第39話 私たちが遊園地に来た!



「ついたー!」


 電車に揺られ、約十分。無事目的地の駅につき、愛と尊は電車を降りた。

 電車であれば、遠い駅もすぐだ。それに、尊と話していたおかげで、時間が早く感じた。


 電車の中では、別段トラブルなんてなかった。

 満員でもなかったし……痴漢をされる、なんてこともなかった。


 まあもし、痴漢をしてくる輩がいれば、どうなっていたかわからない。相手が。

 普通の女の子なら、痴漢に遭遇したら恐ろしくてなにもできないだろう。だが、日々怪人と戦っている愛にとって、痴漢なんて大した相手ではない。


 ……プールでナンパされそうになったときのことを、すっかり忘れている愛である。


「こっから少し歩くけど、大丈夫か?」


「んへへ……あ、う、うん! もちろん!」


 まあ痴漢なんかには絶対触らせないが尊になら少しくらいは……なんて、脳内お花畑なことを考えていた愛は、正気に戻る。


 駅から遊園地までは、まだ歩くようだ。

 だがそれくらいのことは、なんてことはない。


 尊の案内に任せて、愛は進む。

 その際、無意識にではあるが、持参した鞄をぎゅっと握っていた。正確には、中に入っているあるものを大切そうに。


「来たー!」


「おぉ、結構賑わってるな」


 十分ほど歩いたところで、大きな施設の前にたどり着く。

 人の通りは多く、休日ということもあってか人の出入りも盛んだ。もし一人なら、愛は絶対入らない場所だ。


 だが、今回は帰るわけにはいかない。


「すみません、このチケットを……」


「お二人様割引チケットですね、ありがとうございます」


 受付にて、尊が受付の人に割引チケットを見せていた。

 そういえばどんなチケットなのか見せてもらっていなかったが、どうやら二人で一枚を使えるタイプのものだったらしい。


 どのみち、他のメンバーは誘えなかった、ということだ。


「よし、行こうぜ」


「う、うん」


 どうしてか、これからというときに緊張してきた。愛は、自分の心臓がバクバク騒いでいるのを、感じた。

 落ち着け、と胸に手を当てる。こんな激しく音を鳴らしていたら、尊にもバレてしまう。


 愛の緊張が、伝わったのかはわからないが……尊は、愛の手を取り、入口に向かって歩き出した。


「……!」


 愛よりも大きくて、硬い手が、愛の小さな手を掴んでいた。

 これまでだって、尊と手を繋いだことはある。軽いスキンシップだって。


 ……だが、これはその、今までのどれよりも、ドキドキしてしまう。

 尊はきっと、いつものスキンシップのつもりだろうけど。


「……っ、わ……」


 あまりの恥ずかしさにうつむき、転ばないようになんとか足を動かしてついていき……

 遊園地の入口をくぐったところで、先ほどまでとは違う、賑やかな空間が愛を包みこんでいく。


 不思議だ……壁があるわけでもないのに、入口の外と中とで、こんなに違うなんて。

 その賑やかさに、しばし圧倒されてしまう。


「んじゃ、愛。なにから乗ろうか」


 振り向き、尊が聞いてきた。

 そうだ。時間は限られている。こんなところで圧倒されている場合ではない。


 遊園地といえば、定番はジェットコースターや観覧車だろう。

 だが観覧車はラストに取っておきたいし、ジェットコースター……というか激しめのものは、鞄の中身が崩れてしまう可能性がある。


 なので、はじめのうちは落ち着きのあるものに、乗りたい……


「うーん……コーヒーカップ?」


「なんで疑問形なんだよ」


 目に入ったのは、コーヒーカップだ。

 いくつものコーヒーカップの中に、二人か三人の人が入り、楽しそうにカップを回している。


 異論もないので、尊もうなずく。なので、愛はそそくさとコーヒーカップに乗るのだが……


(あれ? これ思ったより恥ずかしいかもっ……)


 尊と対面になる形で座ると、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。

 いつも、食卓を囲うときと同じ配置なのに……どうして、こうも違うのだろう。


 そして愛は、気づく。周囲で回っているそのほとんどが、カップルであることを。


(わ、わー! わー!

 これって、私たちもその、かか、カップルに、見えてるのかしら!)


「よし、回すぞ愛」


「え、あ、うん」


 気づいてしまった事実に、愛の頭の中はすでにお祭り騒ぎだ。

 対していつも通りに見える尊は、緊張などしていないのだろうか。


 くるくると回るコーヒーカップに揺られ、愛は髪を押さえた。

 正面では、楽しそうな尊……こういうのも、いいかもしれない。


「いやぁ、コーヒーカップなんてってバカにしてたけど、案外楽しいもんだな」


「そだね」


 ひとしきり回り終えた後、時間になりコーヒーカップから降りる。

 愛も、自分から選んだのにコーヒーカップをナメている部分はあったが……楽しい時間を、過ごせた。


 さて次は、という話になり、歩きながら気になったものに行こうという結論に。

 二人並んで歩いていると、少し先ではウサギのようなキグルミが、子供たちに風船を配っていた。


「あ、ウッサーだ」


「ウッサー?」


「子供に人気なんだよ。海が好きだから、私も覚えちゃった」


 黄色のカラーリングに、垂れ目のウサギ。なんというか、愛嬌があるような気がする。

 確かに、愛の弟海が、好きそうだ。


「愛、風船もらってきたらどうだ?」


「む、私そんなに子供に見える?」


「いや、そうじゃ……ないけどさ」


 なぜ今変な間を空けた。


「海へのプレゼント的な」


「うーん……ウッサーから貰ったっていっても、風船は風船だしな。

 それにこれからってときに、ちょっと邪魔になっちゃう」


 午後からは、ジェットコースターなどの派手めなアトラクションに挑戦するつもりだ。

 そのときに、わざわざ風船があっては邪魔になる。


 納得する尊。

 そのウッサーの近くに、お化け屋敷を発見した。


「あ、ねえあれ行こうよ! お化け屋敷!」


 目を輝かせて、愛が言う。

 見るからに、興味津々だ。


 そして、尊はというと……


「え、ん、あぁ、うん……い、行こうか」


 どうしてか、ちょっと顔が青くなっていた。

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