第17話

 

「む、無理無理、絶対に無理です……!」


 首を大きく横に振って拒絶の意を示す。


 アドルフはというと、岩壁を背もたれにし、片膝を折って座っている。彼の魔力の具合では転移魔法は発動できず、加えてすっかり日が暮れてしまったということで、洞窟の中で一夜を過ごすことになった。初冬を迎えようとしているアルフ山での夜は非常に冷える。洞窟の中は風が通らないため、外よりはマシなもののかなり寒い。


 そして。防寒対策に身を寄せて眠ることを提案されたのだった。


「凍えて風邪ひきたいのか? 意地張ってないでさっさとこっち来い」


 手招きしながら面倒臭そうに眉を寄せるアドルフ。


 気温が低く指先がかじかんできた。服越しに冷たい風を感じ、身体の底に寒気が浸みていく。彼の提案はもっともである。しかし、同じ屋根の下で暮らしてはいるものの、一度だって彼と共に寝たことなどない。まして、暖を取ることが目的とはいえ、異性と肌を寄せあって寝るなんてあまりにもハードルが高い。


「ぜ、全然寒くないので、お構いなく!」

「嘘つけ。震えてるぞ」


 離れた場所で、顔を朱に染め突っ立っていると、唐突に彼が憂いた表情で呟いた。


「……ああ。このままじゃ俺は凍死してしまうだろうな。寒いな……。やけに気分も悪くなってきた」

「凍死ってええっ、ほ、本当ですか!?」

「本当だ」


 アドルフは上目がちにこちらを見上げ、更に弱々しく続ける。


「お前は俺の傍が、そんなに嫌か?」

「ち、違います……! そ、そうではなくて、その……アドルフが嫌なんじゃなくて……」


 自分だけが変に意識していることを打ち明けるのははばかられた。でも、このまま放っておいて彼が凍死しては大変だ。ようやく覚悟を決める。


「あ、あの……じゃあ、失礼します…………」


(これは防寒対策。防寒対策、防寒対策)


 おずおずとアドルフの足の間に入り、胸に身を寄せた。彼氏はセルミヤの肉の薄い体が冷えないように、自分の外套を上掛けにしてセルミヤを包み込んで抱いた。そのとき、ふっ、という小さな笑いが頭上から漏れ聞こえ、咄嗟に顔を見上げた。


「罠に掛かったな。単純な奴」

「!」


 先ほどのアドルフの悲しげな様子は、セルミヤをおびき寄せるためにひと芝居打ったのだと理解した。


(だ、騙されたわ。私が冷えることを心配してくれたのね)


 こうして寄り添っているととても温かく心地よい。セルミヤの耳元で彼の心臓が規則的な律動を繰り返している。

 セルミヤの体をすっぽりと覆ってしまう大きくてたくましい彼の体。胸が苦しいくらいにどきどきする。


「ミヤはあったかいな」


 ぎゅうと抱き締められ、耳元で囁かれる。自分に比べて、アドルフの体の方が冷たかった。もう二日近く洞窟の中で過ごしているのだ。冗談抜きで本当に凍死してしまわないか心配だ。いっそのこと、自分の体から存分に暖を取ってぽかぽかになってくれたらと思う。


「寒くないか?」

「はい」

「そうか。さ、お前は大人しく寝ろ。今日は疲れただろ。……昨晩は俺のことが気がかりで寝れてないんじゃないか?」


 帰ってこないアドルフが心配で心配でいても立ってもいられず、まんじりともせずに朝を迎えた。


「私がどれだけ心配したか……。本当に、無事で良かったです」


 腕の中でそっと目を閉じた。恥ずかしくて寝られないだろうという心配は杞憂だった。体は疲労の限界で、意識が眠りへと誘われていく。アドルフが頭を撫でてくれて、安心してうとうとし始める。


 眠りかけたころ、遠い意識の向こうに彼の囁きを聞いた。


「おやすみ、ミヤ」


(……おやすみなさい)


 心の中でそう答え、深い眠りに身を沈めた。

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