◆4◆ 俺vs鹿頭 ラウンド2

『カカカカカッッッッッ!!!』


 奇声を上げ、鹿頭はひどく興奮していた。その声はとても不快なものであり、異様な歪さを感じさせた。

 そんな鹿頭を俺達は身構えながら見つけていると奴はまた特攻を仕掛けてくる。

 グリーフは左へ、俺は亜季を抱きかかえて右へ飛んだ瞬間に鳥籠が破壊された。


 改めてその跡を見ると、とんでもない威力だと思い知らされる。なんせ俺達が立っていた鳥籠は跡形もなく木っ端みじんになっていたからだ。

 こいつはどれだけ殺意が高いんだろうか。直撃を受けたら俺なら確実に死んでいる。


「か、界人さん……」

「とんでもない破壊力だな。絶対に回避しないと死ぬな、これ」

「そうですけど、あの、なんでお姫様抱っこなんですか?」


 俺は亜季に指摘され、改めて視線を向ける。確かに俺は亜季をお姫様抱っこしていた。

 いや、特に意味はない。ただこっちの方が担いで移動するのに早かっただけだ。


 でも気にするなら次から気をつけようか。


「わかった、次は違う抱え方をするよ」

「あ、えっと、そうじゃなくて、その――」

「なんだよ? 特に意味ないぞ」

「ぼ、僕、最近太っちゃって……その、重くないかなって……」


「今、それ気にすることか?」


 まあ、こいつも女の子なんだろう。それはまあ置いておいて、あの鹿頭をどうしようか。

 攻撃をしたいけど、こっちは足場がない。しかも不安定で減ってきてる状態だ。

 かといって高い装備は買えない。結構ニャンコインを使っちゃったからかなりキツい状態だ。


 どうする? このままだとあいつに全部足場を潰されてお陀仏だぞ。


 そんなことを考えていると亜季がちょっとむくれながらこんなことを口にした。


「それにしてもあいつ、空飛べてズルいです。しかもすごい怖い攻撃してくるし」

「そうだな。身体がストーブだし、たぶんかなり魔改造しているかもな」

「ズルいズルい! こっちは空飛べないのに!!! ストーブなのに空を飛んでズルい!」

「そういう風に魔改造したんだって。その証拠にずっとあいつは――」


 飛んでいる、と言いかけて俺はあることに気づく。

 確かにあいつはずっと空を飛んでいる。見た限り燃料タンクの大きさも変わりない。

 だが、あいつは鳥籠を破壊する時に爆発を起こしていた。その威力の源はどこか。


 その答えは簡単――あいつの燃料だ。


 どれだけ持つかわからないが、攻撃にも使っているなら長時間の飛行は難しいはず。もしかしたらもっと短時間しか行動できないかもしれない。

 なら、もっと攻撃させて燃料を減らせば勝機が見出せる可能性がある。


 でもそれをやるには大きな問題があるな。それは足場の数だ。

 あいつの攻撃で鳥籠の数はかなり減った。そんな状態で攻撃させるのは自殺行為に近い。

 それに運よく勝機を見出せても後が続かないだろう。


 なら、それを補うアイテムを買えばいい。あの鹿頭が攻撃したくなるデコイとなるものを!


