五
優子に告白したのは、高校卒業の直前だった。
雄太郎なりの言い訳をするのであれば、安田の言葉を受けた上での自らの気持ちを確かめ、優子側はどう思っているんだろうかという疑問を抱き、その上での個人的な勇気と一歩を踏み出す迷い。こうした諸々を経た上での告白だった。
「遅すぎ」
普通に怒られた。優子は優子で、自分から切りだすべきか悩んでいたこと。迷惑なのではないのかと感じていたこと。付き合えたとしてもろくに時間もとれないのだからつまらない思いをさせないのかという不安があったことなどを話した。
そうして腹の底を分かち合ったあと、なんとか二人は付き合いはじめた。とはいえ卒業後、若女将としての本格的な修行に入る優子に対して、雄太郎は少しでも力になれればと大学で観光学などを学ぶことにしていたため、なかなか時間の共有はし辛くなる。そのため少しでも一緒にいようと本格的に旅館のバイトに入り、休みが重なればできるだけ時をともにしようと二人で相談して決めた。
できれば将来、この旅館に就職できればいいな。そんな風に考えながら嬉し涙を流す優子に見惚れていた。
「優子ちゃんと付き合えて良かったじゃないか」
そんなことを安田に言われたのは、優子と付き合いはじめ再びバイトに入りだしたあたりのことだ。受験が終わり、労働する時間が増えたのに合わせ、これから産休に入るという黒沢の後任の一人として安田の相手を任せられていた。
くれぐれも失礼がないようにね。以前よりも大分、柔らかな印象になった黒沢の表情が印象に残っている。
どこから聞いたんですか?
少なくとも雄太郎は周りには一言も漏らしていなかったし、優子は優子でしばらく隠しておこうと恥ずかしそうに主張した。安田は煙を吐きながら、
「こう見えても物書きだ。見れば、わかる」
などという謎理論を口にする。
そんなもんですか、とあっさり流そうとすれば、冗談だ、と苦笑いが返ってきた。
「女将から聞き出したのさ。母親はさすがというかすぐに優子ちゃんに何かあったのには気付いたみたいだがね。ちょうど、俺も俺で、人気シリーズの番外編を書いてる途中だったから新しいネタが欲しかったんだ」
人の色恋をネタにしないでください。
小説家にそんなことを言っても仕方がないのかもしれなかったが、優子との関係を利用されるのは不本意だったのもあり、釘を刺す。上客相手の物言いではないなと理解しつつも耐えられなかった。
「それは無理ってもんさ。おまけに高端君は俺に借りがあるだろう?」
借り? 何がそれに当たるか分からず、首を捻っていると安田は、
「断言しよう。俺が告白しろと言わなければ、君らは今も友達以上恋人未満のままだったさ」
優子ちゃんもああ見えて、けっこう奥手だしね、と付け加えてから再び一吸いする。
違いますよという言葉がすぐには出てこなかった。何せあの時点では自覚すらしていなかったのだから。こと、雄太郎の恋心を目覚めさせたのは間違いなく安田である。
対面に座る上客は、わかってくれたようだね、とニンマリしたあと、
「だからまあ、これからも協力してくれると助かる。ちょうど、新作の構想を始めたところだしね」
口の端を歪めた。粘つくよう言の葉と臭いに、背筋がぞわりとした。
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