第43話 一世一代の告白



 昼食を終えた二人は、残る時間を悔いなく過ごすように、思い切り遊ぶことを決める。

 そして、目に入ったアトラクションすべてに乗る勢いで、足を運んでいく。


 まず二人が乗ったのは、ゴーカート。遊戯用の小型自動車を運転するものだ。遊戯用なので、当然免許は必要ない。

 次に、メリーゴーランド。尊は恥ずかしがったが、愛にせがまれ乗ることに。

 それに回転ブランコ。観客全員が飛んでいるような姿が、印象的だ。


 他にもいろいろなアトラクションに乗り、二人の間に笑顔は絶えなかった。


「あははは、あー楽しい」


「だな。遊園地なんて初めて来たけど、今度渚と来てみるかな」


 これまでに、遊園地に来た経験がなかったが……いいもんだなと、笑う。

 とはいえ、今回は割引チケットがあったから来れたが、普段はそうもいかないだろう。


「えっと、次は……」


「そろそろ、アレ行っとくか」


 キョロキョロと、忙しなく首を動かす愛に、尊はある一点を指さした。

 そこにあるのは、遊園地の中でも一、二の人気を争うであろうアトラクション。遊園地イコールそれをイメージする人も少なくないだろう。


 ジェットコースターだ。昼食後すぐは、気分が悪くなる可能性もあるからと、やめておいた。

 だが、時間が経ち……頃合いだと思えた。


「お、いいねぇ」


「じゃ、行こうぜ」


 二人は、ジェットコースターの待機列へと向かう。

 それなりに人は並んでおり待機時間があったが、談笑する二人にとってはたいした時間ではなかった。


 そしてついに、二人の番がやって来る。


「わー、ドキドキする」


「そうだな」


 遊園地に来たのが初めてとなれば、ジェットコースターに乗るのも初めてだ。

 若干の緊張と不安がありながらも、同時にそれ以上の期待がある。


 係員の案内に従い、ベルトで体を固定。

 振り落とされてしまわないよう、しっかりと座る。


 準備が完了し、いよいよコースターが動き出す。


「結構ゆっくりなんだな」


「だね。けど……」


 レールの上を、ゆっくりと進んでいく。しかし、愛はわかっている。

 これが、あと数秒後に来る衝撃の準備だということに。


 レールに従い、コースターはゆっくりと上昇していく。

 途中、レールが途切れているように見えるが、レールが途切れたわけではない。


「来るよ」


「お、おう」


 頂点へと至ったコースターが、下っていくレールに従って急加速して、進んでいく。

 先ほどのゆっくりスピードとは全然違う。先ほどとの速度差が余計に、体感速度を感じさせる。


 落下する際の浮遊感が、乗客を包みこんでいく。


「きゃーーー!」


「うぉおお!?」


 乗客が一様に、声を上げる。それは歓喜の、あるいは恐怖も混じったものだ。

 愛もまた、楽しそうに声を上げていた。尊の声は、果たしてどちらだろうか。


 長いと思われていたレールの上を、コースターは流れるように猛スピードで進んでいく。ゆえにジェットコースターだ。

 とてつもない長さのレールを、ものの数十秒で走り抜けた。


「っはぁ〜、楽しかった!」


「け、結構速かったな」


 ジェットコースターから降りた愛は、うんと伸びをしながら、晴れやかな笑顔で言った。

 尊も、若干疲れた様子ではあるが、楽しそうだった。


 先ほどは、無神経な行動で尊のトラウマを刺激してしまった。だから、少しでも尊が楽しんでくれたら……

 その思いから、愛は積極的に尊を引っ張っていった。


「いやぁー、でも楽しいや。愛と来れてよかったよ」


「も、もう、なんか恥ずかしいなぁ」


 これは、もしやいい雰囲気なのでは……と、愛は思った。

 二人きりで遊園地、いろんなアトラクションに乗り互いの緊張もほぐれたし……


 そう意識した瞬間、愛の心臓が高鳴る。同時に、体も熱くなっていく。

 今、気付いたのだ……尊と、自然に手を繋いでいる。いつからだったろう。


 固く、そして大きな手。愛の頭を撫でるその手が、愛は好きだった。


(こ、このシチュエーションは……)


 ドキドキ、と愛の心臓が騒ぎ出す。

 このうるさい音が、尊に聞こえてしまっていないだろうか。


 これは、良いのではないだろうか。いっちゃっていいのではないだろうか。

 今まで、愛は自分の気持ちを直接、伝えようとはしなかった。それは、尊に女の子として見られているかわからないし、なによりこの関係が変わってしまうのが怖かったから。


 幼馴染であり、互いの家を行き来する仲。下手な恋人よりも近い今の距離は、心地良いものだ。

 もし、告白をして……それが断られたら。その心地良い空間すら、なくなってしまうのだ。


 完成した関係性ほど、なかなか変えにくいものなのだ。


(でも……)


 いつまでもこのままでいいとは、思っていない。なにもしなければ、なにも変わらない。

 それどころか、いつ尊に恋人ができるかもわからない。今は愛が目を光らせているから、見る限り女の影はないが……


 尊が女子に人気があるのも知っている。愛の知らないところで、なにがあるとも限らない。

 なにもしないまま、いつの間にか尊が離れていったら……


(そんなの、耐えられない……)


「? 愛、どうかしたか?」


 なにもしないまま関係が終わってしまうのと、勇気を出した結果に関係が終わってしまうのと……どちらを、選ぶか。


 愛の手に、力が込められる。握られる強さが増し、尊が声をかけた。

 そして愛は、足を止める。


「尊……あのね」


「おう」


「は、話したいことが、あるの」


 愛は、尊へと向き合う。手は繋いだままだ。

 顔が熱い。きっと、顔が赤くなっている。尊にもバレている。恥ずかしい。


 尊はじっと、愛の言葉を待っている。

 愛は、深呼吸をする。今だ……伝えるのだ、昔から彼に抱いていた、想いを。


 『好き』だという、その気持ちを。


「私は、たけ……」


「げひゃひゃひゃ! 遊園地なんてリア充の巣窟、全部ぶち壊してやるぜ!」


 今、柊 愛の中で、一世一代の告白が紡がれる……

 ……はずだった。


 空から、バサッと大きな翼をはためかせて現れたのは、紛れもなく怪人だった。

 人型の真っ黒な体は、一般男性の大きさ……しかし背に生えた翼は、その数倍ほどの大きさがある。


 その言葉には、遊園地というかリア充に対しての恨みつらみが込められていたが……そんなこと、彼女にとってはどうでもよかった。


「か、かいじ……」


「…………」


 怪人の出現に狼狽える尊とは裏腹に……黙りこくる愛。

 彼女の中で、なにかがブチギレた。

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