第5話 家を出てから二人の一五分後

もうすぐ学校に到着する時間だ。

妹の腕の抱き着きは終わる気配を見せない。

このままじゃ誰かに見らる。見られたらどうするんだよ。

幸い朝練の連中はすでに登校済みで、部活に関係ない生徒はほとんどいなかった。

蒼真は胸を撫でおろしたが、妹の引っ付きは変わらない。

手放す気配すらない。

「そろそろこれ、やめないか」

「なんでー」

「もうすぐ学校に着くだろうが、こんなところ誰かに見られたら……」

誰も見られないように朝早く出たんだもん。ちゃんとその辺はわきまえていたさくら。

「仲のいい兄妹だなーって思うだろうね。残念だけど……」

「何が残念なんだよ」

「だって、こんなにも……おにい……蒼真のこと好きなのに……」

「……さくら」

なんかいい雰囲気。今なら名前で呼んでもオーケーだよね。蒼真。

「恋人っぽくさ、さっきみたいに蒼真って呼んでいい……かな」

「あーダメダメ」

「なぜ即答!? 言っていいか結構悩んだんだよ」

「名前で呼ぶことをどうして悩む必要があるんだ。いまいちわからん」

「鈍感なんだね」

「そうかもな」

鈍感と言われ、蒼真は改めて妹のことをどう思うのか悩んでしまった。

「鈍感かぁ……おにい、何人の女の子泣かしてきたのよ」

「誰も泣かしてない……はずだが」

「顔だってそこそこイケてるのに」

「俺って、そんなにイケてるか?」

「そこを鈍感だっていうの。これじゃ四~五人は泣かせてきたわね」

「そんなわけないだろ」

「ちなみに四~五人の中に、あたしも入ってますからね」

「お前をカウントするなって」

「ところでさ、蒼真って呼んでいい」

さくらは諦めが悪い。そういうことも知っていて「ダメ」と言ってみたりした蒼真。

「しつこいな。学校までな」

「……ほんとにいいいの?」

「今は、恋人ごっこ中だろうが、忘れたのか」

「ぜーんぜん。だから蒼真は大好き!!」

また、思いっきり抱き着いた。蒼真は肩が外れるかと思ったが、何とか持ちこたえた。

「とりあえず、今日の買い物は二人で行こうな」

「うん。だから大好きなんだよ蒼真」

だが、さくらはある一つのことを忘れていた。蒼真はにやりとした。

「あっ、今から学校の敷地に入ったから後輩恋人ごっこは終了な」

それは二人が校門へ一歩踏み出した瞬間のことだった。

「えぇー、なんでー、始まったばっかりなのに」

「学校までの約束だろ」

「もう照れちゃって、蒼真」

「それもダメな。いつも通りに戻せよ」

「おにいのケチ! おにいの鈍感! おにいの女泣かせ!」

「なんだよ最後の女泣かせっての」

「はいはい、あたしの心は土砂降りですよ」

「とにかく後輩恋人ごっこは、な」

……? また明日? 明日も恋人ごっこしていいのかな?

さくらの心は、土砂降りから一転ばぁーっと晴れ上がった。

「だったら、許してあ・げ・る」

やっとさくらの腕の抱き着きから解放された蒼真。

二人でくっついていたときは暖かく心地よかったのに離れるとぽっかりと穴が開いたように、冷たい一一月の風が二人の間を吹き抜ける。

さくらは思う。二人の幸せな通学時間が、明日からもずっと続くといいな、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最近妹がブラコンになってきたのを気づいたが、知らないうちに兄もシスコンになっていた朝の一五分 水瀬真奈美 @marietanyoiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