「亜季、頼みたいことがある」

「なんですか? 体重は教えませんよ」

「んなのどうでもいい」

「ど、どうでもいいってどういうことですか!」


「あーわかった。俺が悪かった。とにかく買って欲しいものがあるんだ」

「むぅー。なんですか?」

「条件は二つ。一つは擬態能力があるもの。もう一つはひどく興奮するものだ」

「なんですかそれ?」

「いいから探してくれ。頼んだぞ」


 俺はニャンコマーケットから遠距離攻撃ができそうな武器を適当に買う。途端にスマホはスリングショットへ変化した。

 吐き出されたカプセルを壊し、ドングリみたいな木の実がたくさん入った小袋から一つ取り出し、それを飛ばした。


 それは思った以上のスピードがあり、鹿頭の鼻に直撃する。しかし、たいしたダメージがないのか奴は顔色を変えることはない。

 しかし、その攻撃のおかげか鹿頭は俺に敵意を向け、感じ取った俺は違う鳥籠へ飛び乗った。


『キキキキキッッッッッ!!!』


 不快な奇声を上げ、突撃してくる。

 俺はそれをどうにか止めようとドングリらしき木の実を飛ばしまくった。


 だが、攻撃力が低すぎるためか止まるどころか軌道すら変わずそのまま鹿頭は鳥籠へ突っ込んでくる。

 俺は仕方なく違う鳥籠へ逃げ、粉々に破壊される光景を目にするのだった。


『キヒッ! キキケェェェッッッッッ!!!』


 調子に乗っているような勝ち誇った声が耳に飛び込んでくる。なかなかに嫌な奇声だ。

 スリングショットでどうにかできないか、って思って攻撃してるけどそんな気配は全くない。


 頼むぞ亜季。早く見つけてくれ。


「ええと、これは違う。これ役に立ちそうにない。これ関係ない。これはえちぃやつ。あーもー! ありませんよ界人さん!」

「とにかく探してくれ! 時間がない!」


 亜季が苦戦している。くそ、早く見つけてくれ。

 どうにか気を引いてるけど、あまり長く持たない!


『カイト、伏せろ!』


 グリーフの声が聞こえた。その声に従って伏せると途端に鹿頭が吹っ飛んだ。

 なんだ、と思い振り返るとグリーフはチェーンで繋がれた一つの鳥籠を手にしていた。


『目には目をだ!』


 グリーフはチェーンつき鳥籠をぶん回すが、鹿頭はすぐに距離を取ろうとした。俺はそれを防ごうとスリングショットで攻撃するが、簡単に逃げられてしまう。

 くそ、あそこまで離れられたらスリングショットの攻撃すらも届かないぞ。


 俺が奥歯を噛んでいるとグリーフが移動を始める。俺も習って鹿頭の近くの鳥籠へ移動し、攻撃を仕掛けようとした。


 しかし、鹿頭はまた距離を取る。まるで攻撃の機会を伺っているように見えた。


「逃げやがる」

『尻尾を巻いたようだな』

「んな訳あるか。確実に攻撃できるタイミングを伺ってるんだよ」

『確実に、か。だがそれにしては離れすぎてる気がするが』


 グリーフの指摘通り、確かに距離が遠い。攻撃を仕掛けるにしても遠すぎる気がする。

 何かを狙っているというより、危機感を感じて離れているようにも見えるな。


 もしかしてあいつ――


「燃料切れが近い?」


 もしそうだとしたら、こっちから攻撃したほうがいい。あと何回も強力な一撃を出せないなら尚更だ。

 だが、まだその機会じゃない。せめて亜季が俺の望むアイテムを見つけるまでこの膠着状態を維持できれば――


『今が好機ってことか! なら攻撃するしかないな!』

「あ、待て! あいつはまだ――」

『先に行ってるぜ、カイト!』


 ああ、もう! 俺の話を聞けよ!

 確かに燃料切れが近いだろうけど攻撃できない訳じゃないんだよ!


