◆2◆ 俺が体感するゴリラ移動
ゴリラが支配する建物へ潜入を果たした俺は、事情により亜季を連れ去った白いゴリラ【ジャック】から一つの頼みをされる。それは兄弟分であるゴリラを助けて欲しいという内容だった。
無事に助け出せれば報酬として【魔術書】をくれるそうだ。
なかなかに貴重なアイテムを差し出すほどだから、よっぽど切羽詰まっていたんだろうと俺は思った。
何にしても亜季を助け出すことには変わりない。自由に動けないジャックの代わりに俺は亜季達の救出へ向かう。
ひとまずジャックと別れ、俺は部屋を出る。そのまま通路に沿って進むと妙に開けた空間へ出た。
そこは足場となる床がなく、下はどこまでも続いていそうだと思うほど闇が広がっている。もし落ちてしまえば確実に死んでしまうだろうな、これ。
そんな空間をどうやって移動するのか。俺が頭を捻っているとガサガサという音が頭上から降り注いだ。
なんだ、と思って顔を向けるとそこにはアクティブに動き回っているゴリラ達の姿がある。
ゴリラ達は壁に生えているツタやくぼみを使い楽しそうに移動していた。中にはピョンピョンと壁から壁へ飛び移っており、人間では不可能なアクションをしていたんだ。
ああやって移動しているのか。だから妙に足場が少ないんだな。
そんな風に感心しつつ、どうしたものかと俺は考え始める。俺はゴリラじゃないから、あんな俊敏な動きはできない。だが、ゴリラ並みに移動できなきゃ見つかった時に困る。
「う~ん、どうしたもんか」
こういう時は装備品を見るに限る。そうだな、できれば安く手に入れたい。ニャンコインが少なくなってきたし。
そうこうと考えつつ俺はニャンコマーケットを開く。
できれば体幹機能も強化したいところだが、そんな都合のいい装備品はあるもんかな?
「お?」
条件を絞り込み、検索をかけてみると数点ほど引っかかったものがあった。それらを確認し、比較する。
そして、俺が求める機能に一番近く、予算内で収まる装備品を発見した。
「クライマーグローブか。まあ、これがいいかな」
これは移動専用のグローブだ。握力やら筋力やらが強まる訳ではない装備品だが、備わっている
それは【壁移動速度の強化】と【スタミナ消費の軽減】である。
グローブ装着時しか効果が発揮されないものなんだが、逆をいえば装着している限り効果が発揮され続けるとも言えた。
さすがにゴリラ並みに動けはしないだろうが、移動するための苦労はかなり激減できるだろうって俺は考えたんだ。
ということで購入する。スマホの裏側からペッとカプセルが吐き出され、俺はそれを割ってクライマーグローブを手にした。
上手くいってくれよ、と願いつつ俺はグローブをはめる。そしてゴリラを見習い、壁から生えているツタを掴んだ。
「お?」
身体が軽い。反対の手でツタを掴み、移動してみると思っていた以上に軽快に動けた。
おお、これすごいな。
俺はゴリラの気分になりながらすいすいと壁から壁へ飛んで移動する。ツタやくぼみを走るように素早く移動し、どんどん部屋の奥へ突き進んだ。
それはそれはなかなかの爽快感あふれる移動だ。ゴリラってこんな気分で飛び回っているんだなって思うほど気持ちがいい。
今度、運動がてらに外を飛び回ってみようかな?
