第七話

 ゴールデンウィーク、特に用事のない俺は一日中自室に篭り、漫画を読みながらゴロゴロとクソのような時の過ごし方をしていた。幸い、両親は日中仕事に出ているので、こんな過ごし方をしていても咎められる事はない。


 ゴールデンウィークも終盤に差し掛かった五月四日の昼過ぎ、俺のスマホに一通のメッセージが届いた。


『桜輝、今何してる?』


 さくらからだった。


『今は漫画読んでるよ』


 そう返信すると、すぐにさくらから電話がかかってきた。


「もしもーし! 暇人さん、元気にしてる?」


「暇人なんて失礼な。 こっちは漫画を読むのに忙しいんだよ」


「何それ〜、暇人じゃん」


 さくらは馬鹿にしたように鼻で笑う。


「それで? 今日はどうしたの?」


「もー! やっぱり覚えてない!」


 さくらは、俺が思わずスマホを耳から離してしまうほどの大きな声で言った。


「ちょっ、電話で大きな声出すなや! 耳がぶっ壊れるわ!」


「ははは、ごめんごめん!」


 さくらは本当に反省しているのか分からないくらいの軽い口調で謝る。


「前、外海そとみに行った時に『ゴールデンウィークはどこか出かけようね』って約束したじゃん!」


 俺は完全に忘れていた。


「ああ……。 ちゃんと覚えてるよ!」


「絶対ウソ!」


 さくらが再び大きな声をあげたので、俺は電話をスピーカーに切り替えた。


「じゃあ、明日はどこ行く?」


 俺は正直どこでもいい。それならさくらの行きたい場所に行けば良い。


「ん〜そうだな〜、じゃあ大山城に行こっ!」


「大山城……」


 大山城のある大山市までは俺の住んでいる江和こうわからかなり時間がかかる。


 さくらならまだしも、体力が全くない俺からすると、移動だけでかなり体力を消耗してしまう。


「桜輝、大山城じゃ嫌だった? それとも他に行きたい場所でもあるの?」


 さくらは俺に問う。俺はさすがに『移動だけで疲れてしまうから行きたくない』とは言えない。


「いや、大丈夫。 大山城に行こう!」


 俺は自分の気持ちがさくらに悟られぬよう、できるだけ明るく言った。


「やったー! じゃあ明日は一◯時ごろに多田川おおたがわ駅に集合ね! 私、その前に本屋にも寄りたいから、スタバで待ってて!」


「はいよー」


 俺たちは約束を取り付けた後も、電話を切る事なく雑談を交わした。


 雑談とはいえ、俺はたださくらの話に相槌を打つだけだったが、さくらは何故だか上機嫌だった。そんなさくらの声を聞いていると、こっちまで上機嫌になってくる。


 そうこうしていると、我が家で飼っているコーギーの『ブロッサム』が吠え始めた。


 もうそんな時間かと時計を確認すると、一七時を指そうとしている。電話を始めて、三時間以上が経過したようだ。


「ねー、さっきから犬の鳴き声が聞こえるけど、桜輝の家って犬飼ってるの?」


「まあね、飼ってるよ」


「えー! 良いなー! 私も小学生の頃から犬飼いたいなって思ってるけど、親がダメって言って飼わせてくれないの! 犬種は?」


 さくらは声のトーンを上げ、テンションがさらに上がっていく。


「一応コーギーだけど……」


「コーギー! めっちゃ良いじゃん! コーギーかわいいよね! あの食パンみたいなお尻とか最高じゃない? 私も飼うなら絶対コーギーって決めてるの!」


 さくらは俺の発言を遮ってしまうほどテンションが上がっている。


「さくら、凄くテンション上がっているところ申し訳ないけど、そろそろ散歩の時間だからとりあえず電話切るね」


「うん、わかった! 散歩から帰ってきたらまた電話頂戴!」


「はいはい、じゃあまた後でね」


 俺はそう言って電話を切ると、愛犬ブロッサムのところへ向かった。


 ブロッサムは『お前遅いぞ!』と言わんばかりに根元だけ残ったポンポンのような尻尾を振っている。


 俺はブロッサムの首輪にリードを繋げ、散歩に出かけた。


 約三◯分の時間が経っただろうか、俺はブロッサムの散歩から帰ると、さくらに電話をかけた。


「もしもし……」


「あっ、桜輝おかえり! ねね、ワンちゃん見せてよ!」


「さくらテンション高すぎ」


「だってワンちゃん見たいんだもん!」