 俺は先走ったグリーフを追いかける。だけど追いつけない。

 さすがゴリラだ。クライマーグローブを装着したのに全く追いつく気配がないぞ。


 くそ、仕方ない。


「カロル! スライム波状攻撃!」

「え? あ、はい! みんな、行けぇー!」


 俺の指示を受け、待機していたカロルがスライム達に命令を下す。スライム達はその命令を受け、鹿頭へ飛び込んだ。

 それと同時にグリーフがチェーンつき鳥籠をぶん回す。まさに逃げ場を塞ぐ攻撃だ。


 だが、鹿頭はその攻撃をされ不敵な笑みを浮かべた。


 ゾクッ――背筋を嫌な寒気が支配する。まるで選択を間違えたかのような感覚にさえ陥るほどだ。

 俺は間違いであって欲しいと願った。

 だが、その願いは叶わない。


『キエエエエエッッッッッ!!!』


 鹿頭は奇声を上げると同時に、猛烈な勢いでグリーフへ突撃した。それは命を懸けた特攻であり、一気に絶望へ叩き落とす攻撃だ。

 スライムが弾かれていく中、攻撃を仕掛けたグリーフのチェーンつき鳥籠を真正面から鹿頭は弾き飛ばす。

 グリーフは咄嗟に回避しようとするが、間に合いそうにない。


「グリーフ!」


 いくつもの鳥籠をぶっ壊し、鹿頭は壁に埋もれる形で突撃をやめる。

 グリーフはというと、ギリギリのところで攻撃を躱したようでどうにか違う鳥籠に飛び移っていた。


 しかし、本当にギリギリだったようで片腕で鳥籠を掴み、ブラリと吊り下がっている状態だ。

 つまりは下手に刺激すると落ちてしまう状態にある。


 そんなグリーフを見て、鹿頭はまた特攻を仕掛けようとしていた。まずい、今あんな攻撃を受けたらグリーフが死ぬ!


「くそ、仕方ない!」


 こうなったらどうにか注意を引きつけよう。時間さえ稼げば立て直せるはずだ。


 俺はそう考え、スリングショットが届く鳥籠へ移動する。そして今にも突撃しようとしている鹿頭に攻撃した。

 だが、鹿頭は一瞬だけ俺を見たぐらいだ。その後はグリーフを見つめ、特攻を仕掛けようと力を溜め始める。


 ヤバいヤバいヤバい!

 絶対にヤバい。くそ、時間さえ稼げないぞ。


「グリーフ、早く登れ! 来るぞ!」

『そんなことわかってる! くそ、滑る!』

『カカカカカッッッッッ!!!!!』


 鹿頭が笑う。勝利を確信したかのように笑う。


 だが、その確信はまやかしだ。

 そのことに気づくことなく鹿頭は突撃する。そして噴出口を向け、強力な一撃を放った。

 しかし、おかしなことにグリーフの姿は消えなかった。


『グケッ?』


 おかしいと感じているだろう。

 そうだ、おかしいんだ。なんせお前が攻撃したそれは幻なんだからな。


「ふふん、間に合いましたね! さすが僕です!」


 亜季は胸を張って誇らしげに笑っていた。その手にはガメラがあり、そのカメラのレンズが向けられているところに幻が出現している。


 俺はどうにか間に合ったことに胸を撫で下ろした。

 今回の作戦。それはどうすれば鹿頭が近づいてくれるか、というものだ。

 奴は好戦的。燃料切れの心配もあるなら確実に殺せる瞬間に攻撃してくると俺は気づいた。

 だからこそ、隙をわざと見せたんだ。


 普通に戦ってもジリ貧に変わりないからな。なら、あいつが近づいて攻撃したくなる状況を作った。


 いろいろアドリブを混ぜることになったがおかげで狙い通りだ。


「見つけるのがギリギリすぎて怖かったよ」

「結果オーライってことで許してくださいっ♪」


 そういうことにしておこうか。

 まあ、ここまで来たら俺達の出番はない。あとは、グリーフに任せる。


『人間は頭がいいものだ。おかげで、お前を気兼ねなく殴れる!』


 ゴチンッ、と嫌な音が鳴った。

 それを聞いた鹿頭は怯えた表情を浮かべる。慌ててどこかへ逃げようとするが、グリーフは簡単に鹿頭を捕まえてしまう。


 当然だろう。燃料切れが近い状態なんだ。機動力を失えば逃げられる訳がない。


『楽しもうか、ガラクタァ!』


 グリーフはボコボコに殴り始める。鹿頭は顔だけでなく、身体も硬い拳の餌食になった。

 それはなかなかにえげつなく、敵であるはずの鹿頭に同情したくなるような悲惨な光景が広がる。


 まあ、仕方ないよな。

 俺は自分にそう言い聞かせ、亜季と一緒に目を閉じ耳を塞いで時間が過ぎるのを待ったのだった。

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