第八話
翌日、俺はさくらとの約束通り多田川駅へと向かった。
道中、中学の同級生を電車内で見かけた。彼は俺に気付いている様子はなく、座席が空いているのにも関わらず、立ったまま一緒にいる女の子と楽しそうに話している。
その女の子は彼女なのだろうか、公共の場だというのに、周りの目を気にする事なくお互いの身体を突つき合っており、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
車内で多田川駅に停車するというアナウンスが聞こえた。俺は座席から立ち上がり、ドアの近くで待機する。そして電車が停車し、ドアが開くと、俺はホームへ降りた。
多田川駅は初めてである。何処に何があるのかが全く分からない。
しかしおどおどしているのも、それはそれで恥ずかしい。俺はとりあえず下車した人達の波に身を委ねる事にした。
不思議な事に、こうして身を委ねていると、苦労する事なく改札を通過する事ができた。
時間を確認する。約束の時間までは三○分ほどのゆとりがある。俺は待ち合わせ場所のスタバで時間を潰す事にした。
それにしても今日は暑い。スタバに着いた俺はアイスコーヒーを注文し、一番奥の席に座った。
一五分ほど経っただろうか、スマホと睨めっこをしていると、前方に人の気配を感じた。
「桜輝おはよう! 待った?」
気配の正体はさくらだった。
「おはよう。 そんなに待ってないよ」
「そっか! なら良かった!」
さくらはそう言うと、俺の前に座る。
「なんか今日暑すぎない? 私もう疲れちゃった。 少しだけ休憩したいから、私も何か買ってくるね!」
さくらは再び立ち上がると、カウンターへと向かっていった。
店内は季節外れの暑さに冷房が効いている。俺は今日の暑さに薄手とはいえ、長袖のシャツを着てきた事を少しだけ後悔したが、着てしまったものは仕方ない。俺は袖を肘辺りまで上げた。
そうこうしていると、さくらが飲み物を片手に帰ってきた。
「さくらもアイスコーヒー?」
「うん。 桜輝と同じアイスコーヒー」
さくらはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「その顔はどういう顔だよ」
「えへへ!」
さくらは笑って誤魔化した。
それから小一時間、俺たちは休憩という名のただの雑談をした。ほぼさくらが喋っているだけだが、それはそれで楽しい。
普段、あまり自分から喋るタイプではない俺からすると、その方が気を遣わなくて楽だし、きっとさくらもお喋りが大好きなようなので、心地が良いのだろう。
さくらがアイスコーヒーのカップを空けると、俺たちはスタバを出て駅へと向かった。
俺が改札を通過すると、後方で『ブブー』という機械音が聞こえた。
俺が思わず後ろを振り向くと、さくらがあたふたしている。
「えっ、何で? えっ?」
「多分上手く読み取れなかったんだって。 もう一度やってみな」
さくらは俺の一言で落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと確実に読み込ませると、今度こそ無事に改札を通過する事ができた。
「も〜、本当にびっくりした〜!」
「さくらの焦り方、凄く面白かったよ!」
「桜輝のイジワル!」
さくらは頬を膨らませると、小さな拳で俺の背中をポコポコと叩いた。
「痛いな〜、やめろって!」
そう俺は言ったものの、そのさくらは小動物みたいでとても可愛い。
俺は制止しながらも笑っているという、他人からしたら気持ち悪く見えるような事をしていた。
そんなやり取りをしながらも、俺たちは大山方面行きの電車に乗った。
大山城までの電車内も、さくらは喋り続けた。俺の飼い犬のブロッサムと散歩がしたいだの、自分は歴史が好きで、特に戦国時代が好きだの、ゴールデンウィークに課された宿題がまだ終わっていないだの……。
「宿題終わってないなら遊んでいる場合じゃないじゃん」
そう俺は言ってみたが、
「大丈夫、大丈夫! 今日一夜漬けすれば何とかなるから!」
と言って陽気に笑っていた。
「ねえ桜輝、今から行く大山城ってどんなお城か知ってる?」
「いや、分かんない」
俺の答えを聞いたさくらはスタバで見せたあの意地の悪い顔をした。
「大山城はね、室町時代に築城されて、天守閣は現存しているものでも日本最古のもので……」
さくらの機関銃のようなトークは大山城の話で加速していく。
俺にとっては本当に興味の無い話だったという事もあり、さくらに悟られぬよう適当に相槌を打って、この場を凌ぐ事にした。
さくらとの会話は、いつもは凄く楽しいのだが、時々このように暴走する事がある。こういう時の会話は、俺にとっては恐ろしくつまらない。
そんな面白くもないさくらの歴史トークに付き合っているうちに、大山駅に到着した。
俺たちは電車から降りる。
ようやく解放されると思ったが、さくらの歴史トークが終わる事はなく、それどころかどんどんとボルテージは上がっていく。
そのまま改札を抜けて、俺たちは大山城まで歩いて向かう。
大山城は駅からの距離こそそこまでだが、小高い山の上にあるという事もあり、俺は息を切らしながら歩いた。
