第九話

大山城天守の入り口にて、俺たちは係員に登城券を見せ中に入る。


 急な階段を登り、二階へ行くとそこには甲冑や刀、槍や手紙など、ありとあらゆるものが展示されていた。


 さくらはそれをひとつひとつ丁寧にスマホで写真に収めていく。


 歴史には全く興味の無い俺だが、そこに展示されているもの、特に甲冑や刀、槍などには見入ってしまう。


 武器や武具を格好良いと思ってしまうのは男の性なのだろうか。


「桜輝、刀とか好きなの?」


 さくらは俺に問う。


「いや、好きってわけじゃないけど、こういう武器とか見てると、なんか格好良いなって思うな」


「なるほどね〜。 やっぱり男子ってこういうものに魅力を感じるんだね」


 さくらは何故か一人で関心している。


「さくらは刀とか見ても格好良いとか思わないの?」


 俺がそう問うと、さくらは腕を組み、少し考えた後、


「綺麗だなって思う事はあるけど、格好良いって思った事は無いかな〜」


と答え、続ける。


「この刀とか、あの槍の穂とかよく見てみて。 刃の部分に波のような模様があるでしょ? あれって『刃文』って呼ばれてるんだけど、私はそこに美しさを感じるんだ

よね」


 美しさ━━


 俺は未だかつてそんな事を気にした事はなかった。それ故、さくらの言葉がいまいち理解できない。


 そう考える俺を見て、さくらは腕組みを解いた。


「でもさ、刀の楽しみ方って人それぞれだし、自分の好きなように楽しめば良いと思うよ! それに桜輝が少しでも刀に興味を持ってくれている事が知れたから私は嬉しいな!」


 さくらはニコッと笑った。そんなさくらを見て、俺は再びあの不思議な感覚に包まれた。


「さっ、次の階行くよ!」


 俺はさくらに手を掴まれ、次の階、また次の階へと連れていかれた。


 そして四階に辿り着いた。ここにも様々なものが展示されていたが、俺はとある模型の前で足を止めた。


「すげえ……」


 そこにあったのは、大山城天守の構造模型である。俺はポケットからスマホを取り出し、この日初めての写真を撮った。


「桜輝って感性が独特だよね」


 さくらはクスクスと笑っている。


「何でそう思うの?」


「あ、怒らないでね。 馬鹿にしてるわけじゃないから」


 俺はさくらの言葉を待つ。


「さっきの階に大山城の模型があったでしょ? 私はもちろん写真撮ったんだけど、桜輝は撮らなかった。 だけど今、目の前にある構造模型を見て桜輝は写真を撮った」


「ごめん、いまいち言っている意味がわからないや。 何でこの構造模型の写真を撮るのと、感性が独特なのが繋がるの?」


「桜輝見てた? 他の人の動き」


「他の人の動き?」


「うん。 少なくとも、今この階にいる人の中でこの模型の写真はおろか、一〇秒以上立ち止まった人はいなかった」


 驚いた。まさかさくらがここまで周囲の事を観察しているとは思いもしなかった。


「他の人が興味を持たない事、つまり万人に受けがあまり良くないものに桜輝は興味を持った。 だからああ言ったの」


 さくらは真剣な表情で俺を見る。 そして俺たちの間に長い沈黙が流れた。


「ぷっ」


 俺は思わず吹き出してしまった。


「さくらってさ、なんか怖いな」


 俺は笑いながら言った。


「えっ? 私何かおかしな事言った?」


 さくらは少し困惑している。


「いや、別におかしな事は言ってないんだけど、普段とのギャップが大きいからさ」


 さくらの顔がどんどん赤らんでくる。


「もう! そんなに馬鹿にしなくても良いじゃん!」


 さくらは改札事件の時と同様、小さな拳で俺の背中をポコポコと叩いた。


 しかしさくらの顔は笑っている。もしかしたらさくらは『ド』の付く天然で、相当な不思議ちゃんなのかもしれない。


「もう! 桜輝と一緒に居ると、色々疲れる!」


 さくらはいつもの意地の悪い笑みを浮かべながら言う。


「さくらにだけは言われたくないわ」


 俺は軽くさくらの頭を小突いた。


「もう! 桜輝のイジワル! 嫌い!」


 さくらはそう言って、最上階へと続く階段を登っていった。


 俺もよいしょよいしょと最上階へと続く階段を登り、さくらを追いかけた。


 途中、一段踏み外して角が脛にあたり激痛が走ったが、それはここだけの話にしておこう。


