第17話

暫くは黙って聞いていた彼女達は、怒りがピークに達したようで、私を取り囲み掴みかかってきた。その拍子に、私の髪を纏めていた一本の簪が抜け落ちた。シャランと音を立てて床に落ちたそれは、無くしてしまわないようにといつも身に着けていた母の形見の簪だった。家に代代受け継がれてきた、大ぶりの桜とそこから垂れ下がる藤の花の意匠の簪だけが母が私に残していったものだった。その簪が落ちたことに気付いた私は、彼女達の手を振り払って拾おうとした。その姿を見ていた彼女達が歪んだ笑みを見せたことに、下を向いていた私は気が付かなかった。


「この状況で拾おうとするなんて、そんなに大切なんですの?その古臭い簪。」


その言葉とともに、ハーレムメンバーのリーダー的存在のビッチ令嬢が足を振り上げた瞬間、屋上唯一の出入り口の扉が開いた。


「麗氷やっとみつ〈ガシャン!!〉」


開いた扉から勇輝が出てきたのに一拍遅れて振り下ろされた足が、かんざしを踏み潰した。勇輝が来たことに気付かない彼女達は、壊れた簪を拾って力無く座り込んだ私を見て、心底愉快そうに嘲笑っていた。


「何してるの?」


後ろから聞こえた勇輝の声に驚いた彼女達は、壊れたロボットのように振り向いて勇輝を視界に収めた瞬間、慌てて言い訳を始めた。


「少し稲月さんとお話していただけですわ!」


「そろそろ教室に戻ろうと思って立ち上がった瞬間、稲月さんが簪を落としただけよ!」


彼女達の言葉を聞きながら近づいてきた勇輝は、私の手元を覗き込んで、幼馴染みとしてはありえない発言をした。


「それ壊れちゃったんだ?残念だったね。明日新しいの買ってあげるよ!」


踏み付けられて折れて装飾の一部が砕けた簪を視界に写した勇輝の発した言葉に、私は耳を疑った。その簪が私にとつてどんなに大切なものか、幼馴染みの二人には、勇輝の私に対する異常なまでの執着心をまだ知らなかった頃に話してあった。それなのに先程の発言が出てきたことに、幼馴染みとして僅かに残っていた情が消え去った。


「どんな髪飾りがいい?そうだ!やっぱり今日の放課後一緒に買いに行こうよ!」


近づいてくる勇輝には視線も向けず、これ以上壊れてしまわないようにと、そっと簪を拾い上げて立ち上がる。そして、私に触れようと伸ばされた勇輝の手をすり抜けてドアへと向かう。


「麗氷?」


不思議そうに私の名を呼ぶ勇輝の声にわずかに振り返り、自分でも驚くほど冷え切った声で言い放った。


「もう私に関わるな」


たった一言そう告げて、屋上を出た。このときの私は、一体どんな表情をしていたのだろう?私の言葉で、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた勇輝を初めて見た。昨日までの私なら多少なりとも罪悪感を持っただろうが、今はもう何も感じない。

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