◆5◆ 俺達とゴリラの見事な脱出

『勝った、勝ったァァ!』


 ドンドンと胸を叩く音が響き渡る。それはゴリラであるグリーフが勝利に酔いしれるドラミングだ。

 さすがゴリラ。いかにも固そうなガラクタモンスターをいとも簡単にひん曲げ、ボコボコにした。やっぱり俺達とはパワーが全く違うな。


 それにしても、このガラクタモンスターは誰が生み出しているんだ?

 あまりにも厄介なんだけど。


「ウホッ!」

「ウホホッ!」


 おっと、ちょっと時間をかけすぎたか。見張りゴリラが目覚めてやがる。

 考えごとなんてしてられない。こうなったらさっさと逃げるが吉だ。


「グリーフ、喜ぶのは後だ。逃げるぞ!」

『ああ、こんな所はさっさとおさらばしよう!』

「亜季、カメラを使って俺達の幻を作ってくれ! 時間稼ぎだ!」

「了解です、界人さん!」


 俺達は脱出に向けて準備する。そういえばこの建物の真ん中にある何かを見て欲しいって言われた気がするな。中を見た限りだと妙なものはなかったから、外にあるのかな?


 そんなことを考えていると亜季から「準備オーケーです!」と言われた。ひとまず考えることをやめ、俺は天井を見上げる。

 そこには待っているカロルとスライム達の姿があり、その奥には力強く輝いている星々があった。


 これから何が待ち受けているのか。

 わからないが、たぶん刺激あることだろうと俺は勝手に想像する。


『先に行ってるぞ!』


 グリーフが穴の空いた天井へ向かっていく。俺もそれに習い、亜季を抱き上げてそこから逃げた。

 遅れてやってきた見張りゴリラは俺達を捕まえようとするが、幻だ。ちゃんと騙されてしまい、情けない声を上げ奈落の底へ落ちていくのだった。


 そんな光景を目にしつつ、俺達は外に出る。そして、あるものを目にした。


 それは一つの少女の石像だ。

 その胸には翡翠色に輝くクリスタルが抱かれており、よく見ると少しだけ黒ずんでいる。


「これは――」


 俺は思わず触れようと近づいた。だが、その瞬間に強烈な光が向けられる。


「ギエー! ギギギィィィィィ!!!」


 チッ、こんな所にガーディアンがいやがった。ちょっと調べたかったけど、こうなったらもう時間がない。


「亜季、もうちょっとガマンしてくれ!」

「ガマンって、何するつもりですか!?」

「派手に飛び回る!」


 俺はクライマーグローブの性能を最大限に使い、建物の側面を駆け下りる。その間、亜季は大きな悲鳴を上げ、俺の首を絞める勢いで抱きついていた。

 窒息はしなかったがさすがにちょっとヤバかった。緊急事態でもできるだけこれは控えよう。


 そんなことを考えつつ、待っていたグリーフとカロルに俺達は合流した。


「兄ちゃん、こいつに乗って!」

「なんだかやけにデカいスライムだな」

「結構足が速いから! ほら、さっさと乗って!」


 カロルに促されて俺達はスライムに乗る。全員がそろったことを確認し、カロルは「ゴー!」とかけ声を上げると途端にスライムは身体を伸ばし始めた。

 後ろからゴリラ達が走ってくると、俺達が乗るスライムに飛び乗ろうとする。だが寸前にその身体は縮み、まるで弾かれたかのように飛び始めた。


「ウホーッ!」


 ギュン、と進んだため飛びついたゴリラは簡単に振り落とされる。まさかこんな方法で逃げるとは思ってなかったため、俺も驚きだ。

 何はともあれ、無事に逃げることができた。あばよ、と言いたいところだが一つだけ心配がある。


「ジャック……」


 動けないジャックを俺は助けることができなかった。あいつはこれからどうするのだろうか、と思いつつ小さくなっていく建物を見つめ続けたのだった。


◆◆Sideジャック◆◆


 外が騒がしい。見張り達を見ると、何やら慌ただしく走っている。

 この感じ、おそらく彼らは無事に頼みを聞いてくれたのだろう。


『ジャック様』


 そんなことを考えていると一体のガーディアンが声をかけてきた。私はだいたいのことを予想しつつ『なんだ』と返事する。

 するとそいつは、思った通りの言葉を発した。


『王がお呼びです。すぐにと』


 さすがというべきか、と心の中で悪態をつきつつ私は立ち上がる。一応、身なりを整え王が待つ御前へと向かった。

