第24話 迫りくる恐怖



「みんな、どこだろう」


 ふらふらとした足取りで、愛は人の多い場所に出る。

 さすが夏休み中ということもあり、周囲はたくさんの人でいっぱいだ。若者から大人まで、カップル、家族連れ、親子、夫婦、友達同士……と、様々だ。


 夏場のプール、人が多くないはずはない。

 愛は、自分の迂闊さを呪った。


「しまった……」


 本当ならば、更衣室で水着に着替えてから、更衣室を出た先で合流するはずだった。

 しかし愛は、怪人の出現に伴い移動……その後、ひとけのない場所にて変身を解き、人の多い場所に出た。


 更衣室の近くに行けば、すぐに合流できた可能性はあった。あの三人のことだ、愛を放って遊びに行くとも思えない。

 しかし、離れた場所に出てしまった。


 更衣室にまで戻ろうにも、初めて来た場所で右も左もわからない。

 連絡をしようにも、プールの施設内でスマホなんか持ち歩くはずもない。

 例外的に、愛はヒーロー用のスマホを持ってはいるが……これで連絡できるのは、博士くらいだ。


「まあでも、なんとかなるよ。多分」


 迷ってしまった……とは、恥ずかしくて認めたくないけど。

 こういう、大きな施設ならば地図があるはずだ。現在地を確認し、更衣室まで移動する。


 なんなら、プールのスタッフに声をかけても良い。歩いていれば、会えるだろう。

 ということで、早速……


「へい彼女ー」


「ねーキミ、一人ぃ?」


「……」


 足を踏み出そうとしたところ、目の前に立ちふさがるように、二人の男が愛に声をかけていた。

 一人は金髪、一人は茶髪をロングに伸ばしている……


 愛と同じく、道がわからなくなり声をかけてきた……というわけでは、なさそうだ。


「ヨゥ彼女、良ければ俺らと遊ばなーい?」


「三人でイイコトしようぜぇ」


「……」


 これがなんであるか、説明されなくてもわかる。正直、されたのは初めてだ。

 そう、これは……ナンパだ。


 金髪の方は少し焼けていて、茶髪は肌が白い。二人とも、ナンパをするために準備をしてきたのか……それなりに、腹は割れている。

 ふむ、こうして見るといい体をしてはいるが……


「たけきんには敵わないかな」


「あん?」


「んぅ?」


「なんでもないです。私、待ち合わせしてるんで」


 ナンパされたのは初めてだが、こういうのはまともに相手をしてはだめだ。と思う。

 なので愛は、二人をあしらうようにして、その場から離れようと……


「まーまーまーまー、待てよってばよ」


「待ち合わせしてるのって、もしかして女の子ぉ? なら、二対二で遊ぶんじゃんん?」


「……」


 当然というべきか、二人のナンパは愛を逃さない。

 二人にとって、これはチャンス。女の子が一人で困っているのだ、これはまさにチャンス!


 愛は、その視線に不快なものを感じていた。

 ナンパが、自分を見るその目に……下心しか、感じないからだ。特に、二人の視線を強く感じるのが、胸元だ。


 ここにきてようやく、愛は気づいた。そして、やはり強く後悔した。

 せっかく新調した水着。尊に見せるより先に、こんな下心しかないナンパに見せることになるなんて。


 愛は、胸元を隠すように、腕を動かした。

 しかし、その仕草がナンパをさらに刺激することになる。


「なーなー、いいじゃんちょっぉっとお話するだけだからさぁ」


「そぅそぅ、ゆっくりと、お、は、な、し、なぁ」


 そう語る二人の目は、完全に胸元に注がれている。

 正直な話、今すぐにでも二人を蹴り飛ばして、逃げてしまいたい。愛ならばヒーロースーツを着なくても、この程度のナンパを倒すことは余裕だ。


 しかし、こんな人目の多いところで、そんな派手なことはできない。

 こうして話しているだけだと、周囲は誰も気にかけてはくれない。


「どいてくださいっ、人を呼びますよ」


「おーこわっ。俺らはただ、道を聞いてるだけだからよぉ?」


「そぉそぉ、なーんにも悪いことはしてないのよぉ」


 ナンパ男の言うとおりだ。こうして、下心ありの視線を向けられ、ナンパされているとわかっていても、実害が出ているわけではない。

 人を呼んでも、ただ話をしていただけだと言われれば、それまでだ。


 しかし、このままではいつまで経っても、動けない。

 こうしている間にも、尊たちを心配させている。もしかしたら、尊こそナンパされているかもしれない。


 そう思うと、気が気でなく……


「どいて……きゃっ」


 無理やり押し通ろうとした結果、肩がぶつかり、後ずさる。

 いくらヒーローとはいえ、素の愛は華奢な体だ。男とは差がある。


 肩がぶつかった金髪は「あ、いったぁ」と言いながら、肩を押さえている。

 どう考えても、痛くなさそうな顔で。


「あー、痛いわ痛い。骨折れてるかも? こりゃ、責任取ってもらわねぇとなぁ」


「おぉ、こりゃ暴行かぁあ?」


 まるで当たり屋のようなその仕草に、愛は本格的に逃げたくなる。

 ヒーロー状態の愛ならばまだしも、素の愛とぶつかって、骨が折れるはずもない。


 しかし、こうもあからさまな態度を取られると、かえって強く言い出せない。

 ……普段、怪人という恐ろしい存在を相手にしているのに。今は、このナンパ男の方がずっと恐ろしい。


「わ、私は、そんな……」


「いいじゃん、ちょこっと相手してくれりゃ、いいんだからさ」


「げへ、そうそう」


 金髪が、愛に向かって手を伸ばしていく。その手を、今すぐに払い除けてしまいたい。

 しかし、どうしてか体は動かない。先ほど、迫ってくる水の柱を容赦なくぶっ壊したのに。


 その手が、どうしてか恐ろしくて……


「……っ」


 ぎゅっ、と……愛は目を閉じた。

 触れられたくない。触れて良いのは、ただ一人だけ……


「おい……なにしてんだ?」


「!」


 閉じられた、視界の中で……聞こえないはずの。しかし、聞きたかった声が、愛の耳に届いた。

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