 最上階に着いた。四方の戸は全て開かれており、心地良い風が吹き抜けている。四方の各戸からは大山市街、城下町、木曽川、岐阜方面がそれぞれ一望できる。


「桜輝、こっち!」


 俺はさくらの元へ向かう。さくらは木曽川を一望できる戸にいた。


「うわー綺麗!」


 俺たちは廻り縁と呼ばれるベランダのような場所へと足を踏み入れた。


「確かに、凄く眺めが良いな」


「だよねー!」


 さくらの気分は上々である。だからこそ、さくらがこの天守の最上階から落ちたりしないかと、俺は要らぬ不安を抱えていた。


「ていうかさくら、すぐそこ崖だけど怖くないの?」


「大丈夫、大丈夫! 私高い場所平気だから!」


 さくらは笑っていた。


「ねえ桜輝見て!」


 俺はさくらの指差す方向を見る。岐阜方面だ。


「あっちは岐阜方面だろ? 山しか見えないけど」


「もっと目を凝らして!」


 俺はさくらに言われるがまま目を見開いたり、逆に細めたりしてみたが、どうしても山しか見えない。


「さくら……もしかして部分的に見える土の事言ってる?」


「違うー! もっと遠くを見てみて! うっすらと見える山の上にある建物見えない?」


 俺は再度目を凝らして岐阜方面を見る。 するとうっすらと山の上にある建物が確認できた。


「あ! 見えた!」


「見えた? 良かったー! あれ何だと思う?」


「分かんない……」


「あれね、岐阜城なんだよ!」


「えっ? まじで?」


 俺は思わず大きな声を出してしまった。


「えへへ、桜輝驚いた?」


 さくらは自慢げに笑う。それもそのはずである。この大山城から岐阜城が見えるなんて、言われないと分からない。


「うん……本当にびっくりした」


「その反応見れて良かった!」


 さくらはそう言うと、廻り縁から中に入り、階段へと向かう。


「もう降りよ!」


「うん分かった」


 俺たちは階段を降り、天守から出た。俺は再度後ろに振り向くと、そこにある天守は何故かさっきよりも大きく見える。


 さくらはそんな俺に気付く。


「桜輝、どうかした?」


「いや、なんかこうして見ると大山城って大きいなって思ってさ」


「日本にはまだまだ大きいお城がたくさんあるよ! 桜輝にも見せてあげたいくらい!」


 さくらは何故だか嬉しそうである。


「あっそうだ」


 さくらは鞄の中からスマホを取り出した。


「桜輝、二人で写真撮ろ!」


「えっ? 写真?」


「何その反応……。 そんなに私と写るのが嫌なの?」


 さくらは不服そうな顔をし、声のトーンも下がる。


「い、いや別にそう言う事じゃなくて、俺写真撮られるのが苦手で……」


「別に桜輝がピンで写るわけじゃないんだから良いでしょ! じゃあ撮るよ! 桜輝笑って!」


 さくらはそう言うと俺に近付き、スマホのディスプレイをこちらに向けた。ディスプレイには大山城天守を背景に、俺とさくらが写っている。


「撮るよ!」


 さくらはそう告げると同時にシャッターボタンを押した。


 『カシャッ』という音とともにディスプレイが一瞬暗転し、そしてすぐに元の画面に戻った。


 さくらはすぐにその写真を確認する。


「もう桜輝、笑ってよ!」


 そう言って見せられた写真に写る俺は、笑顔のさくらとは対照的に、むすっとして怒っているようにも見えた。


「だから撮られるのは苦手だって言ったじゃん!」


「いくら苦手でもこの顔はないでしょ〜! これ、もはや怒ってるよ!」


 さくらは笑いながら俺をイジる。俺はそれをじっと耐えた。


 そして、俺をいじり終えたさくらは『ふう』と一呼吸して、


「桜輝、お腹空いたから城下町まで何か食べに行こうよ!」


と新たなる提案をしてきた。


「でも俺、腹減ってないし……」


「桜輝は空いてなくても、私は空いてるの! それに桜輝、さっきからお腹鳴ってるよ」


 俺は咄嗟に腹の音を聞く。確かに鳴いている。恥ずかしい、恥ずかしくて堪らない。


 そんな俺の様子を見たさくらは、お得意の意地の悪い笑みを浮かべた。


「ほら〜、桜輝もお腹空いてるじゃん! そんなに我慢しなくても良いのに〜」


 と言って俺の手を掴んだ。


「桜輝、ほら行くよ!」


 こうして俺たちは城下町へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る