 走り回る見張りが血相をかいている。どうやら相当上手くやってくれたようだ。


 あとは、私が上手く対処できればいい。万が一のことになっても、覚悟はできているから問題ない。


 そう考えながら私は御前に続く扉の前に移動した。するとそこを守る近衛兵に塞がれてしまう。

 それは私の友だ。おおかたの事情を知っている立場でもある。だからこその行動だと私は思った。


『止まれ』

『王に呼ばれた。通してくれ』

『ダメだ。ここを通ればお前は――』

『覚悟はしてきた。通してくれ』


『ダメだ。俺は、まだお前に――』

『何を話しておる?』


 友が私を思いとどまらせようとする中、王の声が聞こえた。こうなると友は下がらざるを得なくなる。

 私は苦々しい顔をする友に『すまないな』と声をかけ、王の前に立った。


 それはなかなかの身体つき。リーダーの証である銀の輝きが全身から放たれている。

 さらに力を誇示するかのように冠となっている粗末な帽子がかぶられており、相変わらずセンスが悪いと私は思った。


『ジャックよ、どうして呼ばれたかわかるか?』

『さあな。皆目見当もつきません』

『クックックッ、相変わらずだな。まあいい、今回は面白い報せを聞かせるためにお前を呼んだ。出てきていいぞ』


 王が不敵な笑みを浮かべ、誰かを呼び出した。その声に促されてか、後ろから一つの人影が現れる。

 それは人間だ。だが妙なことに白い仮面を被っており、さらに妙なことにスーツを着ていた。

 そのスーツは人間の昔語りに出てくる貴族そのものの姿である。


「いやー、お呼びいただき光栄であります! まさか同盟を結んでいただけるとは思いもしませんでしたよ」

『よくいうもんだ。あれだけのメリットを提示しておいて卑下するとは、ワシに対しての侮辱か?』

「いえいえ、これは心の底からの喜びを口にしているだけですよ。まあ、私としてもこの同盟は利があるもの。だからこそ! 共に! この地を支配しましょうではないですか!」

『わかったわかった。とりあえずうるさいから黙ってくれ』


 王が面倒くさそうにしている。よくわからないが、あの王が数々の無礼を許しているのが不思議だ。

 あの人間は一体何者なんだ?


「おっと、名乗り上げるのが遅れましたね。私は【リザーク】と申します。数々のガラクタを蘇らせ、利用しているため人からは【リサイクル卿】と呼ばれております。以後お見知りおきを」

『こいつは面白いことにガラクタをモンスターに変えることができる。それはなかなかに強くてな。完璧な存在ならば兵士が束になっても敵わぬほどだ』

『そんなことを私になぜ聞かせる?』

『わからんのか? なら教えてやろう』


 王は不敵に笑う。

 そしてその笑みと言葉が、私の琴線に触れた。


『逃げたお前の兄弟分がいるだろ? あいつを殺すために使おうと思っているのだよ』


 こいつは、こいつは許せない。

 私は気がつけば王へ飛びかかろうとしていた。だが、その私の前に何かが立ち塞がる。

 そのまま頭を掴まれ、地面に叩きつけられてねじ伏せられた。

 一瞬の出来事。何が起きたのか自分でもわからないほど一瞬だ。


 強烈な痛みが頬に感じていると、それは私の顔を覗き込んだ。


『オマエ、ヨワイ』


 圧倒的なパワーでねじ伏せたそれは、ひどく細い頭だった。人の姿をしており、全部が細い。

 それなのに、私がパワーで負けてしまった。


 こいつは、一体……?


『そいつはリサイクル卿が生み出したガラクタモンスターだ。まあ、まだ試作段階らしいが、我が軍に配置されることになった。だから、そいつにグリーフを追ってもらう』

『ギース、貴様……』

『楽しみにしていろ、ジャック。お前の兄弟が無残にされ帰ってくることをな!』


 王の笑い声が響く。

 それを隣で聞くリサイクル卿は、興味なさげにアクビをこぼしていた。


 そんな中、一人の男が後ろから姿を現す。それを見たリサイクル卿は楽しげにしながらこう言葉をかけた。


「やあやあ、森居君。君の商品が売れたよ!」


 その言葉の意味がわからないまま私は気を失う。何もできないまま、意識が闇へ落ちてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る