第38話 遊園地へ行こう!



 翌日……待ち合わせ場所である、駅前に尊は立っていた。

 休日のお出かけなので、当然私服だ。サイズの大きなトレーナーに、太めのパンツを合わせたカジュアルスタイルだ。肩からは小さめの鞄をかけている。


 正直、尊はあんまりおしゃれには詳しくはない。そのため……



『はぁ!? 明日あいちゃんとお出掛け!? いいなぁ渚も行きた……あ、あぁー、はいはいそういうことね。

 もう、なんでもっと早く言わないかなぁ! たけにぃの私服、いいの見繕ってあげるから!

 まさかTシャツにジーンズとか考えてないでしょうね!?』



 今日のことを知った妹の渚が、尊の私服を見立てたのだ。

 良かったのが、尊の私物にそれなりにイケる服が混じっていたことだ。


 以前渚と出かけた時、渚から勧められて買ったものだ。


「はぁ、変じゃねえかな」


 今までに着たことがないスタイルに、尊は若干不安だ。

 一応、家を出る前に鏡で確認してきたし、渚からも「まあ落第点かな!」とオーケーはもらった。


 落ち着かない様子で、尊はスマホを見た表示されている時間は、朝九時五十五分。

 待ち合わせは十時なので、五分前だ。時間にちゃんとしている愛が来ていないなど、珍しい。


 集合は駅の、噴水前に指定した。なので、迷うことはないはずだが……まさか、待ち合わせ場所か時間を、間違えたのだろうか。

 尊は、何度目かとなる確認を、しようとして……


「尊ー、お待たせー!」


 いつも聞く、活発な声が聞こえた。

 もしかして事故に……なんて考えも出てきていた尊は、ほっと一息つきつつ、スマホをしまい愛へと目を向ける。


「ったく遅いぞ愛。なにして……」


 ……そして、駆けてくる愛の姿を見て、言葉を失った。


「い、いいでしょまだ、集合時間前なんだから」


 時間に遅れたのならまだしも、まだ時間にもなっていないではないか、と愛は頬を膨らませていた。

 少し息を切らせているし、急いでくれたのだろうか。


 ゆるめのニットに、短めのキュロットスカートを合わせたスタイルの愛は、尊と同じく肩掛けの鞄を持っている。

 活発な彼女に、よく似合っていると思えた。


「……な、なによ」


 こちらから声をかけても、返答のない尊に、若干の不安を覚えて愛は口を開いた。


「あ、あぁ……なんか、いつもと違うような気がして」


「そ、そうかな!?」


 そんなに違うカナー、と言いながらも、愛は気づいてくれたことに内心ガッツポーズをしていた。

 服装も普段は取り入れないようなものだ。普段、制服はともかくスカートはあまり履かない。


 だがそれ以上に、いつもはしないことをした。それは、化粧だ。

 もちろん、自分でしたわけではない。母にお任せしたのだ。


 とはいえ、もともと素材のいい愛に、派手な化粧は逆効果だ。

 さらに、今日の予定は遊園地。活発な動きをすることが予想されるので、化粧が崩れてしまわないようナチュラルメイクだ。


(お、お母さんすごい……!)


 ナチュラルメイクだかなんだか知らないが、普段と変わらないメイクならメイクをする必要はないじゃないか、と愛は思っていた。

 実際、鏡で見た時も、いつもの自分とさほど違いがあるようには思えなかった。


 だが……実際に愛の姿を見た尊の様子は、効果ありと思えるものだった。


(てか、尊も普段見ないような服だな……)


 いつもは、もっとラフな恰好のはずだ。

 もしかして今日のために……と嬉しく思ったが、すぐに渚の顔が浮かんできて、くすっと笑った。


「な、なに急に笑ってんだ」


「ううん。渚ちゃんに選んでもらったその服、よく似合ってるよ」


「な、なんでわかる」


 やっぱり、そうだ。おしゃれに頓着な尊が、一人で服を選べるとは思えない。

 まあ、人のことは言えないが。


 渚のことだ。きっと、ノリノリで尊の服を選んだに違いない。


「じゃ、行こっか。電車乗るんだよね」


「あ、あぁ」


 待ち合わせしたのだ、ずっとここにいても仕方がない。

 今から愛たちが向かうのは、この駅から駅三つ分を移動した先にある遊園地だ。


 電車は乗り継ぐ必要はなく、近いわけでも遠いわけでもない距離にある。

 だが、その遊園地に行ったことはない。尊とはもちろん、家族とも……


 もし物心つかないほど小さい頃に行ったことがあれば、母がなにか言っているだろう。


「あー楽しみだなぁ。尊、どんなエスコートしてくれるのかしら」


「う……あんま、期待はすんなよ」


「にしし」


 わかっている。女性をエスコートとか、尊の柄ではない。

 だとしても、愛は嬉しかった。こうして、尊とお出掛けできることが。


 ……そういえばこれは、デートでいいのだろうか。

 休日に、男女二人で遊園地に遊びに行くなんて、それはデート以外の何物でもない、と恵は言っていたけれど。


 だがわざわざ、「これってデートなんだよね」と尊に確認する勇気などない。


「わ、もう電車来ちゃうよ」


 駅の構内で切符を買い、ホームへ急ぐ。

 出発時間から逆算し、余裕を持てるように待ち合わせ時間を決めていた。


 だが、若干とはいえ待ち合わせ時間より早く集合したことで、出発時間の電車は早めのものに乗ることができた。

 少し急いだが、その分多くの時間遊園地で遊べると考えれば、安いものだ。


 二人は、無事電車に乗り込んだ。


「ふぅ、危ない危ない」


「ったく、なんで待ち合わせより早く着いたのに、急ぐ結果になってんだよ」


「まあまあ、いいじゃない」


 予定通りに行かないのなんて、当たり前だ。それも含めえて、この時間を楽しむのだ。

 席は空いていなかったため、二人は吊革につかまり、談笑したりして電車に揺られる。


 窓の外で流れていく景色を、ゆったりと眺めながら。

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