第9話 こうしてると普通の女の子みたい



「よぉ愛」


「よ、よーぉ」


 服屋にて、服を物色……していたところへ、聞き慣れた声。

 振り向くと、そこには尊がいた。


 手を上げて、こちらに声をかけてくる尊。なので、愛も手を上げ、状況に頭がついていかないながらも返事をする。

 ここは、近所のショッピングモールだ。なにも、尊がいることに、不思議はない。


 問題は……


「あの、尊? ここ、女性用のコーナーだよ?」


 尊がいる……というか、自分が今いる場所は、女性用の衣類を扱っているエリアだ。

 そんなところに、なぜ男の尊がいるのか。


 間違って入ってきたなら、まだわかるが。そうでなければ……


「いや、待て、不審者を見るような目で見るな。ちゃんと用事が……てか、付き添いだよ」


「つ、付き添い?」


 まさか尊に変な趣味が生えたのだろうか、とうたぐる愛だが、違う違うと尊自ら否定。

 ここにいるのは、付き添いのためだと説明。それを聞いて、愛は訝しむ。


 付き添いで、女性用の衣類コーナーにいる……つまりは、女性の付き添いということになる。

 それも、このような場所に付き添うほどの仲……


 それを思い、愛の表情が一気に青ざめていく。

 今まで尊に、女っ気などなかった。だが、まさか……


「つつ、付き添、いって……も、ももも、もしかして、かか、かの……」


「んぁ、たけにぃ発見! およ? そこにいるのはもしかして……」


「ん? あぁ、あいつの付き添いだよ」


 尊への、女の影……その事実に愛は激しく動揺しつつ、真実を確かめようとする。

 しかしそのタイミングで、耳に届くのは明るい声。さらに、尊は愛の背後を指差し、"あいつ"の付き添いだと話す。


 その言葉を受け、あいつなる人物を確かめようと、愛は振り向こうとして……


「あいちゃーん!」


「ぶも!?」


 振り向いたその瞬間、脇腹に強烈な衝撃を受ける。

 あまりの衝撃に、吹っ飛んでしまいそうになる。しかし、ヒーローとして活動している愛は、不意の攻撃にやられてしまうほどやわではない。


 倒れてしまわないよう踏ん張り、その衝撃を全身に逃がす。一身で受けた衝撃も、全身に逃がすことで威力を拡散させるのだ。

 もしもこれが敵による攻撃ならば、即座にカウンターを叩き込むところだが……こんな人通りの多い場所で、仕掛けてくるとも思えない。


 いや、なにより……敵意が、ない。


「っつつ……えっと……?」


 愛は、その場で倒れないように忍びつつ、自分に突撃してきた人物を見る。

 今の衝撃は、誰かにタックルされたことによるものだ。その人物は……離れず、しがみついている。


 タックルというよりも、これは……抱きついてきたのか。


「わぁー、あいちゃんだぁ、久しぶりだぁ!」


「ん……その声……渚ちゃん?」


 愛に抱きつき、胸元に顔を押し付けている、黒髪ツインテールの女の子。その名を呼び、彼女が顔を見せる。

 その顔は、愛にとっても見覚えのある顔。


 神成 渚かみなり なぎさ、尊の妹である。見ての通り活発な性格で、人懐こい。


「うん、渚だよー!」


「じゃあ、尊が言ってたのって……」


「そ、妹の付き添い」


 女性の付き添い……その女性が、尊の妹であることを確認し、愛はほっと一息。


「こんにちは渚ちゃん。でも、久しぶりってほどかな?」


「渚にとっては、一日会えないだけでもあいちゃん成分が不足なのー」


 渚は久しぶりに会ったと言うが、実際には数日程度だ。

 それでも、渚にとっては我慢出来ないらしい。


 渚は二つ年下の、現在中学三年生。

 渚的には、愛と一緒の学校に通いたいようだが、残念ながらそれはまだ先の話である。


「それより渚、いい服あったのかよ」


「うん、あっちに良さげな服が……

 そうだ! あいちゃんも一緒に服見ようよ!」


「え、えぇ!?」


 これは名案だ、と言わんばかりに、渚は愛の腕を引っ張る。

 突然の展開にまたも置いてけぼりになりそうになってしまうが、考えてみればこれはラッキーだ。


 一人で服を選ぶよりは、同じ女の子である渚の意見もあったほうがいい。渚は、年下だがセンスがいいし、愛よりもおしゃれというものがわかっている。

 それに……だ。


 渚と一緒に服を見るということは、そこに尊も加わることになるだろう。

 つまりは、だ。尊の前で、尊が好きそうな服を選ぶことができる。


「おい、愛も用事があるだろうし、無理には……」


「ううん、大丈夫。一緒に服を見ようか、渚ちゃん」


「やった!」


 そんなわけで、思わぬ形で尊プラス渚が、ショッピングに加わることになった。


「それにしても、休日に兄妹で買い物とか、仲良いよね」


「たけにぃってば、全然おしゃれとか興味ないんだもん。だから渚の服を見に来たついでに、たけにぃの服も見に来たの」


「余計なお世話だっつの」


 渚が、良さげな服を見つけた場所へと二人を案内する。

 タタタ、と渚が先に向かった場所にあったのは、スカートコーナー。その中の一つ、ミニスカートを手に取る。


 赤を貴重とした、シンプルなデザイン。桃色の水玉が散りばめられていて、活発な彼女にはよく似合いそうだ。


「ふふん、どう?」


「……短すぎないか?」


「ミニスカならこんなもんだって」


「だがな……」


「もー、たけにぃのえっち」


 尊はこう見えて、シスコンなのだ。本人は否定するが。

 いつもは見れない、尊の一面。それを見ることができて、愛は嬉しく感じる。


 それに、一人っ子の愛にとって、この兄妹を見ていると心が和む。渚は懐いてくれているし、女友達として関係を深めている。

 しかし、いつか「お姉ちゃん」なんて呼ばれてみたいなと、愛は心の奥底で思っていた。


 こうして過ごしていると、普通の、なんでもない学生生活を満喫しているように感じる。

 だが……


「!」


 ポケットの中で、スマホが震える。愛のスマホではない、ヒーロー用のスマホ。

 つまりは、怪人が出現したということ。愛はスマホを取り出し、画面を見る。


 スマホに表示されているのは、怪人が出現した位置情報。それな正確な位置だ。

 こんなときに……


「え?」


 画面を見て、位置情報を確認して、愛は声を漏らした。

 表示されている、位置……それは、愛が今いるこのショッピングモール内だったからだ。

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