第24話

 

 アドルフと別れ、数ヶ月。


「な、何が『美しき英雄の再来』ですか……! こんなの全部デタラメです……納得できません!」


 セルミヤは豪奢な屋敷の一室で、ソファに座り新聞を読んでいた。先日の魔物討伐におけるアドルフ・シュグレイズの功績が称えられている。


 記事の内容に怒り心頭し、新聞をビリビリに引き裂いて丸め床に投げつけた。


「こんなものこうしてやりますっ!」

「ラインレッツ嬢落ち着いてください」

「これが落ち着いていられる訳ないじやないですか!」


 横に立っているキールは、眉間の辺りを指で押さえ、悩ましげにため息をついた。


 セルミヤはぷんぷんと憤慨して椅子から立ち上がり、部屋の扉の方へ向かった。

 咄嗟にキールが彼女の腕を掴んだ。


「どこへ行かれるおつもりですか」

「どこって決まっていますよ。この記事を書いた記者のところまで行って、訂正させるんです!  ……『人でなし皇帝の使い駒アドルフ』と」


 キールの腕を振りほどこうと身じろぐと、彼は再びため息を吐いた。


「本当に面倒臭い人ですね。あなたの希望で新聞をお持ちしているのに、そう毎度毎度、癇癪を起こされる私の身にもなってください。シュグレイズ卿があなたのために御自身を賭したこと、全て水の泡になさるつもりですか」

「…………」


 ぴたりと立ち止まり、大人しく元に座っていた椅子まで戻る。いかにも不満げに腕と足を組んでふんぞり返り、口を尖らせながら彼に言った。


「悪かったですね、キール様」

「なんですかその顔は。全く反省していないようですね。太々しい人だ」

「私は別に太っていませんけど」


 きょとんとした顔で首を傾げると、キールは呆れたように言った。


「どうやらあなたは態度だけでなく頭も悪いようですね」

「?」

「見た目のことではなく、振る舞いや精神が図太く、厚かましいということです」

「なるほど! ……ところで厚かましいとはどういう意味ですか」

「もう手に負えませんね」


 この憎らしさ据え置きの毒舌卿、キール・ヒューゼンは、かつて帝国エルシアの帝国軍参謀本部で参謀次官を務めていた。アドルフの部下として彼を尊敬し忠義を尽くしていた彼は、奴隷契約呪法について知る数少ない人物の一人だ。参謀長官に昇進し、今はオティリオの忠臣として奴隷契約呪法に関する調査を水面下で進めている。ちなみに彼は、風魔法の使い手だ。


 キールはエルシア帝国の侯爵家の嫡男であり、大きな屋敷を皇都に構えている。


 アドルフと別れてからの数ヶ月間、セルミヤはヒューゼン侯爵家の食客として身を置いている。


「自分の無力さは十分自覚しています。私がもっと頭がよくて、力があればとどれだけ考えたことか……」


 小さく呟くと、キールはセルミヤが腰かける椅子の肘掛に片手をついて顔を覗き込んできた。彼は、嘲笑するように口角を上げる。


「そんなに役に立ちたいのならその、自称『傾国の美女』……ふふ、とかいうご自慢の美貌とやらで、カリストに色仕掛けでもして毒を盛ってくだされば万事解決ですよ……ふふ」


 毒を盛るなど、随分と物騒な話を平然とするものだ。彼に呆れつつ半眼を向けた。


「自称じゃありません。……その渾名はアレックス王子殿下が勝手にお付けになったんです」


 でも、皇帝陛下を暗殺というのは、最も手っ取り早い解決法かもしれない。奴隷契約呪法は契約主が死亡すれば、契約は無効になるのだから。


 セルミヤはしばらく考えて、神妙な面持ちで言った。


「……体術の勉強でも始めましょうか」


 しゅっしゅっと拳を前に突き出して、ジャブの練習をする。


「全く。本気にしないでくださいよ。あなたみたいな軟弱な女性ではいくら鍛えたところで片手で一捻りですよ」

「…………」


 そんなやり取りをしていると扉がノックされた。キールがひと声かけて中へ促す。入室してきたのはオティリオだった。彼はいつになく切羽詰まった様子で言った。


「二人とも。……大変なことになった」

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