういう事か……」
俺は何故か安心した。
「でもね、カメラって操作が凄く難しくて、なかなか使いこなせないの……。 だから今勉強中!」
さくらはそう言うと、不意にカメラを俺に向け、シャッターを切った。
「おい、急に撮るなって!」
「えへへ。 ごめん!」
さくらは笑いながら謝った。
俺の家までの道中、さくらはありとあらゆるものにカメラを向け、写真に収めていた。
俺はそんなさくらを見ながら、さくらのペースで歩いていた。すると突如、さくらは足を止め、顔を上げた。
俺もさくらと同じように顔を上げると、そこには桜の木が花を咲かせていた。
今年は暖かいせいか、開花が早い。さくらはそれをひたすらカメラで写真に収めている。
「へ〜。 ここに山桜が植えられてるなんて珍しい〜」
さくらは自分の世界に入り込んでいるのか、独り言をブツブツと呟いている。
話しかけても全く反応しないし、ちょこちょこと小動物のように動き回るその姿は、見ていて飽きる事がない。
さくらはそれから十数分間、その桜の木から離れなかった。
一通り桜の写真撮影が終わったのか、さくらは満足そうにカメラをカバンにしまった。
「桜輝ごめんね! あの桜が凄く立派だったから、つい写真撮りまくっちゃった!」
「全然大丈夫だよ。 それに写真撮ってる時のさくら、小動物みたいで面白かったし」
「何それ! 小動物なんて初めて言われた!」
そんなくだらない話をしているうちに、俺の家に到着した。
「へ〜。桜輝の家って大きいんだね」
「まあ、昔からある田舎の家だからな」
「へ〜」
さくらはカバンの中から再びカメラを取り出すと、俺の家の外観を写真に収め始めた。
「おい、人の家を勝手に撮るなよ」
「あはは、ごめん! つい珍しくて!」
さくらはそう言うと、カメラをカバンにしまった。
「桜輝、こんなこと聞くの凄く失礼かもしれないけど、この家って築何年くらい?」
「あ〜どうだろ。 死んだ婆ちゃんの話によると、関東大震災よりも前には建ってたらしいって言ってたから、一○○年くらいは経ってると思う」
俺の言葉を聞いて、さくらは目を大きく開けた。
「えっ? 一○○年? それって凄くない?」
「凄いのかな? 生まれてからずっとこの家に住んでるし、世の中には何百年も残ってる建物もあるから俺の家が特別凄いとは思わないかな」
「ん〜そうなのかな? 私は凄いと思うんだけだど……」
さくらは腕を組み、何故か真剣に考え始めた。そんなさくらを見て、俺は彼女が歴史好きだという事を思い出した。
「だってほら、昨年二人で行った大山城だって関ヶ原の合戦よりも前に築城されたんだから、少なくとも四◯◯年以上は経ってるんだよ。 だからそれに比べたら俺の家なんて大した事ないって」
「あー、確かにそう言われてみればそうだね。 でも個人の家とお城を比べたらダメだって!」
さくらはそう言うと考えるのをやめたのか、腕組みを解いた。
「桜輝、写真撮ってたら疲れちゃった! 中で休もうよ!」
「ああそうだな」
俺は玄関の引き戸を開け、さくらを家の中に入れた。
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