第23話 休日だったはずでした



 上空に飛び上がり、重力に従い落下するレッド。

 右拳を握り締めて、はぁ……と熱い息を漏らす。


 まさか、パンチでも打つつもりか。そんなもので、実体のないこのミズキングは倒せない。

 ミズキング本人も、それはわかっているはずなのだが……


「な、なんで、体が震えてやがる……」


 水の体が、震える。やはり初めての経験だ。

 そしてレッドは……大きく、腕を振りかぶって。


「おらぁああああああああああ!!!」


 ドパンッ……激しい音が、あたりに轟いた。

 それはまるで、車が衝突したかのようにさえ、思える音。


 プールの水は、パンチの衝撃から上空へと、水しぶきを上げた。

 振り下ろした拳は、水面へとぶち当たり……すさまじい威力を持って、その衝撃を知らしめた。


 本来、いかなる拳であっても、打撃である以上実体を捉えることはない。

 その、はずだった。


「な、んで……普通こういうのって、実体のない相手との戦いを、どうやって切り抜けていくか、そういうやつじゃん……?」


 しかし、ミズキングには大ダメージ。というか、もはや虫の息だった。

 最期の言葉が、それでいいのか。しかし、言わずにはいられなかった。


 そして、力尽きたミズキングは、消滅した。プールに張られた水は、きれいさっぱりなくなってしまった。

 それは、雨のように、周囲に降りしきる。


 相性最悪だったはずの、相手との激闘。それを終え、レッドは……


「う、うぅ、尊のお姫様抱っこぉ……」


 まだ、先ほどのことを引きずっていた。

 雨ではないなにかが、頬を流れ落ちていた。覆面の中で。



 ――――――



「レッド、お前は今日は休日だったんじゃないのか?」


「あぁ……そのはず、だったんだけどな」


 ミズキングとの激闘を終え、現場には係員や警察がいた。

 その中に、レッド……そして、駆けつけたグリーンの姿も。


「驚いたぞ。わりと早めに駆けつけたと思ったら、もう片付いてるんだもんな」


「あははは……」


「とはいえ、今回は被害が出る前に片付いてよかった。

 まさか、休日返上をしてまで、人々のために駆けつけるとは……お前こそ、真のヒーローだ!」


 なにやら感動しているグリーンは、レッドの肩をポンポンと叩く。

 どうやら、レッドがプライベートでプールに来ていた……という考えはないらしい。


 現れた怪人を倒すため、休日にも関わらず現場に駆け付けた。こういうことになっていた。

 グリーンの中でレッドの株が勝手に上がった。


「だが、人々の平和もいいが、お前自身の体も大切にしろよ!

 ヒーローといえど人間! 健康管理にはしっかり気を遣わないと!」


「そ、そうだな……」


 言えない……本当はたまたま現場にいたから仕方なく出撃しただけだなんて。

 あれが他の場所だったら、今頃尊たちと遊んでいたなんて。


 そんなことも言えないもんだから、グリーンの中でレッドの株が勝手に上がった。


「レッドさん、いつもありがとうございます!」


「警部さん!」


 話している二人に駆け寄ってくるのは、ちょっとお腹の出ている警部だ。

 彼は怪人対策課という部署らしく、いつの間にかレッドたちヒーローとは顔なじみになった。


 ヒーローが怪人を倒した後、処理を引き継ぐのが彼らだ。


「大変ですね、怪人対策課も」


「なっはっは! いやいや、我々は皆さんの後始末をしているだけですからな。大変なのは、あなた方だ。

 むしろ、あなた方に頼るしかない、自分たちを恥じているばかりですよ」


 気のいい警部さんで、ヒーローに対しても理解がある。

 中には、一部だが……ヒーローを快く思わない者も、いるのだ。


 いつも、レッドはあっという間に怪人を倒す。なので、怪人の脅威が伝わりにくい。

 わざわざヒーローに頼らなくても自分たちで処理できる、と思う者も出てくるのだ。

 これも、ある意味レッドのせいと言えなくもない。


「それにしてもレッドさん、あなた、今日休日だったんですって? だというのに、いやいや頭が上がりませんな」


「いや、そんな……」


「後のことは我々に任せて、レッドさんは休日を満喫してください。事情も、おおむね聞きましたので」


 どうやら、レッドが休日だという話は、警部も知っているようだ。博士が話したのだろうか。

 わざわざなにを話しているんだ、と思ったが、グリーンが親指を立てて多分笑っていた。わざわざなにを話しているんだ。


 しかし、そういうことならありがたい。


「でしたら、お言葉に甘えさせてもらいます。では、あとはよろしくお願いします」


「えぇ、任せてください!」


 警部と、グリーンにも礼をして、レッドはその場から飛び去ってく。

 そして、プールを出る……ように、見せかける。


 人の気配がない場所であることを確認して、変身を解いた。


「はぁああ……」


 疲れた……と、愛はその場に座り込んだ。

 まさか、休日としていたこの日に、よりにもよって目の前で、怪人が現れてしまうなんて。


 それも、あんな気持ちの悪い水の化け物。

 あんなのに暴れられたら、被害は大きかっただろう。大きなプールに移動されたら、それだけ規模も大きくなっていただろう。


 そのため、あの場で倒せたのは運が良かったとも言える。

 それも、あの盗人女のせいだと思うと、釈然としないが……


「そういえば、あの人警察に突き出した方がいいのかなぁ……

 ……ま、いっか。疲れた」


 多分だが、ネックレス盗難の被害者と犯人は、知り合いだ。そんな言い方だった。

 なら、当人同士でなんとかするだろう。すごく疲れたし、余計なことはしたくはない。


 「……尊たち、心配してるかな」


 本当なら、このまま寝転がって沈んでしまいたいが……そうも、いかない。

 愛はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと足を進めていく。

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