第44話 負け犬が観覧車に貼りついたよ



 ……それは、柊 愛にとって、十七年を生きてきて初めての、告白だった。いや、告白になるはずだった。

 十七年の時間という、愛にとってのすべて。彼女にとっては、今こそ一世一代の瞬間だった。


 想いを寄せる相手に、自分の気持ちを伝える。それはとても勇気のいることだ。

 愛は、今日この時、ついに勇気を振り絞って、生まれて初めての告白をするはずだった。


 ……だったと、いうのに……


「げひゃひゃひゃひゃ! どいつもこいつも、あちこちでイチャイチャしやがって。この俺様が、イチャイチャカップルを別れさせてやるぜ!」


 全身黒タイツ……どころか、黒いペンキで体を塗ったのではないかと思えるほど真っ黒な体。

 背中から生えた翼は、一見悪魔のようにも見える。


 さらには、翼には無数の目のようなものが開いている。

 見ているだけでも、気持ちの悪くなるものだ。


 それは、変質者でもなければ頭のおかしなコスプレイヤーでもない……

 怪人だ。怪人だが、その物言いはカップルに嫉妬しているただの輩だ。


「おぉっとぉ、そこにいんじゃねぇかラブラブオーラ出してる男女がよ!」


「か、怪人……!」


 目をつけられた尊の体が、震える。

 怪人……それは尊にとって、両親を殺した存在だ。トラウマそのものだ。それが今、目の前にいる。


 プールでは、見ず知らずの女性がいたため無我夢中で体が動いていた。

 うまく、虚勢は張れたと思う。


 だが、ここには愛がいる。守らなければ。

 愛の前でカッコ悪い姿は見せたくない気持ちと……尊の事情を知っている愛の前ではカッコつけられない、という気持ちが渦巻く。


「手始めに、てめえらをぶち壊してやるぜ!」


 げひゃひゃ、と怪人は、下品な笑みを浮かべた。

 その姿に、尊は恐怖し……愛は、先ほどから黙っていた。


「あ、愛? どうし……」


「げーっ、ひゃひゃひゃ! なんだよ、彼女のほうはもう、怖がって固まってんじゃねぇか! げひゃひゃ!」


 うつむく愛。

 彼女が抱いているのは、怪人や尊が予想するように、恐怖か……はたまた、頭が真っ白になって恐怖さえも感じられなくなってしまったのか。


 ……その、どちらでもない。


「……んでよ」


「あん?」


 今、愛の頭の中にある感情は、ただ一つ……

 怪人に対する、純粋な怒りだ。


「なんでよ……」


「はぁー? もっと大きい声で言ってくださーい。げひゃひゃ!」


 怪人がわざとらしく、耳に手を当てる仕草をする。さらに、ゆっくりと距離を近づける。


 怪人との距離が近づく恐怖……しかし今はとにかく、ここから逃げることが先決。尊は、そう考えていた。

 なんとか、怪人の興味をそらせないだろうか、と。


「愛、大丈夫か? 隙を見て……」


「なんでよ……なんで、なんでいつも、こう……」


「愛?」


 怪人に聞こえないように逃げようと呼びかける尊だが、愛からの反応はない。

 代わりに返ってくるのは、ボソボソした言葉だ。


 それは、果たして……


「げひゃひゃひゃひゃ、あーおもしれぇ。けどそろそろ、リアクションがほしいなぁ。

 おい女、俺様の姿をよく見ろよ。俺様こそ、いずれはすべての怪人たちを統べることになる怪人、ザッ……」


「なんでいつも、こうなるのよぉおおおおおおおおお!!!!!」


「おばぶぅううぅううっうううぁいあああぁあああはぁあああん!!?」


 魂からの叫びと共に繰り出された、愛の右ストレートは……怪人の腹部へと、衝突した。

 ドォン……と、まるで爆弾でも爆発したんじゃないかというほどの、大きな音だった。


 その直後、怪人は情けない声を上げ、吹っ飛び……ビターンと、観覧車のゴンドラへと激突した。


「ママー、負け犬が観覧車に貼りついたよ」


「しっ、見ないふりをするのよりょーちゃん」


 ゴンドラが揺れた。


「はぁ、はぁ……」


 一世一代の告白を、台無しにされた愛の渾身の一撃が、炸裂した。

 それでいて、まだ怪人が原型をとどめているのは、奇跡とも言うべきだろう。


 もしも愛がヒーロースーツを着ていたら、あのパンチを受けて怪人は爆殺されていただろう。


「あ、愛……?」


「はっ……?」


 息も荒く、なんとか整えようとする愛に、尊の困惑した声が届いた。

 その瞬間、愛は気づく。やってしまった、と。


 いくら怒りに身を任せていたとはいえ、あれはないだろう。怪人を素手でぶっ飛ばす女の子なんて、女の子として見てもらえるわけがない。


「いや、あの、尊? 今のは、違うの、これは……」


 愛は必死に、言い訳を考える。しかし、それは難しい。

 実は私がヒーローレッドでその影響で力が強くなるんだーという説明なら、納得してくれるだろうか。

 正直、本当のことではあるわけだし。


 困惑する尊。本当のことを話してしまうか? それとも、なんとかごまかすか? ごまかせるか?

 こくこくと時間が流れる中で……尊は、真剣な目で愛を見つめた。


(な、なんて真剣な眼差し……!

 もしかして尊、レッドの正体に気づいてた……とか?)


 その眼力に、愛は恥ずかしくなる。

 もしかしたら、薄々レッドの正体には気づいていたが、今確信を得た、ということかもしれない。


 考えてみれば、おかしいところは多い。これまでの件もそうだし、プールの件だってそうだ。

 もしバレてしまっているなら、これはもう隠し通せるわけがない。


「愛……お前……」


 先ほどの、尋常ならざる光景に、尊はなにを思うのか……

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