◆6◆ 俺に与えられたものとゴリラの大きな夢

 どうにかこうにか俺達はグリーフを助け出し、ゴリラ軍団から逃げ出すことに成功した。とはいえ、周辺調査に出かけるといって丸一日も拠点に帰っていなかったんだ。もしかしたらとんでもない心配をされているかもしれない。


 そんな風に考えつつ、俺は亜季とカロル、そしてゴリラのグリーフを連れ戻ってきた訳である。いの一番に出迎えてくれたリリエルは怒っていたもののゴリラのグリーフを見て、ただただ驚いていたのがなんだか印象的だった。


「えっと、いろいろ言いたいことがありますがまず一つ。ご無事でよかったです、みなさん!」

「へへへ、オイラがいたからどうにかなったんだよ姉ちゃん」

「カロル、あなたは後でとーっても苦いお薬を飲ませてあげますからね」

「そ、そんなご無体なァァァァァ」


 まあ、ボロボロだから薬は飲んだほうがいいだろうな。助けてって感じでカロルに見つめられているけど、無視しておこう。

 それよりも、拠点がなんだか獣染みてきたな。ゴリラとスライムを連れてきたから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。


「界人さん、お疲れのところ申し訳ないですが少し伺ってもいいですか?」

「周辺調査についてですね。いいですよ」

「いくつか疑問がありますけど、まずどうしてゴリラを連れてきたんですか? 知的、というか言葉を扱えるみたいですけど」

「話すと長くなりますが、いいですか?」


 ということで俺は丸一日かけて起きたトラブルについてリリエルさんに語った。ゴリラ集団が何か企んでいること、また厄介なガラクタモンスターが出現したこと、助けられなかったゴリラがいたこと、などなど話した。

 そんな話をリリエルは真剣に聞いてくれ、話を聞いたうえで何かを考え始める。


「なんだか信じられない話ですけど、ゴリラが何かを企んでいるですか。いえ、それよりも【叡智の書】というものが気になりますね」

「俺も信じがたいアイテムですよ。まさかゴリラにとんでもない知性を与えるアイテムだなんて。もしかしたら他にも同じようなことができるかもしれません」

「もしその推測が当たっているならとんでもない脅威になりますね。どうにかしたいところだけど、どうにかするにしてもこっちの体制が整ってないですし」


 リリエルさんの言う通りだ。どうにかしたくても俺達の現状を考えればどうにもできない。それよりも拠点をどうにか発展させ、防御力を高めないといけないだろう。

 ゴリラ軍団じゃなくても、大量のモンスターに襲撃されたらひとたまりもないからな。


 何にしても拠点の発展は不可欠。それができなきゃゴリラ軍団をどうにかするなんてことはできない。


「ひとまず拠点の防御力を上げましょう。そうすればどうにかなると思います」

「そうね。でもそうするためには腕のいい大工さんが欲しいかな」

『それなら俺がやろうか?』


 俺とリリエルさんの話を聞いていたグリーフが割って入ってくる。思わず俺が「できるのか?」と聞くとグリーフは自慢げにこう答えた。


『こう見えても俺は手先が器用だ。それに兄貴の本から建築の知識を学び、それを元にいろいろと作ったことがある。まあ、元々そういうことをしたいって思っていたってのもあるがな』

「へぇー。そりゃいいことを聞いたな。夢なのか?」

『目標ではあった。ただ王が王だから諦めていたけどな」

「そりゃ、大変だったな」


『まあな。でもあの建物の内装と鳥籠は俺が手がけたんだ。王、いやギースの容貌で派手にしておいた。俺の趣味には合わないもんだったがな』

「すごい腕だな。じゃあ他にも何か作れるのか?」

『何でもってはいけないが大抵はどうにか作れるぜ。言ってくれれば挑戦だってするさ』


 そりゃ頼もしい。もしかすると思ってもいない収穫ができたかもしれないな。

 俺はそんな風に考えつつ、今度の拠点作りの方針を立ててみる。ひとまずこのボロテントが並ぶ場所にはモンスターの侵入を防ぐ壁がない。だからそこから手がけて欲しいと俺は要望を出した。

