第11話 あぁブルー様!



「いやぁ、やっぱヒーローはかっこいいよな!」


「そ、そうね」


 あのあと、急いでその場から離れた。尊は、ブルーをもっと近くで見たいと言っていたが……

 あのとき、目が合ったような気がした。遠かったし、顔も隠している覆面スーツ越しだし、何気なく視線を上げただけかもしれない。

 たとえ目が合っても、それで愛がレッドだとバレることはない。


 しかし、それでも……あの場に留まり続けるのは、危険な気がした。


「にしても、いつもは真っ先にレッドが来てくれるのに、今回は来なかったな」


「そ、そうねー」


 正直、さっさと会話を終えてしまいたい。そして話題をそらしたい。

 しかし、ヒーロー好きな尊だ。一番好きなのがレッドなだけで、他のヒーローも好きなのだ。


 そんな彼が、目と鼻の先でヒーローの戦いを見て、興奮しないわけがないのだ。


「いやあ、レッドとはまた違って、鮮やかに怪人を倒す姿がまた……」


「な、渚ちゃん、このあとどうしよっか?」


 このままでは、尊は止まらない。なので強引に話を変える。

 怪人のせいであやふやになってしまったが、服を見ていた途中だった。ショッピングを続けるか、それとも他の場所を回るか。


 そういった意味を込めて、渚に話しかけるが……


「渚ちゃん?」


 先ほどから、いやに静かだ。

 渚も、尊ほどではないがヒーローが好きだ。なので、ブルーを見た直後でこんな静かなのは、ちょっと変だ。うつむいていて表情は見えない。


 もしかして、お腹が痛いのだろうか。それとも、怪人がまだ怖いのだろうか。

 ブルーが倒したとはいえ、彼女に刻まれたトラウマは、そう簡単に消えるものではない。距離が離れていても、怪人というだけで不安になってもおかしくない。


 だから、ここは優しく、落ち着かせてあげなければならない。


「大丈夫だよ渚ちゃん。怪人はもうブルーが倒したから。それに……」


 いざとなれば、私が守る……

 そう言うことは、けれどできない。


「…………った」


「ん?」


 ぼそりと、渚がなにかを呟いた。

 その言葉を聞き逃すまいと、愛は渚の口元に、耳を寄せて……


「か、かっこよかったぁ……!」


「……ん?」


 少々興奮した様子で漏れ出したその言葉に、愛は目をぱちぱちさせた。

 うつむいていた顔を上げると、その瞳はキラキラと輝いて、頬はほんのりと赤くなっていた。


 どうやら、ブルーの活躍に感極まっていた……ようなのだが。


「な、渚ちゃん?」


 ただ、憧れの人を見る目ではない。それは、尊で散々見てきている。

 これは、そういう類いの目ではない。これは、そう……知っている。


 まさか、これは……


「ブルー様……」


 恋する乙女の、目だ。


「渚ちゃん!?」


 ぽわぽわと、渚の頭にはお花が咲いている。それを見て、愛は驚愕に陥る。

 以前から、渚はブルーを好いていた……という話は、聞かない。ということは、さっきの活躍を見て、ブルーを好きになったということだ。


 しかも、様付けするという徹底ぶり。


「お、渚はヒーローブルー推しか?」


「たけにぃ……私、正直今までたけにぃのこと、バカだなって思ってた。口を開けばレッドレッドって、バカの一つ覚えみたいにさ。バカなたけにぃがレッドみたいになれるわけないのに、そんなお熱になるなんてバカじゃないかって」


「お、おう……兄ちゃん今泣きそうなんだが」


 バカバカ連呼されて、尊は半泣き状態だ。

 シスコンである尊にはキツい……いやシスコンじゃなくてもキツいだろう。


「いいじゃん……憧れるくらい自由じゃん……てか渚もヒーロー好きじゃん……」


「でも私! わかったの! ヒーローの素晴らしさ、ブルー様のかっこよさ、ブルー様の素敵さ!

 それに、さっき私と目が合ったの! これもう運命じゃない!?」


 ぶつぶつとしょげる尊をよそに、渚はヒーローへの……というかブルーへの熱を語りだす。

 ヒーロー好きな渚ではあったが、それは尊と比較するとおとなしいものだった。いや、比較対象がおかしいのだが。


 それに、渚は人にヒーロー好きを隠す自制心も持っていた。

 しかし、今の渚に、それは見当たらない。


「め、目が、合ったの……?」


「そう! 目が合って、ほほえんでくれたの!」


 先ほど、愛と合ったように感じられた視線……それを渚は、自分と合ったものだと解釈したらしい。

 その上、ほほえんでくれた、と。ヒーロースーツは顔が見えない仕様なので、実際にほほえんだところで、表情が見えるはずもない。


 完全に勘違いである。


「あの、渚ちゃん……」


「はぁ、ブルー様……まだ、下に残っているかしら。

 あぁでも、お会いしたいけど、会ったら心臓爆発して死んじゃう!」


 キャーキャー、と顔を覆い騒ぐ渚。渚からのダイレクトアタックに未だ心折れている尊。

 いったいこれは、どういう状況だろう。愛はただ、呆然と立ち尽くしていた。


 ヒーローへの憧れを口にする人はたくさんいたが、ガチ恋した人は初めて見た。

 これを恋の一言で済ませていいのか、厄介ファンに沼りつつあるのかはわからないが。


 ブルーのおかげで、愛は正体を隠したままでいられた……しかし、ブルーのせいで、渚が変な扉を開いてしまった。

 彼女はまだ中学生。恋に恋する年頃だし、誰に恋心を抱いても仕方がないが……


「これは、どうにかしないと……」


 その後、テンションマックスの渚に連れられるまま、ヒーローグッズを売っているショップへと行った。

 渚はブルーの商品をめっちゃ買っていた。


 服は結局買わなかった。

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