第一◯話

俺たちは城下町に着くなり、俺たちは団子やたこ焼き、肉寿司など、ありとあらゆる食べ物を胃の中に入れた。


 なかでも団子にはピンクや黄色などの装飾が施されており、さくらはそれを一生懸命写真に収めていた。


 一通りお腹を満たしたところで、俺たちは抹茶を一服すべく、さくらのセンスで雰囲気の良さそうなお店に入る事にした。


 暖簾を潜り、席に案内されると、俺たちは注文を済ませる。


 テーブルには色とりどりの金平糖が入った小鉢が置かれている。さくらはその小鉢すらも一生懸命写真に収めていた。


 それから二、三分が経過しただろうか、俺たちのテーブルに抹茶が運ばれてきた。


「なんかこのお店さ、凄く雰囲気良いよね!」


 さくらは店内をキョロキョロと見回しながら言った。


「どうしたの? 急に」


「桜輝もそう思わない? この圧倒的な和の感じに、柔らかなお茶の香り。 もう何もかもが私の好みど真ん中なの!」


 さくらはそう言うと小鉢に手を伸ばし、金平糖を摘んだ。ポリポリと金平糖の砕ける音がする。


「さくら、前も同じような事言ってなかった?」


「えー、言ったっけ?」


 さくらは頭を傾ける。


「言ってたじゃん。 映画を二人で観た日に行ったあのカフェで」


「あ〜、言ったかも!」


 さくらはそう言うと、抹茶の入った茶碗に手を伸ばした。そしてゆっくりと茶碗に口をつける。


「にっが〜!」


 さくらは茶碗を置くと、急いで小鉢に手を伸ばし、金平糖を二、三粒摘み、口の中に放り込んだ。


「えっ! 何でこんなに苦いの? こんなの初めて飲んだ! 桜輝も飲んでみなよ!」


 俺はさくらに言われるがまま茶碗を掴み、口をつけた。


「別にそこまで苦くないけど……」


「嘘っ! 何で?」


 さくらは納得がいかないのか、目を大きく見開いて俺を見る。


「多分俺普段からエスプレッソとか飲んでるから苦味には慣れてるのかも」


「えっ! エスプレッソ飲めるなんて凄い! 大人じゃん!」


 さくらはそう言って上機嫌に笑った。


 俺は疲れとお腹が満たされた事で眠気に襲われていた。しかし抹茶を飲んだ事でカフェインが一気に脳まで運ばれたのか、一瞬で眠さが吹き飛んだ。


 俺たちは各々のペースで抹茶に口をつける。


 その間もお喋りなさくらの話に付き合っているうちに時間は進んでいく。


 そして話題は受験の話になる。


「桜輝って進路どうするかってもう決めてる?」


「いや、特に何も考えてないな〜。 さくらは?」


「私もまだ将来の事とか全然ピンとしてなくてさ……。 だけど親が『大学には行っといたほうが良い』って言ってるからとりあえず大学には行くかな」


「へぇ〜、何か意外だな〜」


「え? 何で意外?」


「だってさくらって凄いしっかりしてるから、既に将来設定ができてるもんだと思ってたからさ」


 さくらは何故だかきょとんとしている。


「しっかりしてるって……、私が?」


「うん」


 さくらは何か考え事をしているのか、少し黙り込む。


「じゃあ桜輝、私たち同じ大学に行かない?」


「同じ大学?」


「そう! 絶対楽しいって!」


「じゃあさくら、とりあえず志望校教えてよ」


「ん〜、特には無いんだけど、尾張経済大学なら勉強しなくても行けるかな〜」


 尾張経済大学は俺たちの住む智多ちた半島地域に三つのキャンバスを持つ大学である。俺がまだ小学生の時、プロ野球選手を輩出し、一時期話題になった。


「あ〜あそこか。 あの大学なら俺も勉強しなくても入れるかな。 学部は?」


「無難に経済学部かな。 特に学びたい事も無いし。 あと、私の住んでる西海せいかい市から尾経大びけいだいの経済学部はちょっと遠いから一人暮らしになりそう!」


「志望動機が不純すぎるけど、経済なら渼浜みはまだから助かるわ〜」


「じゃあ決定ね! 二人で頑張ろ!」


「頑張って入るほどの学部じゃねーよ!」


 こうして俺たちは不純な動機だが、尾張経済大学経済学部へと志望校を決めた。


「じゃあ、もうそろそろ帰ろっか!」


 いつの間に飲み終えたのか、さくらの茶碗は空になっている。俺たちは茶碗と小鉢をテーブルの端に寄せ、立ち上がった。


「桜輝、ここのお代は私に出させて」


 さくらはそう告げると、一人レジに向かって歩き出した。俺は『女にお金を出させるダメな男』と店員に思われたくなかったので、店の外でさくらを待つ事にした。


