第三章 週刊誌と手つなぎ 2

 翌朝早く、唐突にジャニ西の面々と磁路はプロデューサー太上に呼び出された。行ってみればなぜか紅害嗣と納多もいて険しい表情をしている。


「困ったことになってのう」とプロデューサーが、丁寧に磨かれた漆黒の机の上に投げたのは週刊誌だった。


 明日発売予定のものである。たくさんの煽り文句で飾り付けられた表紙に、ひときわ目立つ大きな文字で「アカペラグループセンターボーカルと、牛家族ボーカルがメンバーに極秘で真剣交際!」と記載されている。


 慌てた磁路が中身をめくって確認すると、玄奘と紅害嗣の交際捏造記事であった。手をつないで高層ホテルに入る写真や、VIP席で二人が隣りあって食事をしている写真まで掲載されている。


 「ジャニ西の新曲に紅害嗣が参加することになったのも、恋人のそばを離れたくないGenjyoがゴリ押しして会社に認めさせたもの」、「ジャニ西のメンバーはGenjyoの交際に立腹しており、玄奘は孤立しグループ内の雰囲気も険悪極まりない。今度の新曲でGo-kuがメインをとることになったのもグループの解散を見据えてのことであり、年内に解散する可能性もある」と事実無根の内容がこれでもかと記載されていた。


「そんな……」


 青ざめてうずくまりそうになる玄奘の肩を、悟空はがっしりと掴んで支えた。ジャニ西の記事が週刊誌に載るのは初めての事である。


「VIP席の内部の写真まであるということを鑑みるに、おそらくホテルの関係者が情報を売ったのであろう」


 冷静に内容を分析して磁路は言った。


「兄貴が皿を散らかして部屋が汚れたからホテルオーナーが腹いせに、週刊誌に告げ口したんじゃねえの?」


「いやしかし、清掃代と弁償代を含めた慰謝料は、会社からとうに支払い済みのはずであるが」


 八戒と悟浄は首を傾げた。


 悟空は紅害嗣をちらりと見た。


「おれ達を別れさせようと、お前がやったってわけでもねえんだな?」


「玄奘に嫌われることはもうしねえよ」と、紅害嗣は吐き捨てるように言い、納多も「確認済みだ」と頷いた。


 磁路は現実的な策をプロデューサー太上と一つ一つ確認する。 


「会社としての方針はどうなさる?」


「明日の朝イチで記事は事実とは異なるという内容の声明を会社は出すが、世間の論調までは操作しきれぬからなあ」


「来月には新曲発表も控えておりますが、新曲のイメージダウンは否めないやもしれませんね。社長は何か仰ってましたか?」 


「社長は既に今回の記事は誰の差し金であるかわかっておられるご様子であった。かといって我らには明かしてくれまいがの」


 一方の納多はジャニ西に謝罪する。相変わらず爽やかなお辞儀をする男である。


「記事掲載の発端は紅害嗣が玄奘を攫ったことである。本当にご迷惑をかけて申し訳ない」 


「それを言うなら、攫ったのはうちの豚が唆したせいでもあるからお互い様だ」


 悟空が言うと、元凶の八戒はうへへと笑った。本当に緊張感のない豚である。


 プロデューサ太上は話を締めくくった。


「週刊誌に載るというのはそれだけ名が売れてきたという証拠でもある反面、お主達の行動にはより一層の責任と慎重さが求められるようになったわけじゃ。会社としての対応はこちらで行うが、ファンの反応はお主たちに直接届くこともあろう。マネージャー二人はメンバーの精神的疲労にまずは留意してやってくれ。一旦、解散じゃ」







 会議室を今回の記事への対策本部として使用することにし、居心地の良いようにソファや冷蔵庫、各種家電を持ち込んで、寝泊まりができるように簡易的に改装した。磁路は二十四時間対応のためしばらくここで寝泊まりするらしい。


 関係各所から鳴り響く電話には磁路が応対し、先程からずっと頭を下げ続けている。「これをバネにジャニ西はもっとはばたきますゆえ」と磁路が白い歯を見せて笑えば、その優大な美しさと明朗さに相手の対応も柔らかくなるのがさすがであった。ただしこれは顔を見せないと効果が半減するので、今もかかってきた電話に「○○さん、大切なお話であるからしてぜひ顔を見てお話を」と画像通話に誘っている。


 SNSの警邏は悟浄の担当である。パソコン3台を駆使し、ファンの反応を収集している。磁路と共にあとで分析して傾向と対策を練るらしい。


 八戒は朝のテレビニュースでの放送を「今の写真、俺だけ見切れてんだけど」「俺の写真もっとカッコいいのあっただろ」などと文句を言いながらザッピングしている。


 真っ青な顔で頭を抱える玄奘に、悟空はおなじみの三角パックのコーヒー牛乳を差し出した。


「これ、お好きでしょう?」


「わざわざ買ってきてくれたのか。ありがとう……」


 玄奘は受け取ったものの、それを飲む気配はない。足元の床を見つめながら深刻な声で言った。


「私が皆に迷惑をかけてしまった」


「玄奘はむしろ被害者じゃないですか。何も気にすることはありません」


「それでも……」


 顔をあげて言い募ろうとする玄奘の首筋は、色白の肌がなお白くなり青い血管が透けて見えた。


「磁路、ちょっと玄奘休ませてくるわ」


 悟空の提案に電話中の磁路はニコッと頷きながら手を振り、八戒と悟浄も「そうしろ」と口々に言った。慌てたのは玄奘である。悟空に肩を抱かれるようにして立ち上がったものの、会議室を出ようとするのには抵抗した。


「そんなっ、原因を作った私がこの場から逃げるわけには……」


「ここにいてもできることはないですし、今は休むことがあなたの仕事です」


 通話を切った磁路が、見つめ合う二人に言った。


「会社の出口とそなたらのマンションは記者が張っているに違いない。絶えず騒がれては心安らげまい。裏口から出られるよう車と運転手を手配する。仮住まいとなるホテルも取っておこう」 


「悪いな」


「なんのなんの、マネージャーの務めだ」

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