 するとグリーフはこんな言葉を口にする。


『よし、じゃあ家を作りながら壁を作ろう。材料はそうだな、たくさんガラクタがあるからそれを代用してみる』

「並行作業しながらって、できるのか?」

『ぶっちゃけ人手は欲しいな。だがまあ、簡単なものなら俺だけでもすぐにできる。それにもうすぐここは冬期が来る。だからせめて雪と風を防げる建物を用意しないと危険だ』

「そうなのか。すごく助かるよ」


『ここだと新参者だからな。働かせてもらう』


 グリーフを仲間にしてよかった。ひとまず拠点の建物と壁はグリーフに任せよう。

 リリエルさんも彼の話を聞いて満足げに頷いているし、たぶん悪い扱いはしないはずだ。


「ちょっとお願いしたいことがあるけどいいかしら?」

『ああ、バンバン言ってくれ』


 細かい打ち合わせはリリエルさんに任せよう。そう思い、俺は席を外した。

 さて、と。あと他にやることはあったかな?


『ビィー』


 俺が残っているタスクはないかと確認しているとナビィが声を上げた。スマホを見るとお腹がペコペコでもうダメっとグッタリポーズを取っているではないか。

 おっと、丸一日働かせていたからな。さすがにそろそろご飯を食べさせないとマズい。


「あ、そうだ」


 一つ忘れていたことがあった。それはニャンコメッセージを使って羽瑠に昨日見たことを伝えないといけなかったな。

 まあ、それはあとにしようか。ひとまずナビィにご飯を食べさせよう。


「ナビィ、ちょっと待ってろ。今、美味しいご飯を食べさせてやるからな」


 そう言いつつ、ご飯になりそうなものはないかと探し始める。

 リリエルさんのところに行けばたぶんもらえるだろうけど、今は話し込んでいるから後だ。とすると、遊んでいる亜季とカロルのところに行ってみよう。

 そう思い、広場にもなっている中央へ向かった。そこは様々な住民がおり、それぞれが欲しいものを物々交換している光景が目に入ってくる。


 まあ、お金があったとしても使いようがないからな。生きるために編み出した知恵と言うべきなんだろう、と思っていると急にナビィが元に戻った。


「ビィー!」


 どうやら催促するために憑依を解いたようだ。よっぽどお腹を空かせているみたいだな、うん。

 早く美味しいご飯を食べさせてやろう、っと思っていると一人の少女が声をかけてきた。


「ちゃんとご飯を食べさせないとダメよ、界人君」


 なんだか聞き覚えがあるような呼び方が耳に入る。視線を落とすとそこにはキャットフードの袋を持った見知らぬ少女が立っていた。


「お前、もしかして羽瑠か?」

「ピンポーン! って言いたいところだけど違うよー。正確にはそこら辺にいた女の子に憑依した羽瑠ちゃんでーす」

「同じようなもんだろ。何しに来たんだよ」

「何しにって、報告を聞きに来たの。待ってたけどずっと来なくて暇だったし」


「暇って、お前手が離せないからとかどうとかって言ってなかったか?」

「こじつけて会いに来たんだから細かいことは気にしないの。それより教えてよ」

「あー、はいはい。わかったわかった」

「返事は一回って前に言ったでしょ!」


 ひとまず俺は怒る羽瑠を無視して報告を始める。

 ゴリラ達が占拠している建物。そこで羽瑠が求めていたと思われる少女像について話した。


「像が抱きしめていた翡翠色のクリスタル。あれが黒ずんでいたよ」

「黒ずんでいた……そっか、やっぱりそうなってたんだ」

「やっぱりって、何かあるのか?」

「うん、大ありなんだ。そうだね、細かいことは後で教えるけど、とにかくヤバいことになってるかな」


「どんだけヤバいんだよ?」

「うーんと、そうだね。一つの世界が滅びちゃうぐらいヤバいかな」