 そして会計を済ませたさくらが店の外に出てきた。


「お待たせ〜」


「ああ、さくらお金ありがとな」


「全然いいよ〜! 今日は桜輝に色々出してもらったし、これくらいはしないとね!」


 さくらはどうしてこんなにも良い子なのだろうか。どういう教育を受けたらこれほどにも良い子に育つのだろうか。


 そして、こんな良い子を振った前の彼氏とやらは、一体何を考えているのだろう。俺には理解ができない。


 そして俺たちは大山駅へと向かう。道中のさくらは流石に疲れているのか、朝のスピードはない。俺の横を、俺と同じスピードで歩いている。


「なんか今日一日で桜輝の色んなところを知れた気がする」


「何だそれ」


 俺が鼻で笑うと、背中をど突かれた。


「も〜、笑うところじゃないでしょ〜!」


「だって今のさくら、ちょっと怖かったもん」


「もう! 桜輝のイジワル! バカにしすぎ!」


 俺はもう一度背中をど突いた。


「さくら痛いって! すぐに手を出すのやめろや!」


「桜輝がバカにするのが悪いんでしょ!」


 さくらはぷいっと顔を背けた。


 しかし気のせいだろうか。一瞬、さくらの顔が笑っているように見えた。


 大山駅に到着したが、電車はまだ来ていない。ホームも人はまばらで、ベンチも空いている。俺たちはそこに腰を下ろした。


「いや〜、それにしても今日は久しぶりにたくさん歩いたな〜。 流石に疲れたわ」


「もう桜輝体力無さすぎ! 私なんかもう一往復できるよ!」

「本当か〜? 駅まで歩いてた時、かなり遅かったけど」


「そっ、それは桜輝に合わせてあげてたんです〜! 私は桜輝と違って優しいから!」


 さくらはそうドヤ顔をしながら言った。


 しかしそのさくらのドヤ顔は凄く可愛く、全く腹が立たない。


 そんなやりとりをしているうちに電車が入ってきた。


「あっ桜輝、電車来たよ! 乗ろっ!」


 俺はさくらに手を掴まれ、そのまま電車に乗り込んだ


 席はそこそこ空いていたので、俺たちは座る。さくらはすぐに眠ってしまい、ようやく静かな時を過ごす事ができる。


 俺はイヤホンを耳に着け、この時期に合う音楽を聴く。そして窓から外の景色を眺めながら物思いにふける。この時間が堪らなく好きだ。


 何十分が経過しただろうか、俺の横で寝ていたさくらが目を覚まし、大きくあくびをした。俺はイヤホンを外す。


「桜輝おはよう。 ごめんね、寝ちゃってた」


 さくらは慣れた手つきで目薬をさす。


「さくら、今日は落ち着きが無かったもんな」


「もう! またそういう事言う!」


 俺は叩かれると思い身構えたが、さくらは叩かなかった。


「でも今日は楽しかったなー!」


「俺も楽しかったよ」


 俺は少し照れが入ってしまい、声が小さくなってしまった。


「え? 桜輝今何て言った?」


「何でもねーよ」


「本当かな〜。 私には『さくらと一緒だったから楽しかった』って聞こえたんだけどな〜」


 さくらはさっきの仕返しとばかりに俺をイジる。


「『さくらと一緒だったから』とは言っとらんわ」


「またまた〜、桜輝君は照れ屋さんだな〜」


 その後もさくらのイジりは続いた。俺はそれを上手にかわしながらも逆にさくらをイジり、気付けば俺たちはイジり合戦をしていた。


 そんな事をしているうちに、電車はさくらが降りる多田川おおたがわ駅に近付いていた。どうやらさくらはそれに気付いていないようである。


「さくら次の駅、多田川おおたがわじゃない?」


 さくらはハッとした表情を見せる。


「本当だ! 全然気付かなかった!」


 そう言うと、さくらは膝に置いてあるカバンを手に取り立ち上がった。


「じゃあ桜輝、またね!」


 さくらはドアへと歩いていった。


 車内アナウンスが流れ、電車が停車するとドアが開く。さくらは下車の直前、俺のほうに振り向くと笑顔で小さく手を振った。俺も小さく手を振り返すと、さくらは電車から降りた。


 そしてドアが閉まり、電車はゆっくりと発進した。


 俺は再びイヤホンを耳に着け、音楽を再生する。耳に流れてくる曲があまりにも心地良く、夢の中へと誘われた。

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