第5.2話 ドワーフ鍛冶師は、深くしゃがめない

ドワーフ鍛治師のギエルハルドは、床に置かれたインゴット(金属の塊)を持ち上げるしぐさをする。

膝を伸ばし気味にしたまま、腰を曲げ、手を床に伸ばして持ち上げようとしている。


この持ち上げ方はダメだ。怪我のリスクが高いと推測される動き方だ。


「その動き方は怪我のリスクが高いぞ。重いものを床から持ち上げようとして腰を痛めるのを繰り返しているなら、それを防ぐ方法を練習してみないか?」


「しょうがねーなー、ちょっとだけなら付き合ってやるか。でも、そこまで長い時間は付き合えないぞ」


「師匠、しょっちゅうやっちまってるんで、ちゃんとやっといた方がいいんじゃないっすか?やっちゃう度に仕事がとまってるっすよね?」


という会話が繰り広げられる。


「まず最初に、腰、主に腰椎(ようつい)周辺を大きく曲げて重いものを持ち上げるのを避けよう。」

「要は、背中を丸めて重いものを持ち上げると危険ってことだ。」

「1箇所に大きな負担がかかって痛めやすい。」


エリカはきょとんとしてから聞いた。


「腰椎ってどこですか?」


「脊柱(せきちゅう)、ようは背骨のうち、下の方にある5個の骨が腰椎だ!」

「脊柱は蛇のように複数の骨が集まっている。ひとつひとつの骨は脊椎(せきつい)という名前だ。脊柱の上の方、要は首の部分だが、上から7個の脊椎が頚椎(けいつい)だ!」

「頚椎の下に12個あるのが、胸椎(きょうつい)だ!胸椎には肋骨が繋がっている。」

「胸椎の下に5個あるのが、腰椎だ!」

「そして、腰椎の下にあるのが仙椎(せんつい)だ!」


「頚椎、胸椎、腰椎は、身体の基本だから、良い子のみんなも覚えてくれよ!」


「誰に話しているんですか?」とエリカは呆れる。


「話を戻すぞ。じゃあ、怪我のリスクを軽減するための身体の動かし方を紹介だ!」


「こうやって、背中を真っ直ぐに維持しながら、重いものを持ち上げよう。この体勢はディープスクワットと一緒だ。」

「スクワットとは"しゃがむ"という意味で、ディープは深い、ディープスクワット、どこまで深くかはAss to grassと言われることもある。地面に生えている草がケツに触るぐらい深くしゃがむってことだ!」


「この動きをできようになるには、訓練が必要な場合も多いので、できなくても気にしなくても良いぞ!」

「最初から全員が深くしゃがめるわけじゃない。しゃがむのは難しいんだ!」

「誰もが、この姿勢で重たいものを持ち上げられるわけでもないから、まずはどこまでしゃがめるのかをテストしよう。」

「足の裏全体が地面についたまま、どこまでしゃがめるか試してみよう!」


ギエルハルドと弟子の若いドワーフ、受付嬢のエリカの3人が、その場でしゃがむ。


「おい、こんなのできるわけないだろ。足裏を全部地面につけたままだと転んじまう!」


ギエルハルドは、しゃがめない。

しゃがもうとすると、ギエルハルドは尻餅をついてしまう。

怪我のリスクが高い動きを避けようと思っても、その動きをするための基礎的な姿勢を取ることができないのだ。

そして、それができないことは珍しいことではない。

むしろ、できない人の方が多いのかも知れない。


では、どのような制約があり、その姿勢が取れないのか、それを分析する必要があるわけだ。

抱えている制約は、人それぞれであり、何をすれば今よりも改善できるのかも、人それぞれなのだ。

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