第13話 みんなヒーローが好きなんです。それはそれとして黒歴史



 ヒーローブルーの正体は、博士の息子だった。

 その事実を確認した愛は、少しだけ安心した様子で、その日は眠りについた。


 そして、翌日……登校日。


「ふぁ、あ……」


 目覚めた愛は、大きなあくびをしながら、ベッドから出る。

 カーテンを開け、日の光を一身に受け、身支度に移る。


 寝巻きから制服へと着替え、荷物を準備。リビングへ向かう。


「おはよー」


「おはよう愛」


 すでにキッチンで朝ご飯を作っている母親に、挨拶。階段を下りてくる段階で、いいにおいがしていた。

 くんくんと鼻を動かして、リビングに目を移す。


「あ、海。今日は早いのね」


「ねーちゃん、おはよ!」


「おはよう」


 ソファに座ってテレビを見ているのは、愛の弟である柊 海ひいらぎ かい

 愛よりも十歳年下で、まだ小さな男の子だ。愛にとっては、目に入れても痛くないほどにかわいい。


 愛よりも早く起きていてえらい。と、愛は抱きしめに行こうとするが、「ねーちゃん顔!」と注意されたので、洗面所に向かう。

 歯を磨いて、顔を洗って、髪をセットして……


 うん、今日もバッチリ。


「海~、今日もかわいいねぇー」


「ぎゅむ……」


 身なりをきれいにしたところで、海を抱きしめる。頬擦りのおまけつきだ。

 海も、嫌そうにはしていない。もしも拒絶されたら、愛はその日一日立ち直れないだろう。


 今から反抗期が大変なことになりそうである。


「ねーちゃん、見て見て!」


「んー、なぁに?」


 海がはしゃいだ様子で、どこかを指差す。

 愛はにこにこで、その指の先を追う。そこにあったのは、テレビだ。


 愛は、渚に対する尊のことをシスコンと評しているが、愛も立派なブラコンである。もっとも、十歳も離れていては、また比較はできないだろうが。


「テレビ見てたの? いったいなんの……」


『今日の特集は、ヒーローレッドについてです!』


「ごほ!?」


 目の先、テレビの中では、ニュースキャスターが今日の特集を口にしていた。

 それは、ヒーローレッドに関するというもの。愛は、思わずせき込んだ。


 そこには、過去のレッドの映像をまとめたものが流れており、まさに特集だ。

 しかも、中にはレッドのインタビュー映像もある。


 今でこそ、怪人を倒したら颯爽と現場から去り、取材陣に囲まれることを防いできた。

 しかし、それはヒーローに慣れた今だからこそできたことだ。ヒーローを始めたばかりの頃は、勝手がわからずにインタビューを受けることもしばしば。


『レッドさんは、いつも怪人をあっという間に倒してしまいますね。

 いつも、鍛えているということでしょうか』


『え、あぁ……そう、ですね。皆さんの安全を守るため、日々精進していますよ』


『素晴らしいですね! 子供はもちろん、大人からも人気ですが、そんな人々に向けてメッセージはありますか?』


『わた……俺は、よくヒーローだなんだと持ち上げられていますが、俺はただヒーローと呼ばれているだけです。

 本物のヒーローは、皆さんの心の中にいるんですよ』


「~~~!!」


「ねーちゃん、お腹痛いの?」


 今、羞恥のあまり叫ばなかった自分を、褒めてやりたい。

 過去のインタビュー映像。それは、愛にとっては黒歴史だ。今すぐにテレビを消すか、この場から逃げてしまいたい。


 だが……


「わぁあ、かっこいいなぁレッド……!」


 目を輝かせている海の姿はかわいいので、全力で脳内メモリに保存したい。

 七歳の海にとって、ヒーローというものはまさに憧れ。子供は戦隊ものが好きだと聞くが、これはフィクションではなく現実に、いるのだ。


 ……それにしても、だ。


(な、なにが、「本物のヒーローは、皆さんの心の中にいるんですよ」よ! バカじゃないの私!!)


 あの頃は、ヒーローになって舞い上がっていた。普段、浴びることのない脚光を浴びて、調子に乗っていた。

 その結果が、あれだ。


 両親も、弟も、レッドの中身が愛だとは知らないが……みんなに話せない理由の一つが、これだ。

 こんな痛いこと言っちゃってるのに、それが自分でしたとは言えない。


「愛ー、そろそろ行かなくて大丈夫?」


「あ、そうだね」


 羞恥に悶えたいところだったが、母の声ではっと我に返る。

 時計を見れば、ほどよい時間だ。


 腰を上げて、立ち上がる。そのまま荷物は……持たずに、玄関へと向かう。

 これから登校、するわけではない。朝ご飯も、まだ食べてはいない。


「じゃ、行ってくるね」


「はーい」


 キッチンにいる母に声をかけ、愛は家を出る。

 そして、向かうのは……隣の家だ。そこは、尊と渚の暮らしている、神成かみなり家。


 幼馴染である二人の家同士は、隣り合っている。

 以前は、親同士も仲が良かったものだ。


「おじゃましますよ、っと」


 愛は、合鍵を使い家の扉を開ける。

 玄関で靴を脱ぎ、家の中へと足を踏み入れる。電気は消えていて、カーテンで仕切られているため外の光も届かない。暗い。


 その様子に、しかい愛は躊躇した様子はなく、足を進めていく。

 階段を上がり、二階へ。その足取りに、迷いはない。


 そして、一つの部屋の前で止まる。愛は軽く深呼吸をして、扉をノックする。


「尊、起きてるー?」


 コンコン、とノックをして、中にいるはずの人物に声をかける。

 それからしばらく待つが、反応はない。


 そのため、もう一度扉をノックしようとして……


「あ」


「ん……おぉ、愛か……」


「ん、おはよ」


 ドアノブが動き、扉が開く。

 出てきたのは、尊だ。彼は寝ぼけ目で、「おふぁよ」とあくびをしている。


 相変わらずだなぁ、と思いながらも、愛は小さく笑う。


「じゃあ私は渚ちゃん起こしてくるから。尊はちゃんと準備しときなさいよ」


「おー」


 本当にわかっているのだろうか。自分よりも大きいのに、この時ばかりは子供みたいだ。

 その姿に肩をすくめ、渚の部屋に向かおうとしたところで……


「愛」


「ん?」


 背中に、声が掛かった。


「……いつも悪いな。ありがとう」


「いいってことよ、気にしないで」


 振り向くと、バツの悪そうな尊の顔。愛は、敢えてニッと笑ってみせる。

 悪いななんて、そんなことを気にする必要はないのに。妙なところでしおらしいのだ。


 愛は背を向け、隣の渚の部屋の前に、立つ。そう、本当に気にすることはないのだ。

 だって、両親のいない神成兄妹を起こしに来るのは、愛にとって……週のはじめの、お約束みたいなものなのだから。

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