◆5◆ 俺と夢の中の白い女性

『――きて、起きて』


 誰かの声がする。それは誰の声なのかわからない。ただ、どこか懐かしい気がした。

 なんでそんな感覚を抱いたのかわからない。だけど、どこかで聞いたことがある気がしたんだ。


『起きて、起きて! あーもー、起きてって言ってるでしょ!』


 俺が微睡みにかまけていると唐突に腹を殴られた。思わず「グボッ」という情けない声を出してしまう。

 強烈な痛みが頭に伝わったためか、甘く心地いい微睡みはどこかへと消えてしまった。そのおかげか頭が完全に目覚めちゃったね。


「っ~~。何すんだよ!」

『あ、やっと起きた。もー心配したんだからね』


 心配した、というわりにはなかなかに暴力的な起こし方だったが。ひとまず俺はツッコミを入れることをガマンし、叩き起こしてきた女性を見た。


 白く背中を覆うほどの長い髪に、淡い青を基調としたドレスワンピース。その手足は細く、身体は亜季に負けないほどの小柄だ。

 そんな白い女性が俺の顔を覗き込んでいる。幼さが残る顔はなかなかの魅力があり、それはそれでかわいいものだ。


『ふふ、相変わらず無茶してるね。これだからお姉ちゃんは目が離せないよ』

「お姉ちゃん? いや、アンタ誰だよ?」

『誰って……あ、そっか。私のこと忘れちゃってるか』


 彼女はどこかシュンと落ち込んだような様子を見せた。はて、どこかで会ったことがあったか? いや、会っているならこんな特徴だらけの女性を忘れる訳ないんだが。

 そんなことを考えていると彼女は『よしっ』と気合いを入れ直して立ち直る。そして胸を張り、俺にこう自己紹介をした。


『私の名前は羽瑠よ。そうね、ダンジョンの管理者をしてるわ』

「ダンジョンの管理者? なんだそれ?」

『詳しくは教えられないけど、敢えていうなら言葉通りの意味ね。ちなみにだけど、あなたが見てる私は本当の私じゃないわ』

「どういうことだよ?」


『本物の私は遠い場所にいるってこと。本来なら私が直接問題の対処をしないといけないんだけど、事情があって動けないの。だからあなたにコンタクトを取ったのよ』

「あーっと、よくわかんないんだけど。整理してもいいか?」

『いいわ。でも時間がないから早めにお願いね』


 えっと、つまりだがこの女性はありとあらゆるダンジョンの管理をしているってことでいいのか?

 だけどなんか問題が起きて対処したいけど、動くことができない。その問題が起きている場所が俺のいる墓場ダンジョンで、だから俺に接触してきた、ということでいいのかな?


 何がどう起きてどんな問題が起きたのかわからないけど、こっちは亜季が誘拐されたんだ。まずはそっちをどうにかしないといけないんだが。


『整理できた?』

「一応。悪いけど、こっちは仲間が連れさらわれたんだ。そっちの事情に付き合ってられない」

『大丈夫、一応目的地は同じだから』

「どういうことだよ?」


『あなたの仲間が誘拐された場所にまず行って欲しいって言ってるのよ。ついででいいから、あるものを確認して欲しいの』

「そんな暇があると――」

『あなたなら暇がなくてもやる。そうでしょ?』


 こいつ――

 俺は羽瑠を見つめた。彼女の瞳はまっすぐ俺を見ており、何一つ疑っていない様子だ。

 まるで俺のことを知っているかのような顔で、思わずうんざりしてしまった。


「わかった。確認しておくよ」

『それでこそ界人くんね』


 期待通りの返事をしたのか、彼女は満面の笑顔を見せる。なんだかこの笑顔、苦手だな。


『じゃ、君がこれから向かう神殿の真ん中に私の目的があるから見ておいてね。あ、連絡先は【ニャンコメッセージ】に登録しておいたからそれでお願いね』

「へいへい、了解しました」

『返事は一回!』

「了解しましたよ、羽瑠」


『呼び捨てにするな、界人くん! これでも私は君よりお姉さんなんだぞ!』


 言い返しが子供っぽいぞ、と思っていると羽瑠が抱きついてきた。なんだ、っと思ってると彼女はこう言い放つ。


『頑張ってね』


 彼女は笑う。どこか寂しげで、悲しげでもあり、なんだか弱々しい笑顔だ。

 よくわからないが、彼女の手を離してはいけないと思った。だけど彼女は俺を突き放し、手を振る。


『待ってるぞ、界人くん。君からの報告をね』


 俺の意識は、彼女が手を振った瞬間に途切れた。




 心地いい冷たさが身体を包み込んでいる。なんだか不思議な夢を見た気がするが、あれは何だっただろうか。

 そんなことを思いつつ俺は身体を起こした。空はすっかり暗くなっており、草原は闇に包まれている。

 ふと、何気なく触れていた地面に目を向ける。なんだか心地いいプヨプヨとした感触が伝わってくるな、っと思っているとニュッと俺を見つめる何かがあった。


「おわっ!」


 これスライムだ! 大きさ的にキングじゃねーか!

 思わず驚き、逃げ出そうとしていると聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「あ、兄ちゃん! 起きたんだな!」


 俺は声がした方向に身体を向ける。するとそこにはスライムの王冠を被ったカロルの姿があった。

 よく見るとカロルの周りにはぴょんぴょんと跳んでいるたくさんのスライムの姿がある。まさかあの王冠の効果なのか?


「カロル、もしかしてお前が助けてくれたのか?」

「まあね、って言いたいけど俺じゃないよ。ここにいるスライムが兄ちゃんを助けてくれたよ」

「助けてって、どうして?」

「よくわかんないけど、王冠を被って頼んだら助けてくれたよ。なー」


「きゅぴー」


 すっかりスライムと仲よくなったカロルを見て、俺は呆然とする。おそらくスライムの王冠はスライムを従わせることができる能力があるな。

 困ったことにカロルは結構な適性があったから、スライムキングも従わせることができたのだろう。たぶん。


「ひとまず兄ちゃんが無事でよかったよ。姉ちゃんに怒られるだけじゃ済まなかったし」

「お前のおかげで助かったよ。それより亜季は?」

「……ゴリラに連れていかれたよ。俺は、追いかけられなかった」

「そうか」


 カロルは悔しそうな顔をしていた。

 仕方ないことだ。俺が一撃で倒されたんだ。追いかける勇気なんて出ないだろう。


 それにしても、あのゴリラはなんだったんだろうか。喋ったし、何なら妙な能力も使ったしな。

 何にしても、早めに追いかけて亜季を助けよう。妙な胸騒ぎがするしな。


「カロル、俺が倒れてからどのくらい経った?」

「えっと、二時間ぐらいかな」

「じゃあ、あのゴリラが待ってる場所に急ぐぞ」

「えぇー! もう少し休んだほうが――」


「急がないとヤバい気がするんだ。休んでられるか」


 それにあのゴリラ、意図的に目的地を教えたからな。何か目的があるに違いない。

 その目的はたぶん、俺達と利害が一致している。


 俺は何気なくスマホ画面を表示し、ニャンコメッセージを開いた。そこには【羽瑠】という名前がある。

 彼女の目的、それがおそらくゴリラの目的にも繋がるはずだ。


「それじゃあ行こう。亜季を助けにな!」


 何が起きているのかわからない。

 だけど、それでも俺は突撃する。亜季を助けるために、ただひたすらに。

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