九
大学を中退した雄太郎は仲居として旅館に就職した。毎日が仕事になったことによる忙しさや同僚の叱責に優子の女将修行の厳しさの一端を味わいつつ、日々をやり過ごしている。
隣には将来の女将。活力のある横顔を見せる女性は段々とお腹が大きくなってきたのもあり、事務仕事を中心にこなすようになっていたが、旅館内の太陽であるのは疑いようがなく、疲れで体をいっぱいにする雄太郎を励ました。
「頑張ろうね、パパ」
夜。
「ご主人様、褒めてください」
媚びるように裸体と膨らんだ腹を押し付ける優子に対し、安田は、なにを、と淡々と応じる。
「今日も表向きの夫を励まして、旅館業務を頑張りました。妊娠がわかってから禁煙も続けてます」
「当たり前のことじゃないか」
「いいえ。あたしには夫はいません。いるのはご主人様だけです。だから、頑張って夫を愛している振りをしています」
「そんなことを言うのは、高端君に失礼じゃないか。もう、愛してあげないよ」
「すみません。でも」
「ごめんごめん。ちょっとからかっただけだ。君のことはそれなりに気に入ってる」
「ご主人さまぁ」
情けない声を発して甘え縋り付く優子。その手前には裸体で安田に三つ指をつき土下座をする女将と黒沢の姿があった。
この光景を、雄太郎は、正座をして見ている。
なぜ、優子の申し出を受け入れてしまったのか? その疑問は、縋るよう目の奥にある好意がいつか自分に向くことを願った……などという言い訳は、股の間で膨らむものの前では無意味だった。本質的な意味でこの女と離れたくないというのは事実だろうが、そこにはべったりとした欲望で埋め尽くされていた。
優しい串刺しとともに幸せそうによだれを垂らす女。それを見ながら、雄太郎は今日も下着をべちゃべちゃにする。情けなさとともにやってくる、この上ない気持ち良さは、先へ続く人生を全て犠牲にしてもかまわないと感じられた。
恋愛小説 ムラサキハルカ @harukamurasaki
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