『えすおーえす、にゃ! えすおーえす、にゃ!』
そんな感じに飛び回りつつ移動しているとスマホがまた唸りだした。俺は一旦手を止め、姿を隠してからスマホ画面を確認する。
すると結構近くに救難信号の発信元があることに気づく。もしかしたら亜季がこの付近にいるかもしれないな。
亜季の姿を見つけようと見渡し、探してみると一つの大きな鳥籠を発見した。
そこには見張りゴリラが立っており、その奥へ目を向けると何やら騒いでいる亜季とちょっとうんざりしているバンダナを巻いたゴリラがいる。
何やら鳥籠みたいな牢屋に閉じ込められているみたいだ。
「なるほどな」
出入り口は見張りゴリラがいる一カ所のみ。ひっそり潜入したいけど、真正面から行ったら大騒ぎだろうな。
なら、真正面から行っても大騒ぎされないようにしてみるか。
俺は見張りゴリラに見つからないように回り込み、入口へ近づく。そして余っていた睡眠薬【安眠サポート】を注射器へ入れた。
やることは一つ。安眠サポートの効力を信じて注射することだ。
見張りゴリラは暇なのか、眠たそうにアクビをしている。ちょうどいい頃合いだろう、と無理矢理考え行動へ移す。
「ウホッ?」
「おねむの時間だ」
俺は素早く首元に注射器を刺し、薬を注入した。すると効力が抜群なのか、見張りゴリラは力なく前のめりになって倒れる。
なんかやべー薬だな。使うの気をつけよう。
そんな決意を固めつつ、俺は鳥籠が集まる部屋へ入った。
「諦めないで! 絶対に来ますから!」
『もう静かにしてくれ。俺はもうすぐ処刑される』
「されません! 界人さんが来ますから!」
なんか亜季が懸命に励ましているな。えっと、あのバンダナゴリラがジャックの言ってたやつか?
確かにジャックの首輪とは違うな。ならあいつで間違いないか。
ひとまず亜季に声をかけるか。
「絶対に来てくれます。界人さんが助けてくれますから! だから、だから――」
「俺がどうしたんだ? 亜季」
そう声をかけると亜季は反射的に振り返った。そして俺の顔を見るや否や、目から大量の涙を流し始める。
「がいどざぁ~ん! ごわがっだよぉ~!」
俺を見て安心したのか、それとも泣かないと恐怖を忘れられなかったのか。どちらにしても亜季は情けなく泣いていた。
まあ、仕方ないことだろうな。
俺は泣き続けている亜季からバンダナゴリラへ視線を向ける。するとその顔は大きな驚きに満ちていた。
『お前、どうやって……?』
「人間だからな。頭と度胸を使ったよ」
『そんなものでどうにかなんて――』
「してきたんだよ。苦労したぜ」
さて、軽口たたくのはこのくらいにしておくか。さっさと脱出してジャックを安心させてやらないとな。
そんなことを考えていると妙な影が目に入った。
思わず気になり、振り返る。すると唐突に鹿の頭が目の前にあった。思わずギョッとし、蹴り飛ばそうとする。
だが、その攻撃は簡単に回避されてしまう。そして、それはカウンターとしてしなる腕を振り、俺の頬をぶった。
「ぐげぇっ!」
思いもしない攻撃を受け、一瞬意識が飛びかけた。だが、どうにか歯を食い縛り俺は鹿頭を睨みつける。
もう一度蹴り飛ばしてみようと攻撃を試みるが、今度はスライドするように後ろへ下がられてしまった。
「なんだこいつ?」
鹿頭の全貌がそれでよく見えるようになる。身体は古い形式のストーブで、右腕部分は掃除機、左腕部分はホースがついていた。
足となる部分にはまたこれまた形式の古いストーブがついており、そこから異常な火力が放たれている。
その発せられている火力で鹿頭は飛んでおり、身体の制御はあちこちについた小型扇風機の風力で行っているようだった。
『カケケケケケケケェーーーーー!!!』
集落を襲ってきたガラクタモンスターだ。俺はそう直感した。
見た限り、俺を見逃す様子はない。なら、戦って勝つしかないな。
「界人さん!」
「ちょっと待ってろ、亜季。あいつを片づけてすぐに助け出してやる」
こんな足場がないようなところで、また変な奴に襲われる。なかなかに嫌な状況だ、と思いながらも俺は拳を硬く握った。
ガラクタモンスター、おや鹿頭はそんな俺を見て勝ち誇ったかのように嘲笑う。
お前には勝ち目なんてない、と告げているかのようでもあった。
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