 とんでもなくヤバい状態だった。なんでそんなことになっているんだよ。

 ひとまず俺は羽瑠の言葉を待つ。すると彼女はこんなことを告げた。


「実は、私達に反抗する勢力があるんだ。名前は【リベリオン】っていって、この世界に自由をもたらすために戦うってことを掲げている存在なの。でも、やっていることが滅茶苦茶。壊す必要のないものを壊して、ずっと暴れている。それをどうにかしたくて私は活動していたのよ」

「そりゃ大変だな。っで、それと俺が見たものとどう関係があるんだ?」

「ダンジョンには様々なエリアがある。そのエリアは通常、私達管理者が管理しているんだけどその一つが奪われた状態になっているんだ。もし全部が奪われちゃったら、本当にとんでもないことになっちゃう」


 彼女は顔を上げ、俺を見つめる。そしてある言葉を俺にぶつけた。

 それは彼女からのとんでもないお願いでもある。


「お願い界人君、私達を助けて。このまま暴れられたら私達は消えちゃう」


 そう頼まれちゃったら断る訳にはいかない。でも俺はみんなを救えるようなヒーローじゃあない。

 だからこう答えることにした。


「できることの限りをしてみるよ。そうだな、世界を救うってのは難しいかもしれないけど、お前を助けることぐらいはやってのけてみせるさ」


 その言葉を聞いた羽瑠は、キャットフードの袋を落とす。そして涙を流しながら飛びつくように俺に抱きつき、「ありがとう界人君! 大好き」と叫んだ。

 やれやれ、現金な奴だ。そう思いながら羽瑠の頭を撫でる。


 さて、やることは決まった。とりあえずこれ以上大変なことにならないために、羽瑠を助けていかないとな。


「あ、そうだ。界人君、君にいいものをあげるよ」

「いいものってなんだよ?」

「ダンジョンマスター権限だよ。そうだね、これはレベルがあって、高くなればなるほどこのダンジョンの奥へ行けるようになるんだ」

「そんなのお前がいればいらないだろ?」


「残念ながらこの私はただの女の子。本体じゃない。本体が傍にいないと機能しない権限でもあるから、君にそれを与えるんだ。といっても、最初はレベル1が限界かな。権限レベルを上げるには、君が見つけた少女像に触れないといけない」

「なるほどな。じゃあ、どんどん権限レベルを上げればここから出られるようにもなるのか?」

「なるよ。なんなら他のダンジョンもある程度なら奥へ進められるようになるぞ」


 便利なものをもらったな。じゃあ、今まで行くことができなかった場所もいけるようになるのか。

 なら利用するしかない。


「ありがとな、羽瑠。絶対に助けるよ」

「期待して待っているよ、界人君」


 こうして俺はキャットフードと共にダンジョンマスターが持つ権限をもらった。

 まだレベル1だけど、有効活用していこうと思う。


 そう決めた俺は空を見上げる。どこまでも青く、だけど点々と雲が存在し、まるでこれから待ち受ける俺に対しての試練を暗示しているかのように思えた。

 考えすぎか、と言葉をこぼしながらも羽瑠を見る。すると彼女はいつの間にか眠っており、それはたいそう気持ちよさそうな顔だ。


 まあ、子どもなんだからな。このまま寝かせてやろう。

 そう思っていると物陰から覗き込む亜季の姿が目に入る。そしてとんでもなくむくれた顔でこう言葉を口にした。


「見損ないました。界人さんがロリコンだっただなんて思いもしませんでしたよ」


 何を勘違いしているんだこいつは。

 俺は本気で引いている亜季に頭を抱えつつ、どう弁解しようかと言い訳を考え始めたのだった。

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