七
大学に通いはじめて二年目の春。優子の顔に笑みが戻ってきた。直接的な原因は女将が新たな子を身籠り当たりが柔らかくなったからだろうが、本人曰く、いい相談相手に巡り合ったということだった。
なかなか休みが合わず、ろくな慰めの言葉もかけれないままでいた雄太郎としては歯がゆさばかりが膨らんでいただけに、力になれなかったのに申し訳なさを感じつつも素直に安堵した。
しかし、新たな不安も持ち上がりつつあった。
休憩時間に、優子が煙草を吸うようになったのだ。
旅館的に大丈夫なのか、という疑問をぶつけると、優子は一瞬だけ煩わしそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、
「えっとね。これも勉強なんだ」
しれっと告げる、恋人に、勉強? とおうむ返しすれば、そうそうと宙に煙を吐き出した。
「や……女将に、煙草を数お客様の心を理解するために一度、体験してみるのもいいでしょうってね。それで吸ってみてるわけ」
あからさまにごまかされている気がしたが、いたずらに疑うのも良くない、と思い、それで気持ちはわかったの、と尋ねた。
「う~ん。意外に悪くないなってことくらいしかわからないから、もうちょっと吸ってみようかなって」
照れ臭そうに空いてる手で髪を掻く優子。そこに小さくない違和感をおぼえつつも、わかるといいな、と背を押した。
その後も、優子の喫煙癖はそのままだった。
ある日、産休を終え復帰していた黒沢に、安田がいる五階奥の間に行くように言われた。
「五郎さんも久々に高端君とお話がしたいって言ってたから。ぜひとも楽しませてあげてね」
いつの間にか、安田を下の名前で呼ぶ黒沢の頬はなぜか紅潮していた。
もしかして、この人安田さんといい関係なのか? でも、既婚者だしな。いぶかしく思いつつも、慣れた足取りで五階奥の間を訪れた。
「入ってくれ。歓迎するよ」
安田の声に応じ、戸を開けようとする。
「ちょ、ちょっと待って」
途端に聞き覚えのある慌て気味の声。直後、雄太郎の目に飛び込んできたのは、安田と隣り合って煙草を吸う優子だった。
頭が真っ白になる。
なぜ、ここに優子が?
そもそも、安田を嫌ってたはずじゃ?
あっ、でも、煙草……。
などの思考が駆け巡る間、違うのと、ぶんぶん手を振る優子。
「安田さんには、色々と相談に乗ってもらってて」
懸命に訴える恋人。その隣でニヤニヤする無精髭の男。
「ええっと、女将としてのお仕事のこととか……安田さんってずっとここにいるから、色々知ってるんだ。だから、参考になることも多くて」
「俺も優子ちゃんにずっと嫌われてるのも辛かったからね。ちょっと頑張っちゃったわけだ」
体を寄せていく。それを見た優子が、嫌ってたなんてそんな、とあからさまな動揺を示した。
優子に色々と聞きたいことはあったが、今の仕事は安田の相手。上客の不行をかってまで、我を通すわけにもいかない。
「いいんだよ。だらしない大人だと言われたら否定できないし。それに今はそう思ってないんだろう」
「はい……それはもちろん。今はとても優しい人だって知ってます」
安田に向けられる優子の潤んだ目。そこに込められたような熱情を雄太郎ははじめて見た気がした。
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