第10話 なんのためにヒーローに



 怪人出現の報せ……うんざりするほど感じ取った、規則性のあるバイブレーション。

 その元であるスマホを取り出し、画面を見る。これから尊と渚と、楽しくショッピングだったというのに。


 なぜこのタイミングで、怪人が現れるのか。

 許さない。全身の骨を粉々に粉砕して、電柱にくくりつけてやる。


 そんな決意を固め、スマホに表示された内容に、愛は息をのんだ。


「っ、ここ……?」


 怪人が出現した位置……それはこの、ショッピングモール内を示していた。

 怪人が出現する場所に、規則性などない。ただ、これまでは人の多くいる場所に、比較的多く現れていた。


 そう考えれば、休日のショッピングモールなど、かっこうの的だ。 


「だからって、こんなときに……!」


「あいちゃん、どうかしたの?」


「あ……」


 たとえ、今いる位置と怪人出現地が離れていたとしても、ヒーロースーツを着用すれば、あっという間に移動できる。

 その手間がない分、今回は手早く対処できる。


 だが、ここにいる渚……そして尊に危険が及ぶ可能性がある。

 なにより、愛がヒーローレッドだと知られるわけには、いかない。


「えっと、実は……っ」


 口を開きかけて、愛は口を閉じる。

 このモール内に、怪人が現れたから避難して。そう訴えて、逃げている最中で二人を撒く……それが、できない。


 どうして、怪人が現れたなんてわかるんだ。そう突っ込まれたら、その時点でアウトだ。


「えっと、その……ちょっと、お手洗いに……」


「あ、じゃあ渚も行く!」


 ダメだ、うまい言葉が思い浮かばない。こうしている間にも、怪人の魔の手が迫っているというのに。

 このままでは……


「きゃー! 怪人よー!」


「!」


 時間は、待ってはくれない……愛が悩んでいる間にも、被害は大きくなっていく。

 どこかから聞こえる、女性の叫び。それに、周囲のどよめきが広まる。


 休日の平和をぶち壊す、怪人の存在。それに、怯えない方が無理だ。


「怪人? うそだろ!」


「た、たけにぃ……」


 とっさに渚を抱き寄せる尊。その表情には、冷や汗が流れている。

 妹を守る……その気持ちからの行動だが、本人も動揺を隠しきれていない。


 騒然となるモール内。早く逃げようとしている客に、店員が慌てた様子で避難誘導をやっている。


「おい、愛も行くぞ!」


「え、あ、うん、でも……」


「たけにぃ、怪人って……」


「大丈夫だ。きっと、ヒーローが……レッドが来てくれる!」


「!」


 尊は、愛に手を伸ばす。その手を掴めば、正体を隠したまま、ここから逃げることができるだろう。

 さっきまで、元気だった渚はすっかり怯えてしまっている。それは、ただ怪人が怖いから……だけでは、ない。


 怯える渚を落ち着かせようと、尊は渚の頭を撫でる。

 そして、優しく告げるその言葉に……愛は、はっとした。


 そうだ、自分はなにをやっているんだ……正体を隠すことばかりを考えて、渚を、尊を怖がらせて。自分はなんのために、ヒーローになったんだ。

 二人を……大好きな人を、もう二度とあんな目に遭わせないためだろう!

 また同じ思いをさせるくらいなら……正体がバレたって、構わない!


 愛は、ついに決意を固める。

 そして、悲鳴の発生源である、怪人が暴れている場所へ向かおうと足を踏み出して……


「そこまでだ、怪人! これ以上好きなようにはさせない!」


 ……聞いたことのある、声が周囲に響き渡った。

 この声は、知っている。最近は会うことは少なくなったが、以前はよく、怪人出現地で集合して、共に怪人を倒したものだ。


 自信に満ち溢れた、この声は……


「ブルー?」


「お、おい愛!」


 愛は弾かれたように、走り出し……手すりに掴まって、階下を見た。

 一階の、踊り場。そこには、暴れている怪人……全身黒タイツで背中から二本の腕が生えた怪人。異様なのは、その頭部が異様に膨れていることだ。

 それが、ある人物と対峙していた。


 その、ある人物こそ……ヒーローブルーだ。


「なんで、ブルーがもう……彼も、ここに来ていたの?」


 怪人出現の報せを受けて、こんなに早くここに来るには……あらかじめ、このモール内にいる可能性がある。

 ブルーが学生か社会人かはわからないが、基本的に休日である週末なら、このショッピングモールを利用していてもおかしくはない。


 同じ町に住んでいるのか、それともたまたまここに来たのかはわからないが。


「愛、いったいどうし……」


「ブルーが! ほら、ブルーがいるの!」


「なに!?」


 人ごみを抜け、尊は渚とともに愛の側へ。愛が指す階下を見て、二人は驚愕に目を見開いた。

 そこには、ヒーローブルーが、怪人と対峙し……あっという間に、怪人を制圧している姿があったのだ。


「ぐ、ぬぬ……バカなっ。レッド以外のヒーローは、たいして脅威でもないと、聞いていたのに……!」


「あいにくと、彼の活躍が目立ってばかりなのは、彼がとても早く任務を終えるから我々の出番がないからだ。

 それを、彼以外脅威ではない……と考えるのは、浅はかだな。その無駄にでかい頭には、脳みそが詰まっていないのか?」


「いでででで!」


 あざやかな動きで、ブルーは怪人を捉えた。対怪人用のワイヤーで縛り、動きを封じた。

 パワー重視のレッドに対し、ブルーはテクニック重視といった形だ。怪人の攻撃を、力で受けるのではなく受け流す。

 やがて怪人に隙が生まれ、そこを突いた。


 おかげで、ブルーが駆けつけてからの被害はゼロだ。その素早い対処に、愛は息を呑む。

 ちなみに、二人の会話はここまで聞こえるような声量ではない。ヒーロースーツの影響で聴力なども強化されていた愛だから聞こえただけで、尊も渚も聞こえてはいない。


 とにもかくにも、ブルーのおかげで被害は最小限で済んだ。

 おかげで、尊たちに愛の正体がバレることも、なく……


「……ん?」


 ふと、空を……いや、階上を見上げる、ブルー。

 その、ブルーと……愛の視線が、合ったような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る