「見せてって言われても、今電話中じゃん」


「じゃあテレビ電話にしようよ! そうすればワンちゃん見れるし!」


 俺はさくらに言われるがままテレビ電話に切り替え、ブロッサムを見せてあげた。


「うわ〜! めっちゃ可愛い!」


 画面越しのさくらはご満悦である。


「ねね、このコーギーちゃん、名前は何ていうの?」


「ブロッサムだよ」


「ブロッサムかー。 和訳したら、私と同じ名前だね!」


 さくらに言われるまで、その事に全く気付かなかった。


 そもそも俺は、何故ブロッサムにこんな名前をつけたのだろうか。


 確かブロッサムが我が家に来たのは、俺が小学五年生の四月だった。


 父の知り合いの家でコーギーの赤ちゃんが産まれたという知らせを聞き、家族で父の知り合いの自宅を訪ねた。


 赤ちゃんは合計六匹いた。顔の整った子や、優しそうな顔立ちをした子など色々な特徴を持った子がいた。


 母は初め、元気に吠えている子を抱いて、


「この子良いんじゃない?」


と言う。


 俺もその子にしようと思ったが、隅っこで困った顔をしながら座っている子に目がいった。


 俺はその子に近付く。他の犬は元気に飛び跳ねたり、威嚇したりと何かしらの反応を見せていたが、その子だけは座ったまま困った顔でこちらをジーッと見つめている。


 俺がその子を抱き上げると、その子は身体をブルブルと震わせていた。


「俺決めた! この子にする!」


 父や母、父の知り合いまでもが『本当に良いのか?』と心配したが、俺は『大丈夫!』と答え、その子を譲り受ける事になった。


 俺は準備していた首輪をその子に付け、リードを繋げた。そのまま歩かせながら家まで帰ろうとしたが、当然その子は怖がって歩こうとしない。俺はその子を再び抱き上げて家に帰る事にした。


 四月は春といっても、まだ陽の入りが早い。空が紅色に染まっている。そして休憩がてら公園に立ち寄る事にした。


 公園に着くと、俺はそっとその子を地面に降ろしてあげた。すると、先程のように怖がっている様子はなく、それどころか初めて目にする光景に興味津々である。


 公園で歩き回るその子を見て、俺たち家族は『やはりこの子で良かった』と言葉を交わした。


 その子は急に足を止めると、俺のほうに振り返り、『ワン!』と吠えた。


 すると突然風が吹き、公園の桜が宙に舞った。桜吹雪である。その宙に舞う花びらの一枚が、その子の鼻に付いた。


 両親は『不思議な事もあるもんだ』と何故か感心していたが、鼻に桜を乗せ、座りながら首を傾げて困り顔でこちらを見ているその子を見て、俺はある事を決めた。


「ねえ、この子の名前ブロッサムっていうのはどうかな? ていうか、ブロッサムにする!」


「桜輝の好きなようにしなさい」


 こうしてブロッサムは新しい家族として、俺の弟分として迎え入れた。


「桜輝! ねえ聞いてる? 桜輝ってば!」


 俺は我に返った。


「ああ……ごめんごめん」


「どうしたの? 急に黙り込んじゃうし、ブロッサムはどっか行っちゃうし……」


「ちょっとブロッサムと初めて会った時の事思い出しちゃって……」


 俺は再びブロッサムにスマホを向けた。


「その話凄く気になるんだけど……。ねえ、聞かせてよ!」


「別に良いけど、長くなるよ?」


「大丈夫!」


 俺はさくらに、ブロッサムと初めて会った日の事を斯斯然然かくかくしかじか教えてあげた。


「何それ〜! 凄く良い話じゃん!」


 はたして良い話なのだろうか。俺からしたら事実をそのまま話しただけなのだが……。


 しかしさくらがそれなりに感動してくれているのであれば良しとしよう。


「あ! そろそろご飯の時間だからまたね! 明日遅刻したらお昼奢ってね!」


「はいよ。 残念ながら目覚めは良いほうだから」


「ふふふっ、本当かな〜」


「いいから早くご飯行きな。怒られるぞ」


「分かりました〜」


 こうしてさくらとの電話は終わった。俺は時計を見る。針は一八時四五分を指していた。


 直後、母に呼ばれ、夕食を食べに居間へと向かった。

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