一方のさくらはというと、以前行った菜の花畑の時と同様に俺の二、三歩先を歩く。
まったく、このさくらという女は足並みを揃えるという事ができないのだろうか。俺はそう心の中で愚痴をこぼした。
「桜輝、もうすぐ着くよ!」
先を歩いていたさくらはそう言うと、俺の手を掴んだ。
歩くのに精一杯だった俺は訳も分からず、さくらのスピードに無理矢理合わせた。
「わーお、凄い!」
さくらの言葉に、俺は呼吸を整えてからさくらの見ている方向に目を向けた。
「おお……」
俺の口からは自然と声が漏れる
そこにあったのは小高い山にそびえ立つ城である。決して煌びやかではないが、無骨でどこか男心をくすぐる、そんな佇まいをしている。
俺は城については全くの無知だが、さくらの大山城講習のおかげでそこにあるのは天守閣という櫓の一種である事が分かった。
「どう、桜輝。 凄いでしょ!」
「うん。 俺、こうして生で城を見たのは初めてだったから、少し感動してる」
俺の言葉を聞いたさくらは、満足そうに笑みを浮かべている。
「桜輝……」
「ん? どうした?」
「お城に登る前に、あそこのお稲荷さんでお参りしていこうよ!」
「うん、分かった」
俺たちは大山城登城の前に、お稲荷さんへと向かった。
左右を狐に守られた朱い鳥居を潜り、階段を登ると目の前に本殿が現れる。
俺たちは『奉納』と書かれた賽銭箱に小銭を入れ、作法通り二礼二拍手をし、手を合わせる。そして最後に一礼をし、本殿を後にした。
階段を降り、鳥居を潜ると、さくらは立ち止まった。
「桜輝、今からどうしても一人で行きたい所があるの! だからごめん、一五分ぐらいここで待っててほしい!」
「一五分って結構長いな……。 俺も行くよ、さくら一人だと色々危ないし」
さくらは突然慌て始める。
「本当に一人で大丈夫だから! それにどうしても一人じゃないとダメなの!」
「何しに行くの?」
「それは……。 それは恥ずかしいから教えられない!」
「分かったよ。 でも本当にさくら一人だと心配だから、せめてどこに行くかだけ教えて」
さくらは少し考える。
「うん……。もう一回このお稲荷さんに行ってくる! それ以上は教えられない!」
さくらはそう言い残すと、再び階段を走って登って行った。
俺はやれやれと思いながらも、喉が渇いている事に気付き、近くにあった赤色の自販機でコーラを二本買い、そのうちの一本の栓を開け、喉を潤した。
さくらが戻ってくるまでの間、俺は特にやる事がなかったので大山城案内の看板を見ることで時間を潰した。
約二〇分後、俺が看板をボーッと眺めていると、横に人の気配を感じた。
「桜輝ごめんね! お待たせ!」
その気配はさくらだった。
「遅い。 五分遅刻」
「もう! それくらい良いじゃん!」
さくらはそう言うと再び俺の手を掴み、そのまま引っ張った。
「イジワル言わないで、早く行くよ!」
何だろう。俺は何ともいえない感覚に包まれた。
今日の気温が高いせいか、顔が非常に熱い。その上普段運動をしないせいか、少し
歩いただけですぐに鼓動が速くなる。
しかしそれは決して不愉快ではなく、それどころか心地良い不思議な感覚である。
さくらに引っ張られ、ようやく辿り着いたその場所には、それは立派で大きな門があった。
「桜輝ここで待ってて! 登城券買ってくる!」
「ちょっと待って! ここは俺が出すよ」
「え? いいよ〜、私が出すから」
「いや、あの時の借りがまだ返せてないし……」
「あの時の借り?」
さくらは頭を傾ける。
「映画!」
さくらは俺の言葉で疑問が晴れたのか、微笑んだ。
「そういえばそんな事あったね! あれから一ヶ月も経ってないんだね!」
さくらはそう言うと俺の目をジッと見つめる。
「じゃあ今回は桜輝に出してもらおうかな」
さくらは出していた財布を鞄にしまった。
「あとこれ……」
俺は持っていたコーラの缶をさくらに差し出した。
「さくら、さっきから動いてばかりで喉渇いてるだろ? だからこれでも飲みながらそこのベンチで休んでて」
「……うん。 わかった! ありがとう!」
さくらは俺からコーラを受け取ると、日陰のベンチに腰を下ろした。
俺はそれを確認し、登城券を購入するため、券売所へと向かった。
ゴールデンウィークという事もあってか、券売所には長い列ができている。
待つ事約五分、ようやく順番がまわってきた。
俺は大人二人分の料金を支払い、登城券を受け取りさくらの元へと向かった。
「お待たせ。 俺も少し休憩していい?」
俺の問いにさくらは頷く。俺はさくらの隣に座った。
心地良い風が吹き抜ける。その風は少々肌寒く感じたが、それもまた一興。
さくらがコーラを飲み終えたのを見て、俺は空き缶を受け取り、登城券を渡した。
「じゃあ空き缶捨ててくるね」
俺は券売所横にあるゴミ箱に空き缶を捨てに行き、さくらの元へ戻った。
俺が戻るとさくらは既に立ち上がっており、準備万端なのが見てとれた。
「ありがとうね、桜輝。 じゃあ行こうか!」
俺たちは大山城天守へと向かった。
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