第14話 神成家の事情



「いらっしゃい、尊くんに渚ちゃん。さ、上がって上がって」


「お、お邪魔します」


「おじゃまします」


 朝、登校前に尊と渚を起こしに、二人の部屋に赴いた愛。

 制服に腕を通し、顔を洗って頭を覚醒させてから……登校の準備ができたところで、二人は荷物を持って家を出る。


 そのまま、向かうのは学校……ではない。隣の柊家だ。

 愛に続き、尊と渚も家に上がったところで……愛の母親から、朝の挨拶を。そして歓迎を受けたのだ。


「お、海もう起きてんのか。偉いなー」


「えっへん!」


 リビングに行くと、ソファーに座っていた海が尊のところへ寄ってくる。

 尊は思いの外面倒見がよく、なにより、ヒーローレッド好き同士で意気投合したようだ。


 目線を合わせ、海の頭を撫でる尊。

 海は気持ちよさそうに身を任せていたが、尊の後ろに続いてリビングに入って来た人物……渚を見つめると、はっと息を呑んだ。


「あ、かいくん。おはよう」


 そんな海の変化には気づかず、渚は膝を折り、海へと微笑みかける。

 尊にとってもそうだが、小さな海は渚にとっても、弟のようなものだ。思わず抱きしめたくなる。


 そんな、渚からの挨拶を受け、海は……


「ぁ……お、おはょ……」


 顔を赤らめで、尊を盾にして隠れてしまう。

 それは、ある意味いつもの光景であり……渚は、困ったように笑う。


「やっぱり、渚ってかいくんに嫌われてる?」


「そんなことないよ。むしろ、渚ちゃん相手に照れ……」


「ね、ねえちゃん!」


「ませてんなぁ」


 首を傾げ、頭の上にはてなマークを浮かべる渚。わかっていないのは本人ばかりだ。

 チラチラと渚のことを見ている海を見ていると、ほほましくなるが……


 そのとき、愛に電撃が落ちる。


(はっ……海は、渚ちゃんのことを……でも、渚ちゃんはブルーのことを……

 私ってば、どうしたら……!)


「さ、ご飯ができたわよ」


 気づいてしまった事実に、愛が頭を悩ませる。だが、それは後回しだ。

 テーブルに並べられていく、朝ご飯。ほかほかの白飯に、あったかい味噌汁。さらにはたくさんのだし巻き卵。


 かぐわしい香りに、思わずみんなの表情が和らぐ。


「手伝います」


「ふふ、ありがとう」


 尊も率先して手伝い、あっという間に五人分の料理が並べられた。

 それぞれ、席に座る。六人が座れる長机、いつの間にか配置は決まっていた。


 渚、愛、尊が並んで座り、対面に座る形で海、母だ。

 意中の相手を正面に座る海は、終始顔が赤い。


「では、いただきます」


「「「いただきます」」」


「ます」


 手を合わせ、それぞれが箸を手に料理を口にする。

 これが、いつも通りの……週のはじめの、光景だ。


 週の始まりの登校日。愛は尊と渚を起こしに行き、二人を連れてここで、食卓を囲む。ちなみに、月曜日が祝日なら、火曜日だ。

 場合によっては、ここに愛の父親も加わる。普段は、朝早くから仕事で家を出ている。


 海が大きな口を開けてだし巻き卵を食べ、口元についた食べかすを取ろうと身を乗り出す渚。

 その光景に、尊は普段見せることのない、優しい表情を浮かべていた。


「尊、どうかした?」


 それを見逃す、愛ではない。


「え、あぁいや……ホント、愛やおばさんには、感謝してもしきれないなって思って」


「もう、それは言わない約束でしょう」


 しみじみと語る尊に、言葉を返す愛。

 愛の母も、「そうよ」とうなずく。二人のあたたかさが、身に染みる。


 普段から、口に出さない……いや出さなくてもいいと愛たちが言っている。でも、その思いは大きなものだろう。

 味噌汁をすする尊の姿に、愛もまた、内なる思いを秘めていた。


「うん、おいしいです」


「ありがとう、尊くん。腕によりをかけたかいがあったわ」


 それは、傍から見れば、近所のほほえましい付き合いだ。

 それは間違っていないし、しかしそれがすべてではないことを、愛は知っている。


 尊と渚、二人がこうして、ここで食事をしている理由……それは、二人の両親が、すでにこの世にはいないからだ。


 家に入ったとき、電気は切ってあり、カーテンも閉じられたままだった。

 家の中には……二階で寝ていた二人を除いて、人の気配がなかった。なぜなら、二人以外誰も住んではいないのだから。


「ほら、二人とももっと食べなさい。おかわりいる?」


「あ、じゃあ……お願いします」


「私も」


 ご飯のおかわりをしている二人……今ではこんなにも元気だが、両親を失った当初は、当然だが憔悴しきっていた。

 二人の両親が死んだ理由……それは、怪人の被害に遭ったことが原因だ。暴れまわる怪人を前に、両親は子供を逃がすことを優先し、自分たちは……


 それは、ヒーローというものがまだ生まれていないとき。突然現れた怪人の、その被害に運悪く当たったのは、尊たちだった。

 あれは、まだ……二年ほど前のことだっただろうか。


 両親を失った二人は、親戚に預けられる……ことはなかった。愛は深くは知らないが、どうやら尊の両親は半ば駆け落ちで、親類との縁を切っていたとか。

 それでも、関係者はいた……しかし、もう自立できるだろうと結論付けた大人たちは、引き取ろうと誰も手を上げようとはしなかった。

 まだ、中学生の子供に、だ。


 そんな中、隣に住んでいた、愛の両親が、二人の世話をすると手を上げた。


「……」


 だが、世話をするとはいえ、なんでもかんでもというわけではない。なにより、二人が拒否した。

 いくら幼馴染の両親とは言え、なにもかも世話になるわけにはいかない、と。


 なので、正確には生活のサポートのようなものだ。

 この、週はじめの食事も、その一つ。毎日というのはさすがに悪いので、という二人の要望を聞いた結果だ。

 週はじめの登校日。また、休日を。


「お、どうした愛。そんな真剣にテレビ見つめて……

 お前にも、ようやくレッドのよさがわかったか?」


「え、あぁ、そう……かもね?」


「歯切れ悪いな」


 だからあの日。博士に、ヒーローのスカウトを受けた時。愛は、多少の葛藤はあったが……その手を、取った。

 自分が、すべてを救えるとは、思っていない。それでも。


 この手の届くところは、せめて。救える力が、自分にあるのなら。

 あんな顔を、もうさせたくない。だから愛は、ヒーローとして、怪人と戦うのだ。

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